2007年05月31日

約束の旅路 87点(100点満点中)07-150

涙の母、喘息の母、暗闇の母
公式サイト

エチオピア難民でありキリスト教徒である主人公の少年が、母親によってユダヤ人の子として単身イスラエルへ亡命させられ、様々な意味で"ニセモノ"としての意識を背負い苦悩しながらも、周囲の人々との出会いによって克服していく様を描いたフランス映画。

イスラエルやユダヤ人を扱った映画は、大抵が政治的、社会的メッセージが強いものが多く、本作も同様ではあるが、どちらかといえばイスラエル社会のマジョリティに対し批判的な、アイロニカルな方向性で作られているのが、まず表面的な面白さとして目につく。

後半から登場する、主人公の恋人の父親が、極めて類型的な原理主義、差別主義者として、徹底的に悪役然として描写されている事にそれは顕著だが、それ以前の段階から既に、入国審査などの描写にて、常に"上から目線"なイスラエル人達の態度、言動を描写し続けており、その方向性は如実に見て取る事が出来る。

これはもちろん、宗教や人種で人を見下し差別する事の愚かしさ、それに拘泥する事の愚かしさ、と、本作メインテーマを伝えるために作り込まれているのだが、あらゆる人物設定、エピソード展開が、そのテーマに結実するために計算され尽くし練り込まれている、脚本の完成度の高さが、本作最大の評価点である。

主人公はユダヤ教徒ですら無く、その上エチオピアのユダヤ人は本当はユダヤ人とは関係ないとする歴史学的な一説も存在し、更に入国時の"母親"は本当の母親ではなく審査で述べた家族も本当の家族ではない、と、本当の自分を隠し続けなければ、文字通り生きていく事が出来ない境遇にある。

そうした複数の"ニセモノ"の概念に悩み苦しむ主人公の、周囲に存在する人物達もまた、本音と建前、過去と現在、自分と家族、など、あらゆる二律背反を抱え主人公と相対する事で、主人公の持つジレンマをより強調してドラマを盛り上げるとともに、相対する側も同じくテーマを強調すべく相似形を築き上げる、そうした構成が巧みにエピソード内に組み込まれている、その秀逸さには感心させられ通しとなる。

そうしたテーマを、単にイスラエルやユダヤ人の問題だけでなく、世界中に普遍的な、宗教、人種、格差、などによる差別と融和の問題として伝えるべくキャラクターを表現、エピソードを展開させ、"悪役"ではない主人公の周囲の人物達を、それぞれ複雑な内面を抱える生きた人間として描写する事で、観客一人一人の周囲の問題と同一視させ、テーマをより強烈に認識させる、脚本の狙いをしっかりと活かした演出、演技の巧みさも素晴らしい。(だからこそ、"悪役"の類型さが滑稽に見えてしまうのが残念か)

エチオピアのユダヤ人は本当にユダヤ人なのか、といった根源的疑念に明確な回答を下していないのは、もちろんそんな事は主人公にとって重要な価値を持ってはいないからである。先述の通り主人公はユダヤ教徒ですらなく、その事を周囲が認識した上でハッピーエンドを迎える展開からも、それは明白だ。これを一方の側からの政治的プロパガンダ映画だ、と決めつける方が恣意的に感じる。少なくとも観てから判断すべきだ。

溝口健二の『山椒大夫』を彷彿とさせる(まさか意識はしていないだろうが)ラストシーンに、大いに感動させられるのも、そうした政治的メッセージよりも、より人間の根源に迫るテーマを描き、結実させているからに他ならない。

このラストシーンからも見て取れる様に、"裸足"を"本当の自分"として視覚的にわかりやすく表現し、随所に挿入して伝えるなど、テーマを難解にせずわかりやすい表現とする作りが全体を支配している事が、より普遍的な感動を生む事は言うまでもない。

普遍的なテーマを扱っているので、知らなくてもあまり問題は無いのだが、エチオピア原住のユダヤ人や、イスラエルの還民政策など、実世界における事実をまず認知、理解してから鑑賞した方が、より場面場面の内容が深く伝わり、楽しめるだろうから、詳しくない人は事前に予習してからの方がいいかもしれない。まあ、普通の社会人にとっては基礎知識だろうが。

映画好きなら必見の一本。機会があれば。



tsubuanco at 17:43│Comments(0)TrackBack(3)clip!映画 

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