2007年07月28日

夕凪の街 桜の国 70点(100点満点中)

フスマをかけてっと
公式サイト

広島の被爆者とその子孫を主人公とした、こうの史代の短編連作漫画を実写映画化。タイトルは同じく原爆を扱った大田洋子の『夕凪の街と人と』『桜の国』から引用されたもの。

本作の監督を務めるのは『半落ち』『出口のない海』など、原作の良さをあまり活かせず二流品に貶めてしまった佐々部清だが、本作は脚本家が挙げた二作とは別人だからか、比較的逸脱せず、無難な線にまとまった感はある。

原作漫画は、ディフォルメされた非リアルな漫画絵によって、まずソフトな語り口でキャラクタードラマを見せておきながら、少しずつ本音が露呈していく展開によって読者を鬱のドン底へと突き落とし、そのギャップの大きさで驚かせ感動させるやり口が秀逸。

特に前編『夕凪の街』では、あくまでも主人公によるミクロ視点に表現を限定する事で、徐々に蝕まれていく主人公に読者は完全に同一化させられ、ために救いのカケラもない終わり方に対し、どこにもぶつけようのない重い感情を抱かせられる事となり、"戦争"と"核"の恐怖、およびそれに翻弄される無力な一個人の、被害者でありながら自分をも貶めてしまう、人間の悲哀を突きつけた名作と断言出来る。

その原作の方向性、狙いは、前半部に関しては比較的再現に成功しており、凡百の"反戦反核映画"にありがちな、原爆をまるで理不尽な天災のごとき扱いとしてしまう様な真似はせず、原作にある通りに

 『死ねばいい』と誰かに思われた

 嬉しい?
 原爆を落とした人はわたしを見て
 「やった!またひとり殺せた」と
 ちゃんと思うてくれとる?


と、"人間の悪意"が究極のかたちで現われたものとして表現し、それを被害者として加害者を恨む意識から、歪んだ自虐にまで発展させる、主人公の心理描写はあまりにも哀しい。

更に原作にはないオリジナル台詞として、「原爆は"落ちた"のではなく"落とされた"のだ」という文脈の言葉を語らせる事で、よりわかりやすく作品意図を強調しているのは上手い追加と評価出来る。また当の被爆者自身が、だからこそ被爆者を"差別的"に捉えてしまう心理もまた、リアルに描かれているのが素晴らしい。

こうした主人公の複雑な思考体系こそが、本作のテーマにも相当するものであり、それを理解出来なかったのなら、この映画を観ていないのと同じと断じても決して過言ではない。

原爆を扱った漫画として日本漫画史どころか日本史に残ってもおかしくない傑作『はだしのゲン』では、被爆した住民が"人間でなくなった"グロテスクな描写を直接的に執拗に繰り返し、その強烈なインパクトによって核の恐怖を描く手段をとっていたが、本作ではそれを避け、通常の絵柄よりも更にディフォルメした抽象的なタッチで被爆者を表現し、それが却って恐ろしさとなる、逆説的な手法をとっている事が、原作の大きな特徴の一つである。

今回の映画においてもその路線を踏襲し、被爆者の様子を"子供が書いた(様な)原爆の絵"として羅列し、原作の抽象描写のかわりとしているが、"子供の絵"に常に内包されている、シュールかつアーティスティックな恐怖の一面に着眼したこの改変は、やはり正解と評して構わないだろう。

また、職場前の防火水槽で手を合わせる描写など、多くを語らせず一つの動作、映像によって観客の想像を喚起し、より深みのある表現とするなど、オリジナル追加要素として評価出来る部分は他にも存在する。

こうした評価点などにより、前半部の中盤からは、主人公の言動一つ一つに様々な感情を揺さぶられる事となるのだが、やはり何もかもが上手くいっているわけではなく、原作と比較した場合において、理解が、あるいは描写が足らないと不満に感じてしまう部分もある。

それは主人公の心理動向を決定づける、被爆時に主人公がとってしまった負の体験が、ことごとくなかった事にされている、この点が最も大きい。

 何人見殺しにしたかわからない

 塀の下の級友に今助けを呼んでくると言って
 それきり戻れなかった

 死体を平気でまたいで歩くようになっていた
 時々踏んずけて灼けた皮膚がむけて滑った

 わたしは腐ってないおばさんを冷静に選んで
 下駄を盗んで履く人間になっていた

 川にぎっしり浮いた死体に
 霞姉ちゃんと瓦礫を投げつけた


被害者である筈の主人公が、「お前の住む世界はそっちではない」と苦悩する大きな要因となっている、こうした行いこそが、人間の心理を一義的なものと安易に描かなかった原作の評価点として重視されているのだが、これはやはり、"被爆者=可哀相な被害者"という、思考停止状態の決めつけ思想が映画製作者側に存在した故の省略、削除であろうと推測され、残念に感じる。

それでも、右左の思想的押しつけを殊更に感じる事なく、あくまでも個人主観の物語として描いた前半はかなり出来がよく、日本人ならずとも何度もハンカチが必要となる事は間違いない。

だが一方、舞台を現代へと移した後編『桜の国』は、監督の悪い部分が前面に出過ぎた感が強く、どうにもチープで陳腐な描写、表現に終始してしまっており、これまた残念。

堺正章演じる父親の、まるでコントの様な大仰な身振り動作、その父親が動く度に何度も流される、無意味にコミカルでまるで映像と合っていない安っぽいBGM、など、まるで昼ドラを観させられている気分になってしまう有様では、せっかくストーリーが面白くとも、田中麗奈や中越典子がエロくとも台無しである。

後編は現代での追跡劇と、過去の追想場面が入り交じって展開し、最終的には主人公の独白へと帰結する構成なのは原作と同じだが、その手法、表現に関しては、どうにも原作に対する理解が足りない、あるいは表現センスに欠けると感じられる点が気になり、素直に感動出来なくなってしまうのが痛い。

原作では、最初の追想は父親視点で始まり、それが最終的には「生まれる前、そう、あの時わたしは、ふたりを見ていた」の独白により、主人公の視点へと移行して、大切なものが次代へと受け継がれていく事を象徴させて物語の締めとしていたのだが、今回の映画においては、回想シーンの中に主人公を登場させ、そこで行われているドラマを傍観させてしまうという、工夫も何もない安易な手法に観客は唖然とするばかりではなく、誰の回想なのかわけがわからなくなって混乱するだけである。

また、終盤に向けて泣かせようとする意図がどんどん強くなっていき、前編での"死"を、今度は同じシチュエーションを客観視点でしつこく見せて、周囲の人物の泣き声とBGMで盛り上げようとしているのが見え見えで逆に萎えてしまう。こんな事をしては、主人公の主観として真っ白なコマにモノローグのみが表示される事で全てを表現しきった、原作の狙いが台無しである。

受け継がれていく髪留めなど、さりげない表現で世代の流れと連携を明示する様な上手い描写もありながら、やはり安易なお涙頂戴に走ってしまったのが勿体ない。

とはいえ、原作の面白さをそれなりには再現し、実写映画とする事で間口を広げて多くの人に観てもらうには無難な出来ではある。題材に興味があるなら間違いなく必見、原作のファンであっても細かい事にこだわらなければ及第点は出せる筈だ。機会があれば是非。


蛇足:
少女時代の京花を演じた小池里奈の身長が、実写セラムンの頃と比べてやたらと伸びていて驚いた。旭と並んで歩くカットなど、下手したら彼女の方が高いくらいだ。



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この記事へのコメント

1. Posted by ミノムシ   2007年07月30日 21:56
いや〜相変わらず深いレビューですね〜。
読んでるだけで、原爆の怖さや極限状態の人間心理の複雑さが伝わります。

それだけ原作が深いのでしょうが、その深さを文章に表すことができる、あんこさんの文才にはホント、感服します。

そして、かのYMさんと感じ方が正反対なのも面白い。
「天災ととらえている」「とらえてはいない」
なんでまた同じ映画を見ているのに、
こんだけ違うのかしらん?不思議です。

泣ける映画はあまり自分から見る方ではありませんが、
いつかテレビで放送されたら見てみようかと思います。
2. Posted by つぶあんこ   2007年07月31日 17:41
同じ映画を見ている、というか、多分その人は観てないんだと思いますよ。入浴シーン以外。
3. Posted by 名無しさん   2007年08月10日 16:18
「風が吹くとき」も鬱になります。
4. Posted by つぶあんこ   2007年08月10日 17:52
アレも手法的には近い方向性ですわな。

結局最後まで主人公夫婦が何も知らないままで終わってしまうのが恐すぎです。
5. Posted by miyukichi   2007年08月16日 22:43
 こんばんは♪

 原作読んでいないのですが、
 とても読みたくなってきました。
 省略された負の体験、たしかにあるとないとでは、皆実の苦しみに対する理解度が大違いに思えます。

 私も「夕凪の街」のほうが断然よかったと思いました。
 「桜の国」はあのコミカルなBGMも違和感があったし、入浴シーンとかも「はぁ??」でした^^;;
6. Posted by つぶあんこ   2007年08月20日 17:38
入浴シーンは『夕凪』の銭湯のシーンとの対比なんでしょうね。
『ダイアモンド』は『お富さん』との対比でしょう。
7. Posted by kame   2007年08月27日 10:05
原作を読んでいないので、なるほどなと思いながら読ませて頂きました。
しかしこれを見て「天災ととらえている」と思う人がいるとは、寝ていたとしか思えません。あそこが一番「凄い」と唸らされたのに。
8. Posted by つぶあんこ   2007年08月27日 12:47
しかもそんなので映画批評を名乗っているなどと、呆れかえるばかりです。
9. Posted by kimion20002000   2008年03月27日 01:48
>被害者として加害者を恨む意識から、歪んだ自虐にまで発展させる

その通りだと思います。
そしてそういう心性は、日本人にかなり色濃い資質だと思われます。

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