2007年05月22日

モーツァルトとクジラ 40点(100点満点中)

僕の歩く道
公式サイト

アスペルガー症候群であるジェリー・ニューポート氏の、自らの半生を書き綴った同名ノンフィクション本を映画化。ともにアスペルガー症候群である主人公(ジョシュ・ハートネット)とヒロイン(ラダ・ミッチェル)が出会い恋をして結ばれるまでの展開を、原作からピックアップして描いている。

自閉症を扱った映画『レインマン』の脚本家、ロン・バスが、本作でも脚本を担当している。

事実を元にしている事、メインの登場人物が総じてアスペルガー症候群である事、などが、まずわかりやすい特徴とされるだろうが、真の狙いはもちろんそこではなく、事実を元としながら戯画的に描かれる物語は、実は通常の現実社会における、普通の人間同士の恋愛ドラマをディフォルメしたものと何ら変わらないのだ、という事実によって明らかとなる、そもそも恋愛とは、人づきあいとは何なのかという、根源的な主張そのものにあるのだろう。

自分の気持ち、自分の都合が最優先で、相手のそれを推し量る能力が完全に欠如している事が、本作で描かれるアスペルガー症候群の負の部分であり、そうした、恋愛に最も不可欠な筈の能力が欠けている二人が恋愛をする、この相反する要素を真っ向から描こうとする狙いは非常に面白く、展開されるドラマの推移に期待させられるのだが、その期待は残念な事にあまり満たされないまま終わってしまう。

自分の思いが相手に通じない事と、相手の思いが読み取れない事は、通常の恋愛ドラマにおいても展開を安易にせず、観る者にもどかしい気持ちを抱かせるために用いられる要素であり、それをいかに上手く、観続けるのが嫌にならない程度にイライラハラハラさせてくれるかが、面白さの決め手となる事はいうまでもない。

ましてや本作は、その一点こそがドラマ展開のキモであるにも拘らず、どのくらい意思の疎通が図れないのか、の描写では、観続けるのが嫌になる程ワガママ意のままな二人のぶつかり合いを執拗に描きながら、それが解消されていく過程はあまりにもお粗末で拙速に過ぎ、マイナス方向に溜められた感情もまた解消されず、劇中の幸福感と観客のモヤモヤの乖離があまりに激しいままに終わってしまうのだ。

何よりまず、恋愛の端緒となるべき、互いを見初める展開の描写があまりにも恣意的に過ぎ、最初の段階から既につまずき気味でもある。登場人物を類型的に設定、配置しているのは、物語を戯画化するための意図だろうが、大事な部分の展開までもが単純化されては問題だ。

この題材、このテーマで恋愛を語るのであれば、つまるところ恋愛とは相手を好きになって相手のために動くと言うより、自分の中に作り上げた相手の像を好きになって、その像を好きな自分を喜ばせるために相手を喜ばせているだけになりがちな現実を、コミニュケーション障害という素材を用いてより強調して表現し、それを真に相手のためのものとしていくには一体どうすれば良いのか、とでも物語を展開してくれない事には、特殊な題材を用いた意味が活きてこず、単にヘンな人をヘンな風に興味本位で見せているとしか伝わらないのだ。

原作、あるいは題材の本来持っていた魅力が、残念ながら削ぎ取られてしまい、喰い足りなさが残る結果となった本作。出演者のファンなら一応要チェックだろうが、そうでないと厳しい。内容に興味があるなら原作を読む方がいいだろう。


tsubuanco at 17:50│Comments(0)TrackBack(0)clip!映画 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments