2007年07月17日

魔笛 53点(100点満点中)

誰が吹くのか不思議な笛だ
公式サイト

これまでにも何作も映画化されているモーツァルト作曲による歌劇を、シェイクスピア作品を多く手がけてきたケネス・ブラナー監督が新解釈で映画化。

原典との大きな違いは、ほぼ全ての言語がドイツ語から英語に変えられている事と、舞台設定が古代エジプトから第一次大戦へと変えられ、それに伴って人物事物の設定も変えられている事、の二点。

これらの変更により生じた結果としては、いい点と悪い点の両方が混在しており、もともと混乱しがちな物語が、更に混迷を極めてしまっているのは問題だろう。

ファンタジックな物語にリアルさを持ち込んで、現代の観客にも受け入れられやすい作りとしたり、あるいは善悪の構図が途中で逆転する原典の特徴を、戦争に善悪の二元論は通用しないという普遍的なテーマとして強調する狙いがあったのだろうと思われるが、それにしては、リアルとファンタジーのどっちつかずに終始し、二兎を追う事に失敗している感が強い。

タミーノは士官、パパゲーノは兵卒、三人の侍女は看護婦、など、変更された舞台にあわせて人物設定を置き換えている筈なのに、何故か夜の女王だけは夜の女王のままで、明らかに物語から浮いた存在になってしまっているのは何なのか。そもそも軍とどんな関係があるのかすらよくわからないままだ。

戦場での塹壕や司令部などはリアルなビジュアルを目指して作られているのに、なぜザラストロの本拠地に限ってはヨーロッパの古城風なのか。

そうした点、何を残して何を変えるか、という選択が中途半端なため、物語の方向性としても、一体どこを目指しているのかが不明なままで、ために観客は作品を楽しみきる事が難しくなってしまうのだ。これでは通俗娯楽として作られた筈の原典の狙いも台無しだ。

主人公達の立ち位置や行動原理にしても、原典では一国の王子と身分の卑しい鳥刺しと、明らかな格差が設定されているため、王女が王子に惹かれる事になんら不自然はないのだが、本作では階級の違いはあるもののどちらも軍属に変わりなく、それと王女との関係性がそもそも不自然な上、王女を救うためにより活躍しているパパゲーノに対し、王女が何の感情も抱かないのは明らかに流れとして不自然だろう。"一目惚れ"が物語のポイントである事も伝わりにくい。

歌劇としてのオリジン『魔笛』を知っている人なら、その違いや新解釈をいちいち楽しむ事は出来るし、同じ曲でドイツ語と英語の歌詞の違いがどの様に反映されるのか、なども楽しみどころとなるだろう。

が、オリジンを知らない人からすれば、ひたすら支離滅裂でしかないストーリーを退屈に感じてしまう事は必定である。何しろタイトルにも使われており序盤で重要アイテムの様に語られる魔笛が、結局最後まで一度も吹かれないのだから困る。

鳴る場面はあるのに口をつけず、持っているだけで鳴っている事にしてしまう意味がわからないし、BGMと現実音楽の境界が曖昧にされているため余計にわかりにくい。ただ、その境界の曖昧性を利用して転換を効果的に行っているくだりは序盤にあるので、それを一概に否定出来ないのが辛いところだが。

だが、映画化された最大の意義である映像面の作り込みにおいては、一部口パクが合っていないなどの難点もあるものの、音楽や歌唱の迫力を最大限に活かすべく、クオリティの高さがいちいち感じられるものである事も確か。

序曲の始まりと共に太陽を見上げるショットが地面へ降り、塹壕内を映しつつまた引いていき、引きと寄り、上空と地上を様々に視点を変えて戦場の模様を様々に映し出し、舞台状況の説明を行う、ファーストシーンのファーストカットの長さは驚嘆に値し、いきなり物語世界に引きずり込まれてしまう事となる。

この、一体いつまで続くのかと息を呑んでしまう、長い長いファーストカットで見られる戦場の遠景と、全てを強引に丸く収めさせるラストシーンの遠景の対比は秀逸で、映画的に始まりと終わりを表現しきっているなど、映像的センスの確かさは充分に堪能出来る。

それだけに、物語面においても、初見でも納得の行くレベルの作り込み、練り込みが求められてしまう事となるのだが、いつものケネス・ブラナーの例に倣い、それが果たされていないのがひたすらに残念だ。

原典がどの様に料理されているのか、に興味のある人なら必見ではあるが、知らない人が最初にコレを観るのは避けた方が無難。少なくとも、大体のストーリーやキャラクターを知った上で臨んだ方が、映像と音楽と歌のクオリティを障害無く楽しめるだろう。自己責任で。



tsubuanco at 16:23│Comments(3)TrackBack(10)clip!映画 

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2. Posted by くまんちゅう   2007年08月04日 17:16
あ、笛吹き童子か!
そうだあれも魔法の笛だったっけ。
思い出した
〜野を超え山越え♪〜
3. Posted by ぽぽこ   2007年08月05日 02:58
>ファンタジックな物語にリアルさを持ち込んで

「ファンタジック」は誤用から生まれた和製英語です。貴殿の文章には似合いません
4. Posted by つぶあんこ   2007年08月07日 18:35
タンタンタンタン タンタンタンタン
というフレーズが何の擬音なのかが気になります。

言葉は誤用が定着して変遷していくものですよ。

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