2007年06月29日

世界はときどき美しい 16点(100点満点中)

「そう、おれはこの世でだれよりも強く、そして美しい!」
公式サイト

短編作品等をいくつか手がけてきた、御法川修監督による初の劇場映画。だが今回も、5つの短編を羅列したオムニバス映画であり、"長編"はまだ未経験。

まず本作の大きな特徴として目につくのは、8m/mフィルムで撮影された、劇場のスクリーンで観るには画素の粗すぎる画質だろう。これはもちろん意図的なものであり、大作でもデジタルで撮影される事が普通になってきた昨今、敢えてフィルムにこだわり、敢えて8m/mを用いる事で、フィルムの質感を強調する狙いがあるのだろう。

そして、画素が粗くなる事で映像からは表層的な"現実味"が薄れ、抽象的にさえ映る光、陰、色彩によって構成される画面から、寓話的体裁により観念的なメッセージを表現すべく作られた本作の方向性が、より効果的に伝わる様なされており、その点では成功している。

だが、内容的な面では、タイトルに表されている"美しさ"、あるいはそれとの対比となる"汚さ"、それらの言葉が指すものは、視覚的なそれではなく内面的、心情的なものであるという事、すなわち個々人の心の幸と不幸である、と語りかけるストーリー、表現は、そう伝えるにはあまりに類型的、表層的に尽き、新しいもの、興味深いものを見出す事は出来ない。

詩の引用、主人公の独白とイメージ映像の交互切り替え、モノクロ映像でのハードボイルドスタイル、など、各章であの手この手で見せられる短編のスタイル、映像は、どれもこれも、自主映画や学生映画の上映会で飽きるほど観てきたものと何ら変わりなく、今これを劇場映画として見せられる事に意味があるのか、と、疑問に感ぜざるを得ない。

一話目の主人公を松田美由紀とし、知名度のある人間をまず使う事で観客に作品を認識させ、その言葉に耳を傾けさせるのはいいとして、役の設定がヌードモデルであり、その事がストーリー的にもテーマ的にも主軸となっている筈が、結局彼女は脱ぐ事無く、体の美しさ、衰え、などは言葉で語るだけとは、明らかに逃げでしかない。

その後の四話目の主人公が無名の女優で、彼女は自然に脱いで裸体を晒しているのだから、余計に一話目で脱がなかった事がマイナス点として強調されてしまうのは皮肉か。

松田龍平、市川実日子と、この種の上っ面オシャレ映画には定番のキャスティングがなされているのは、ワザとなのか天然なのかは知らないが、やはり陳腐に感じ、あらゆる部分から、型にハマった映画青年のオナニー的な傾向がありありと見て取れ、随分と痛々しい。

8m/mフィルムの映像というのは見ているだけで懐かしい気持ちになり癒されはするが、それだけではやはり劇場で金を払って観る作品としては不充分過ぎる。

出演者に興味があればレンタル待ちで観てもいいかもしれないが、そうでないなら特に鑑賞の必要も無いだろう。自己責任で。


tsubuanco at 16:02│Comments(3)TrackBack(0)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by 斑尾   2007年07月14日 21:25
上っ面オシャレ映画ww

本当にそういうのウンザリしますね。
とりあえず、こういうキャスティングをしとけばセンス良いとか思ってるんでしょーな。
2. Posted by つぶあんこ   2007年07月18日 14:22
一昔前なら浅野忠信とかですかね。
3. Posted by シロ   2010年09月17日 15:40
5 前CD-Rにとったのを初めて再生したら・・・
すぐあやしい臭いがして「ああ芸術家気取りの痛い男によるオナニー映画か失敗した。レンタル+CD-R代すらもったいない」と後悔しました。上っ面オシャレ映画w的確すぎw 

この手のウザイ映画って本当に腐るほどありますよね。自慰行為見せて金取るなよ・・・

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