2007年02月28日
松ヶ根乱射事件 70点(100点満点中)
「ハイ、こちら国家権力」
公式サイト
『リンダリンダリンダ』と実写版『くりいむレモン』で世に知られる様になった山下敦弘監督の最新作、今回はその二作の様なメジャー志向の雇われ仕事ではなく、本来の氏の持ち味を存分に活かした作品に仕上がっている。
90年代初頭の田舎町、松ヶ根を舞台に、地元で生まれ育った青年警察官を主人公に、生々しい人間達の生々しい有様が生々しく描かれている。
タイトルに乱射事件とあり、主人公は警察官、とくれば、この主人公が何らかの理由で銃を乱射する話なのか、と誰もが思うだろうが、実際にその通りである。
その結果が重要なのではなく、"乱射"に至るまでの経緯を、俯瞰的な突き放した視点で、各登場人物の動向を細かく描写し、バラバラに展開していく様々なドラマが、展開が積み重なるごとに少しずつ方向性を見せ始め、ラストシーンに収束する、そうした構成はありがちだが、それを手堅くまとめた構成力は見事。
何より、登場する全ての人間の中に、誰一人として"マトモな人"がおらず、各々がそれぞれ何らかの問題を抱え、殊更にネガティブな面が強調して描写される事で、より生々しさを醸し出し、むしろ"マトモな人"などという存在こそが、荒唐無稽で有り得ないものだ、と思わせるキャラクター設定、配置となっている。
真っ白な雪原に横たわる女(川越美和)の死体を発見した男子小学生が、とりあえず胸と股間を弄くってみる、という、確かに実際にこんな状況なら、そうするかも、と思わず頷いてしまう、人間の生々しいリアルなリアクションの表現を、冒頭からわかりやすく且つ強烈なインパクトで見せつけられ、作品の方向性がそれである事が、ファーストシーンにて観客にしっかり叩き込まれる。
そのシチュエーションを観客に最大限のインパクトで伝えるための、撮り方、見せ方もまた上手い。足跡ひとつない雪原に横たわる女、の図を、真上からロングの"神の視点"でまず見せ、その画面に子供が入り込んでくる、と、その色彩と構図の美しさでまず目を引き、それが美しさとは真逆な"死体"によって形作られているギャップ、を見せた後、視点を地面に引き下げて、子供が死体を"陵辱"する様を見せる、まさに天国から地獄への急落を端的に提示しているのだ。
主人公は警察官、正義の象徴としての存在であるはずで、本人もそれを志向しているのだが、家族も他人も含めた、"マトモでない人"達との関わりにより、"マトモな人"の仮面がじわじわと剥がれていき、結末へ至る、台詞やモノローグで説明するのではない、表情や言動など、本人が普通に行動しているはずのそれに、少しずつ"変貌"を表現する、監督の演出力と、演じた荒井浩文の演技力の確かさが如実に現われている。
主人公の双子の兄の、まず序盤の、白い車のボディのぶつけてヘコんだ部分に、雪を詰めて誤摩化そうとしている描写によって、この男が、"今とりあえず何とかする"事しか考えていない、徹底したダメ人間である事をハッキリと提示し、その後彼が、町を訪れた謎の男女と関わって、更にどんどんダメになっていく展開を見せられ、彼の転落が"マトモ"な主人公との対比となっている様に思わせながら、実は主人公の変貌を構成するための一要素でしかなかった、とこれまたラストでわからせる、"対照的な双子"という、定番化された構図を用いつつも、観客の予想通りには進めない、この仕掛けは上手い。
兄のダメ人間っぷりが、とことんまでにダメダメに見せられる事で、主人公側へドラマが移行した時のギャップがより強くなる、その狙いも効果をあげている。
主人公の祖父の、リアルかつシュールな笑いも生み出すボケ老人の演技、その他川越美和や木村祐一など、ユーモラスと殺伐が混在した、"どこかがおかしい"キャラクターを演じ切っている出演者達はどれも芸達者で、彼らの言動を見ているだけでいちいちイライラさせられる、これまた作り手の狙いに見事にハメられてしまうのだ。
もともと清純派アイドルとしてデビューした川越美和がヌードを披露している事が、本作の宣伝材料とされているが、実際にはその点のインパクトはあまり大きくなく、そこを期待していると、ガッカリな裸体にガッカリしてしまう結果となるので注意が必要だ。
彼女よりも、町に住む知的障害少女によって見せられる、いくつかのエロ展開の方が、本当に本物ではないかと感じてしまう程のリアルな演技、演出によって、グロテスクなまでの生々しさが感じられ、インパクトが強い。
物語の進行において重要な存在となる、この少女の"性"にまつわる顛末は、本作の空気を支配する"田舎の閉鎖性"の象徴となっている。こうして、田舎、性の共有、乱射と、キーワードを並べ立てると、横溝正史の『八ツ墓村』のモデルになった"津山三十人殺し事件"が、自然と思い当たるはずだ。
おそらくは作り手も、当初よりそれを意識して作っているのだろうが、観客もまた、描写が進むに連れ明らかになっていく町の全容が、"津山〜"の図式と似ている事に気づかされ、予告で見せられた様なポップなノリとは違う方向性へと、今後の展開が転がっていくのではないか、と予想させられる事となる。
そしてその予想は、過剰に劇的な展開に急転する事もなく、かと言って何もないわけではない、当たらずとも遠からず近からず微妙な塩梅でスカされるのだが、その、"予想通り"と"予想を外す"バランスの取り方が絶妙。
無駄のないキャラクター設定と人物配置、さりげなく見せられる狂気、それらが何重にも絡み合う展開が、総じてネガティブな側面を強調して見せられ続け、観客は触れられたくない部分をワシ掴みされた気分となり、眼を背けたくなる。
自然、合間合間に挿入されるギャグにも笑っている場合ではなく、逆にマイナス志向を加速する一員となっている、と、感情を製作者の狙い通りに誘導され、やるせない気持ちにさせられたまま終わってしまう、ダウナー映画としての完成度は高い。
娯楽として映画を観る人には全くオススメ出来ないが、"気分の悪くなる"映画を好んで観る人なら、いろいろと楽しめる事は間違いない。どちらにしても、疲れている時には観ない方が吉だ。
公式サイト
『リンダリンダリンダ』と実写版『くりいむレモン』で世に知られる様になった山下敦弘監督の最新作、今回はその二作の様なメジャー志向の雇われ仕事ではなく、本来の氏の持ち味を存分に活かした作品に仕上がっている。
90年代初頭の田舎町、松ヶ根を舞台に、地元で生まれ育った青年警察官を主人公に、生々しい人間達の生々しい有様が生々しく描かれている。
タイトルに乱射事件とあり、主人公は警察官、とくれば、この主人公が何らかの理由で銃を乱射する話なのか、と誰もが思うだろうが、実際にその通りである。
その結果が重要なのではなく、"乱射"に至るまでの経緯を、俯瞰的な突き放した視点で、各登場人物の動向を細かく描写し、バラバラに展開していく様々なドラマが、展開が積み重なるごとに少しずつ方向性を見せ始め、ラストシーンに収束する、そうした構成はありがちだが、それを手堅くまとめた構成力は見事。
何より、登場する全ての人間の中に、誰一人として"マトモな人"がおらず、各々がそれぞれ何らかの問題を抱え、殊更にネガティブな面が強調して描写される事で、より生々しさを醸し出し、むしろ"マトモな人"などという存在こそが、荒唐無稽で有り得ないものだ、と思わせるキャラクター設定、配置となっている。
真っ白な雪原に横たわる女(川越美和)の死体を発見した男子小学生が、とりあえず胸と股間を弄くってみる、という、確かに実際にこんな状況なら、そうするかも、と思わず頷いてしまう、人間の生々しいリアルなリアクションの表現を、冒頭からわかりやすく且つ強烈なインパクトで見せつけられ、作品の方向性がそれである事が、ファーストシーンにて観客にしっかり叩き込まれる。
そのシチュエーションを観客に最大限のインパクトで伝えるための、撮り方、見せ方もまた上手い。足跡ひとつない雪原に横たわる女、の図を、真上からロングの"神の視点"でまず見せ、その画面に子供が入り込んでくる、と、その色彩と構図の美しさでまず目を引き、それが美しさとは真逆な"死体"によって形作られているギャップ、を見せた後、視点を地面に引き下げて、子供が死体を"陵辱"する様を見せる、まさに天国から地獄への急落を端的に提示しているのだ。
主人公は警察官、正義の象徴としての存在であるはずで、本人もそれを志向しているのだが、家族も他人も含めた、"マトモでない人"達との関わりにより、"マトモな人"の仮面がじわじわと剥がれていき、結末へ至る、台詞やモノローグで説明するのではない、表情や言動など、本人が普通に行動しているはずのそれに、少しずつ"変貌"を表現する、監督の演出力と、演じた荒井浩文の演技力の確かさが如実に現われている。
主人公の双子の兄の、まず序盤の、白い車のボディのぶつけてヘコんだ部分に、雪を詰めて誤摩化そうとしている描写によって、この男が、"今とりあえず何とかする"事しか考えていない、徹底したダメ人間である事をハッキリと提示し、その後彼が、町を訪れた謎の男女と関わって、更にどんどんダメになっていく展開を見せられ、彼の転落が"マトモ"な主人公との対比となっている様に思わせながら、実は主人公の変貌を構成するための一要素でしかなかった、とこれまたラストでわからせる、"対照的な双子"という、定番化された構図を用いつつも、観客の予想通りには進めない、この仕掛けは上手い。
兄のダメ人間っぷりが、とことんまでにダメダメに見せられる事で、主人公側へドラマが移行した時のギャップがより強くなる、その狙いも効果をあげている。
主人公の祖父の、リアルかつシュールな笑いも生み出すボケ老人の演技、その他川越美和や木村祐一など、ユーモラスと殺伐が混在した、"どこかがおかしい"キャラクターを演じ切っている出演者達はどれも芸達者で、彼らの言動を見ているだけでいちいちイライラさせられる、これまた作り手の狙いに見事にハメられてしまうのだ。
もともと清純派アイドルとしてデビューした川越美和がヌードを披露している事が、本作の宣伝材料とされているが、実際にはその点のインパクトはあまり大きくなく、そこを期待していると、ガッカリな裸体にガッカリしてしまう結果となるので注意が必要だ。
彼女よりも、町に住む知的障害少女によって見せられる、いくつかのエロ展開の方が、本当に本物ではないかと感じてしまう程のリアルな演技、演出によって、グロテスクなまでの生々しさが感じられ、インパクトが強い。
物語の進行において重要な存在となる、この少女の"性"にまつわる顛末は、本作の空気を支配する"田舎の閉鎖性"の象徴となっている。こうして、田舎、性の共有、乱射と、キーワードを並べ立てると、横溝正史の『八ツ墓村』のモデルになった"津山三十人殺し事件"が、自然と思い当たるはずだ。
おそらくは作り手も、当初よりそれを意識して作っているのだろうが、観客もまた、描写が進むに連れ明らかになっていく町の全容が、"津山〜"の図式と似ている事に気づかされ、予告で見せられた様なポップなノリとは違う方向性へと、今後の展開が転がっていくのではないか、と予想させられる事となる。
そしてその予想は、過剰に劇的な展開に急転する事もなく、かと言って何もないわけではない、当たらずとも遠からず近からず微妙な塩梅でスカされるのだが、その、"予想通り"と"予想を外す"バランスの取り方が絶妙。
無駄のないキャラクター設定と人物配置、さりげなく見せられる狂気、それらが何重にも絡み合う展開が、総じてネガティブな側面を強調して見せられ続け、観客は触れられたくない部分をワシ掴みされた気分となり、眼を背けたくなる。
自然、合間合間に挿入されるギャグにも笑っている場合ではなく、逆にマイナス志向を加速する一員となっている、と、感情を製作者の狙い通りに誘導され、やるせない気持ちにさせられたまま終わってしまう、ダウナー映画としての完成度は高い。
娯楽として映画を観る人には全くオススメ出来ないが、"気分の悪くなる"映画を好んで観る人なら、いろいろと楽しめる事は間違いない。どちらにしても、疲れている時には観ない方が吉だ。
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1. カエルが降らないマグノリア? [ スムーズ ] 2007年03月18日 23:31
●松ヶ根乱射事件/山下敦弘監督(2007)(1)山下監督作品はみんな好き。(2
2. 「松ヶ根乱射事件」映画館レビュー 人間たち [ 長江将史〜てれすどん2号 まだ見ぬ未来へ ] 2007年04月02日 03:20
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3. 『松ヶ根乱射事件』 [ 京の昼寝〜♪ ] 2007年04月02日 08:07
人間の情けない本音が出てきちゃう。
■監督 山下敦弘 ■脚本 佐藤久美子、向井康介、山下敦弘 ■キャスト 新井浩文、山中崇、木村祐一、川越美和、三浦友和、烏丸せつ子、キムラ緑子、光石研、安藤玉恵□オフィシャルサイト 『松ヶ根乱射事件』 鈴木光太郎...
4. 真・映画日記(2)『松ヶ根乱射事件』 [ CHEAP THRILL ] 2007年04月09日 00:41
(1からのつづき)
「ジョイシネマ」を出て、
すぐに次の場所である「テアトル新宿」へ向かう。
午後1時40分、映画館に着く。
整理番号は26番。
6、70人くらいの入り。
監督は『リアリズムの宿』や『リンダ・リンダ・リンダ』でコアなファンを持つ山下敦弘。
主演...
5. 【DVD】松ヶ根乱射事件 [ 新!やさぐれ日記 ] 2008年03月12日 23:20
■動機
山下監督の作品を追いかけて
■感想
こういうの大好きかも
■満足度
★★★★★★☆ いいかも
■あらすじ
1990年代初頭、雪の降りしきる小さな町松ヶ根の国道で女(川越美和)の死体が発見される。警察官の光太郎(新井浩文)が女の検死に立ち合っていると、...
6. 『松ヶ根乱射事件』'06・日 [ 虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ ] 2008年03月14日 21:31
あらすじ1990年代初頭、雪の降りしきる小さな町松ヶ根の国道で女(川越美和)の死体が発見される。警察官の光太郎(新井浩文)が女の検死に立ち合うが・・・。感想2007年度キネマ旬報ベストテンで第7位に選ばれた映画です。第2位の『天然コケッコー』と同じく、...