2007年06月26日

赤い文化住宅の初子 65点(100点満点中)

実は植物状態なのび太の夢でした
公式サイト

社会の底辺をヌルく描写した作品を得意とする、松田洋子の同名漫画を、蜷川実花監督の『さくらん』にて脚本を担当したタナダユキの脚本・監督により実写映画化。

『さくらん』の時には、原作そのままに進められる部分において、漫画の台詞をそのまま流用しているせいで、生の台詞としての違和感が残ったり、オリジナル部分との乖離を感じさせられるなど、どうにも脚本家としての能力に疑問を感じた彼女だが、今回も同様。

特に本作はほぼ原作そのままに物語が進行するため、余計に"漫画の台詞そのまま"のダイアローグが多用され、少しだけ挿入されているオリジナル要素、少しだけ改変されている部分との整合性に違和感が残る結果となっている。

漫画なり小説なり映画なり、異なるメディアに作品を移行する上で、そのメディアに沿った自然なかたちにダイアローグを変更する事は、脚本家、作家としての腕とセンスの大きな見せどころである。下手に改悪してしまうよりはマシとは言え、ただ書き写せば事足りるという安易な考えは志が低すぎる。

その台詞がどういう意味、意図、つながりとして配置されているのかを、よく考えずにそのまま流用している場面などでは、その弊害が殊更に強調されてしまっている。兄が付け替えた電球の明かりを見て、「こっちの明かりがええわ」と漏らすくだりなどは、その比較対称となる風俗街の明かりの描写が乏しいため、その正確な意味が観客に伝わったのかどうかすら曖昧だ。

追加要素が挿入される事で、原作のテーマやストーリーの流れに不自然さを生じさせてしまっている部分も散見される。浅田美代子演じる女性に現金を恵まれる場面や、級友に卵焼きを貰う場面、あやとり絡みの展開、父親に同情的な描写などがそれに相当する。

これらの場面によって、初子の抱えている不幸と幸福のバランスが大きく崩れ、平凡な不幸自慢人情物語へと堕してしまっている感が強い。客観的にはかなり悲惨な境遇でも、初子自身の"頭の悪さ"によって、本人的には幸不幸のバランスは大して悪くはない、というギャップが、ブラックなおかしさを生む筈なのにだ。

また、本作の形態、あるいはテーマを示唆するファクターとして登場する『赤毛のアン』について語る場面において、ここで交わされる言葉自体はやはり原作そのままではあるが、原作においてその場面の面白さを大きく支配する、初子が脳内に描くアンのイメージ画が、映画においては全く触れられてすらいないのは何故なのか。

これは初子が述べる解釈の捉え方を、受け手側にハッキリと明示するために必要不可欠なものであり、何から何まで原作をなぞりながら、よりによってこの部分を削ってしまったセンスには首を傾げさせられる。原作に無いいくつかの妄想シーンを挟む余裕があるなら、ベッドで死にかけのアンの映像も作ってやるべきではないか。

そうした、脚本的な練りと理解の足らなさによるマイナス点もあるが、それと同じくらいに、実写映画化しただけの事はあると思わされる、良さが感じられる部分も存在する。

まずキャスティングの段階から、原作のイメージを損なわずむしろ上回る様な人選がなされている事は大いに評価出来る。初子を演じる東亜優が、薄幸な地味少女にハマりすぎているのは大前提として、兄役の塩谷瞬もまた、原作からそのまま抜け出して来たとしか感じられない適役ぶりにニヤリとさせられる。

『青春☆金属バット』以降、ただれた女が似合う事を再認識させられた坂井真紀の全てを捨て去った演技、一見マトモそうに見えて実は頭がおかしいオバサンをリアルに演じる浅田美代子、相変わらずどんな役でもノリノリで演じる大杉漣と、脇を固める名優も揃って強烈なキャラクターを作り出しており楽しい。

また、原作に無い追加要素においても、街で買った洋服絡みの描写のあれこれは、初子という少女が持つ、素の少女としてのキャラクター性を観客の共感を生むかたちで的確に描写しており、女性心理を服装に投影させるこの手法は、女性監督ならではの着眼点として評価出来る。

服は可愛く決めているのに靴が汚い、彼氏が家に来て慌てて着替えて迎え入れる、などは、おかしさと哀しさを両立させるペーソス描写として秀逸だ。特に、慌てて着替える場面にてタンスからはみ出したままにされていたインナーを、後のカットでさりげなく仕舞わせるくだりなど、おそらくは当初からの計算でなく現場のアイディアと思われるが、そうした細かい描写の積み重ねとその捉え方、見せ方の巧さによって、全体の雰囲気を醸し出している、狙いの面白さは素直に楽しめる。

そうしたいい部分が多々あるだけに、メディア移行センスの面で残念に感じてしまう部分が目立ってしまっている本作、興味があるなら観て損はしない作品ではあるが、原作未読ならば読まないままで観た方が素直に楽しめるだろうし、後から原作を読んで同じところと違うところを確認して楽しむ、そんな鑑賞法をオススメする。機会があれば。



tsubuanco at 14:50│Comments(5)TrackBack(8)clip!映画 

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ジャンル : ドラマ 製作年 : 2006年 製作国 : 日本 監督・脚本 : タナダユキ 出演 : 東亜優 、 佐野和真 、 坂井真紀 、 浅田美代子 、 大杉漣 兄の克人と二人暮らしの中学3年生・初子。父は借金を残して蒸発、母は先立ってしまい、二人の生活は苦しかった。初子はなんと...

この記事へのコメント

1. Posted by よゆぽん   2007年07月10日 17:55
原作は読んでませんが、ちょっとハマッてしまいました。

今年の秀作の1本です。


2. Posted by sheep   2007年07月11日 00:38
個人的に、今年の一番です(現時点)。自分も原作知りませんが、そんな感じなんですね。ところで、スピンオフ作品として「16」という映画が(ry

>よゆぽんさん
何度か映画館で擦れ違ってそうですなw。
3. Posted by つぶあんこ   2007年07月12日 16:08
原作を読んだら、あまりにもそのまんますぎてビックリするかもです。
4. Posted by TXJ   2007年07月18日 20:46
「こっちの明かりがええわ」
はそういう意味だったのですか・・・
5. Posted by つぶあんこ   2007年07月19日 17:20
そういう意味でした。映画だけだとわかんないですよね。

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