2007年03月24日

蟲師 70点(100点満点中)

こうだと言われりゃ、割り切れないー♪
公式サイト

通常人には見えないが、この世に確かに存在し、様々な現象に影響を及ぼしている「蟲」という創作概念を題材とした、漆原友紀の同名漫画を大友克洋監督によって実写映画化

大友克洋作品の魅力は、漫画、アニメ、実写を問わず全て、その"映像表現"の凄さ、にある事は言うまでもない。

普通人の想像が及ばない様な光景、風景を脳内に浮かべ、それをビジュアルとして投影し世間に公開する、ストーリーはそれを見せるための下地に過ぎず、"見た目"こそが存在価値なのだ。

そんな大友克洋が、これまた独特なビジュアル表現が評価を得ている漫画、『蟲師』を実写映画化するのであれば、原作のカラーを再現などとなるわけがなく、あくまでも大友克洋の描くカバーバージョンとしての『蟲師』になる事は、観なくても容易に想像がつく。

実際の作品も予想に違わず、"大友克洋の映像"を前面に押し出し最後まで押し通した、実写フィールドでの大友画を堪能出来る作品となっている。

山林がメイン舞台となる事が必然の本作において、"自然"を表現舞台の主とし、機械や建物あるいはそれらの残骸など、人工物をメインに用いた絵面が主であったこれまでの大友作品とは、少し違った印象を与えているのだが、それでも、最初から最後まで1カット1カット全てが、"大友克洋が描いた絵をそのまま実写に置き換えた"としか見えない、素晴らしいビジュアルが連続する事には変わりはない。

ために、原作を絶対的なものとし、原作を忠実に映像に置き換えたアニメ版を絶賛する様な層にとっては、今回の実写映画は到底許容出来ないであろう事も、また容易に想像がつく。が、個人的には、あまりに忠実すぎるため面白味に欠け、原作を読めば事足りてしまうアニメ版よりも、この実写版の方が新しい驚きや発見が見られ、楽しめるものになっていると感じる。

全体の構成としても、まず霧に塗れた奥深い山林の遠景を、画素が粗く彩度の低い映像でおどろおどろしく見せ、続く地滑りの場面でインパクトを与えて観客を一気に世界に引きずり込み、更に一転してきめ細やかな美しい雪景色を見せて視覚的なギャップを与え、『柔らかい角』のエピソードにて、"蟲"と"蟲師"の存在とその意味を、わかりやすくしっかりと原作未読の観客にも伝え、そしてまた一転して画素と彩度を落とした場面へと戻り、この、"暗い"シーンと"鮮やかな"シーンの質感の差異に意味があるのだ、とまたハッキリと原作未読の観客にもわからせる。

そうして、過去と現在のエピソードを交互に見せていき、原作読者には、「ああ、この"過去の話"の謎が全てわかった瞬間と、"現在の話"の解決とがピッタリ重なって終わるのだな」と予想させておいてそれをアッサリと裏切り、原作にはないオリジナルの展開とキャラクターへの追加設定によって後半の話を構成し、それら全てを最後に収束させる事で、映画としての完結性を持たせる。

こうした全体的な構成、原作からのエピソードの選択、オリジナル要素の追加、といった作り込みは上手く、原作にもオリジナルにも拠り過ぎない、"漫画の実写化"としては、比較的バランスの取れた形にされていると言える。

ただ、その段において、原作の持っていた空気感、キャラクターの持ち味などもまた変えられているせいで、原作に忠実でないと認めないタイプの人間からは、批判の対象となってしまう事、あるいは原作に対し特段の愛着を抱いておらずとも、原作既読の者にとれば、原作とのキャラクター描写の"違い"には違和感を抱くだろうし、それが作品を素直に楽しめなくなる障壁になりうる事は確かだ。

が、「これは大友克洋の実写版蟲師だ」という大前提を理解しているならば、"違和感"はマイナス評価とはなり得ないだろう。

オダギリジョー演じるギンコ、蒼井優演じる淡幽、江角マキコ演じる"ぬい"、大森南朋演じる虹郎と、それぞれが原作とは少し、あるいは大きく違いながらも、大友克洋または演者本人が解釈した"役"を演じており、それを演じきれる力を備えたキャストである事は、作品を観ればよくわかるはずだ。

そのなかでは違和感が少ない方である淡幽は、儚さと気丈さを併せ持つ難しい役どころを、弱る場面では本当に死にそうなほどに弱々しく、決め所ではビシッと凛々しく、蒼井優の持つたぐいまれな存在感と演技力、そしてそれを的確に画面に映し出す画作りによって、キャラクターの魅力を大きく膨らませている。

逆に原作とのギャップが特に後半に大きくなっていく"ぬい"の顛末は、これは原作ファンにはかなり受け入れがたい改変とは思うのだが、映画作品としての構成において、現在と過去のエピソードを意味のある形で繋げるだけではなく、同じく現在のそれぞれのエピソードをも繋げて全てを一つの着地点へまとめる役割も果たし、同時に物語を締める存在としても機能しており、原作と、自分の思い入れと違ったからとしても、それだけで拒否してしまうのは勿体ない。

この様に、映像、ストーリー構成、キャスティングなどは、評価点としてあげられるのだが、原作における"作品世界の設定"を、無意味に変えてしまっている事は、あまり良い改変、追加とは言えないだろう。

原作では、舞台設定が特に具体的には語られず、風景、登場人物達の服装や文化レベルなどから、曖昧とした"昔の日本"が舞台で、その中で、ギンコただ一人が洋服を着ている事で、主人公あるいは蟲師という存在の"異物感"を強調し、意図的に"浮いた存在"として見せている。そうした設定と独特の絵柄によって、えも言われぬ不思議な空気感を作品に持たせている。

これが映画においては、"100年前の日本"と具体的に舞台が限定され、また、電化が普及しつつある描写を入れるなどして、原作の持っていた空気をスポイルし、それによって与えられる現実感と、蟲と蟲師の存在に悪い意味でのギャップを与えてしまっている。これは致命的な問題点ではなかろうか。なぜこんな"余計な事"をしたのか、これは理解に苦しむ。

大友克洋の実写版蟲師、という事を理解した上で臨めば、そのビジュアルを充分に楽しめる本作。大友克洋ファンや出演者のファンなら当然必見。原作ファンでも、強すぎる思い入れを過度に抱いてでもいない限り、これはこれとして楽しめるだろう。

「よくこんなロケーションを見つけた、捉えたもんだ」と素直に感嘆させられる、"大友画"として見せられる風景映像は、劇場のスクリーンで見ないと損だ。興味がある人は是非。



tsubuanco at 17:10│Comments(8)TrackBack(16)clip!映画 

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6. 映画「蟲師」  [ 映画専用トラックバックセンター ]   2007年03月31日 12:06
映画「蟲師」に関するトラックバックを募集しています。
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8. 蟲師(映画館)  [ ひるめし。 ]   2007年04月03日 11:20
蟲を感じたらお知らせ下さい。
9. 蟲師  [ 悠雅的生活 ]   2007年04月04日 22:20
100年前の日本には、蟲がいた・・・
10. ★「蟲師」  [ ひらりん的映画ブログ ]   2007年04月09日 01:04
いやいや、五作連続して「は行」の作品見てたけど・・・途切れてしまいました。 ホントは「ブラックブック」を見る予定だったけど、時間が合わず断念。 でも、こっちの作品はオダギリジョーに蒼井優だもんねっ。 ちょっと期待のムッシッシー・・・って感じ。
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 原作は未読なので、映画がどれくらい原作に近いかはわかりませんが、泉鏡花からの強い影響が感じられる伝奇映画です。  また、溝口健二『雨月物語』を彷彿とさせるとこ
13. 蟲師  [ ☆彡映画鑑賞日記☆彡 ]   2007年09月28日 23:33
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14. 蟲師 [Movie]  [ miyukichin’mu*me*mo* ]   2007年10月21日 00:09
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この記事へのコメント

1. Posted by ヒョンヒョロ   2007年03月27日 19:11
一度でも原作やアニメ版を見ていると
全くの別物と割り切って見るのは難しいですね。
改変しようとも別物として面白ければいいのですが
もの凄く中途半端な出来になってしまった感があります。
特にぬい関連は、つぶあんさんのおっしゃる「余計な事」に当てはまるというか…

あと全体的にホラー調な演出もちょっと気になりました。
他にもギンコに淡幽の思いを語らせたり、虹朗に臭い台詞を吐かせたり。
2. Posted by ルークofルーク   2007年03月28日 10:12
うぉ・・・なんだか点数と合致しないコメントが・・・w

じゃあやっぱり僕は無理かナァ・・・

漫画版はあまり上手でない画のセイで読みにくいし(好きだけど)・・・
アニメ版はその画を補って、プラスされ、蟲師という作品をわかっているなぁ・・・と感じましたし・・・。

当然、原作の無意味な改変をとても嫌いますからねぇ・・・

そして、僕は大友さんをまったく知らない!
オダギリジョーもそんなに好きではない。
アオイちゃんに何の感情もナシ。


ここまで自分の中で評価さげれば、すっげー楽しめるかも!

今週中に観てきます。
3. Posted by つぶあんこ   2007年03月29日 13:49
自分は幸か不幸か、原作にはそこまでの執着がないので、違う部分も含めて映画として上手く行っているか、を評価してるんですけど、「これは原作好きな人にはキツいだろうなあ」と思和される部分がある、とも観ていて感じてはいます。

"ぬい"に関する差異に、その違和感が特に大きいと書いたのはそういう事なんですけど、その辺りは良し悪しと言うより好き嫌いの次元なので、あまり書かない様にはしています。

『蟲師」は要するに妖怪もののジャンルに大別されるので、実写にしてしまうと、その異形が生々しくなってホラー風味が出てしまうのは仕方のない事と思いますが。虹蛇なんかはキレイに描かれてましたし、単調にならない様にギャップを設けたんだと思いますよ。


あと本文に書こうと思ってて書くの忘れてたん事項。原作者がこだわってる「棚田」がちゃんと登場したのはいいと思いました。よく見つけてきたなあと。
4. Posted by 咲太郎   2007年04月02日 19:38
原作知らずで観ましたが
これだけの世界観を作り上げているのは
やはり見事だと思います。
うつらうつらしてしまってなんですが・・・。
観客を納得させるだけの世界観を
見せ付けるというのは
とっても大事なことで
「どろろ」にはそれが無く、中途半端だった。
それに比べれば、原作を改変することなど実は些細な事なんだなと思いました。
映像はホント素晴らしかった。
6. Posted by つぶあんこ   2007年04月03日 17:55
どろろは原作と違うとかそういうレベルじゃないですからねえ。
7. Posted by miyukichi   2007年10月21日 14:24
 原作読んでなかったせいか、ストーリーはすごくわかりづらかったですが、映像はたしかにとてもよかったです。
 ロケハン&撮影はバッチリでしたね。
8. Posted by つぶあんこ   2007年10月22日 17:32
大友作品はストーリーよりビジュアルを楽しむものですから。
9. Posted by 無知師   2008年01月19日 14:52
この映画見て、一つだけ思った事を言わせてもらうとすれば。
自分の好きな原作作品が大友克洋監督によって実写映画化! とか発表されたらスゲー凹みますわ。

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