2007年07月06日

サイドカーに犬 63点(100点満点中)

「三原さんはね、バラエティーの頭突きじゃないんですよ、ドキュメンタリーなんですよ」
公式サイト

芥川賞作家、長嶋有の短編小説を、『探偵物語』『雪に願うこと』の根岸吉太郎によって映画化。結婚、出産を終えた竹内結子の復帰作として宣伝されているが、実際それくらいしかわかりやすい売りが無い、極めて地味な小品ではある。

当然ながら観客の多くは竹内結子を見にきたのだろうが、始まってからしばらくはミムラを主人公とした話がずっと続き、入る劇場を間違えたのでは、などと不安に駆られてしまった人も、少なからず居たのかもしれない。

物語はこのミムラ演じる主人公・薫(30歳)の、20年前の回想がメインとなり、そこで10歳の少女・薫(松本花奈)とヨーコ(竹内結子)の出会いが描かれていくのだが、このあたりも、てっきり竹内結子が主人公と思って観にきた多くの観客を戸惑わせるに充分な、宣伝と実態の乖離である。映画の宣伝を真に受ける方が悪いのだが。

さて本作、主な見どころとなるのは、舞台背景として様々に見せられる、80年代前半の風俗、風景および、薫とヨーコ、二人の"自然体"のオンナの有りよう、だろう。

竹内結子演じるヨーコだが、原作に書かれていたキャラクター像を更に解釈、膨らませ、映画独自の存在として昇華させようとしているのは、原作に無い展開、台詞が大幅に加えられている(海に行く展開など)事で明らかだが、それが上手く行っているかというと、どうにも難しい面も見られる。

コーラや石油の話題によって、他人の言っている事、外から与えられる価値観に振り回されてはいけない、と薫に諭す場面によってまず、彼女の言動は決して"いい加減"なのではなく"自己"を確立させている故なのだ、と表現しているあたりまでは良かったが、太宰治の本を読ませてしまっては台無しである。

薫の母親とは正反対の、女オンナしていない賢明さを表現するのに太宰治はあり得ない。これでは"賢い自分"が好きなだけで実は"賢いつもり"でしかない、そこらへんによくいるタイプの勘違い背伸び女でしかないではないか。ビジュアル的に石原真理子(バカ女代表)と被って見えるだけに余計に、そうした底の浅い描写は避けるべきだ。

薫と二人で夜の町を歩き、他人の家の庭に入って犬を挑発する場面もまた、ここだけが駄目な日本映画の典型の様な演出、展開でかたちづくられ、不自然で恥ずかしい描写に終始しているのはお粗末。ここに限らず、タイトルにある犬絡みの要素を上手く処理しきれていないのは問題。

一方、薫を演じる松本花奈に関しては、どうしても"演じている"様にしか見えない竹内とは正反対に、極めて自然体な表情、口調、動き、などによって、リアルな"内にこもった子供"を見せられ、これは本当に演じているのか、と感心させられる事しきり。この映画の良さの八割方は、彼女一人の存在によって占められていると評して過言ではない。

見る相手によって変化する目の表情、感情を表す台詞を全く話さず、表情とそれを見せる角度の変化によって全ての感情を伝えてしまう表現力、時折ポツンとつぶやく言葉に、何百倍もの情報量を詰め込んで発せられる台詞回し、と、もちろん演出によるところも大きいとは言え、やはり彼女自身が持つ存在感、演技力、理解力の確かさによるものである事は間違いなく、紛れも無い"女優"である。

薫視点で描かれる物語において、彼女の見せる自然な振舞いにより、観客は自然と薫との同一化に誘われており、だからこそ、朝目覚めて隣にヨーコおらず、慌てふためく場面では同じく困惑し、いきなり帰ってきた母とヨーコが対峙する場面で、どちらの側に付けば良いのかと迷いつつも、どちらかといえばヨーコに肩入れして見てしまう、と、狙い通りに感情を操作されてしまう事となるのだ。

そうして少女時代の薫が突出して素晴らしいものだけに、ミムラが演じる現代編の凡庸さとのギャップが大きくなってしまうのは皮肉。特に回想から現代へ立ち返って以降の終盤の展開は、演出の陳腐さも加味してせっかくの後味をおとしめており残念でならない。

大人薫が自転車にまたがってふくらはぎを触る、まではいい描写なのに、そこでわざわざ回想映像を挿入してクドクドと説明させてしまうのはいただけない。そんな事をせずとも、ただふくらはぎを触っただけで観客には全ての意味は伝わる筈だ。

あるいは理解力の無いバカに向けて作ったとしても、せいぜい台詞を被せる程度で充分であり、そもそもそれでわからないバカはそこまでの展開すら理解出来ていないだろうから放っておけばいい。蛇足としか感じられないラストのすれ違いカットも同様。

また、薫と弟、ヨーコと母親、など、対称・対比の存在としての表現が、今ひとつ的確には表現出来ていなかった事も問題か。言いたい事を言う俗物の弟、実は自分の事しか考えていない母親、それが薫とヨーコとは正反対の存在に意味付けされている、と観客に気づかせるには、扱いが軽すぎやしまいか。

無思慮に流される弟を表現するのに、当時ブームのガンプラとパックマンを用意したのはいいが、それが実のところは観客のノスタルジーを刺激するだけの存在に終わっているのは勿体ない。まあ、パックマンは母親撃沈にSEを被せるための長い前フリだったと考えれば面白いが。

子役・松本花奈の存在が何よりも素晴らしく、それだけで作品の存在意義を確立している本作、内容は地味だが観て損したと思う事はない筈。興味があれば。


蛇足:
招待状の"ご出席"を○で囲む時、"ご"を囲ってはいけないのは常識。これは弟のアホさ加減を表現していたのか、それともスタッフの無知かどちらと取ればいいのだろう。そうしたディテールに多くのツッコミどころが目立つ本作、小規模作品とは言え、地味な内容だけに細部にはこだわるべきだろう。ガンプラの考証なども含め。


tsubuanco at 16:49│Comments(2)TrackBack(9)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by 湯原   2007年07月26日 01:54
 はじめまして湯原です。
 そんなに花奈ちゃんよかった?自分はそれほどでもなかったけど。確かにこの映画ではいい演技をしていると思う。でも自分の持っている独特な雰囲気を生かしているだけに見えた。別に演技力とか技術じゃないと思う。日本の映画マニアには好まれるタイプかもしれないけどね。
「大人になったら消えてるかな」という感じです。

自分は竹内さんのほうがよかったかな。もちろん花奈ちゃんも悪くないけど誉めそやしすぎかな?と思う。
2. Posted by つぶあんこ   2007年07月26日 17:11
独特な雰囲気を活かしているだけでも凄いんじゃないでしょうか。

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