2007年08月12日

殯の森 92点(100点満点中)

私がわるのにー!!
公式サイト

カンヌ国際映画祭でグランプリ(次点の賞)を獲得した、河瀬直美監督の最新作。10年前に同映画祭にてカメラドールを獲得した『萌の朱雀』に続き、尾野真千子が主演している。

本作のタイトルにある"殯"、日本人なら読めて、知っていて当然の言葉であり、読めなかったと公言する行為は、自らがもの知らずの恥知らずと告白しているのと同じだ。とは言うまでもないだろう。

いわゆる娯楽映画ではなく、純文学的な手法にて製作された本作、これも言うまでもない事だが、純文学はストーリーではなく表現手法を鑑みるものであり、本作で披露される主張そのものは確かに深いものではないが、その事はさして重要ではない。

もちろんテーマがより深い方がいいには違いないが、あくまでもそれは副次的な問題に過ぎず、それを前面に取り上げてどうこう言うのは、映画の観方を完全に見誤っているに他ならないのだ。

本来ドキュメント映画をメインフィールドとする同監督だけに、本作もまた、劇映画ながら"ドキュメントに見える"手法を多用し、まず観客に対し、作品世界を現実に寄り添ったリアルなものとして受け入れさせる狙いが果たされている。

プロローグの葬列場面は、例え外国人の異教徒でもひと目で葬儀と認識出来るものであり、まず最初に"死"のイメージを見せ、続いて老人介護施設へと場面を移してストーリーを開始、絶えず"死"に近しいものに寄り添ってストーリーと表現を展開する方向性は、極めてわかりやすいものだ。

葬列を見せるロングショットと、葬儀の準備をする人の、顔や手元をアップで追うショットとを交互に並べて、相互のメリハリによって行われている事を一層に印象付ける構成も効果的だ。

そうして実録映画と見紛う流れの中に、明らかにドラマ然とした、主人公と先輩介護士による掛け合いが挿入される事で、作品世界は少しずつ現実との乖離をはじめ、観客はそれに従いドラマを受け入れ始める事となる。

世界を説明するための前半と、ストーリーが前に進んでいく後半の区切りとなる、車で出発するロングの俯瞰ショットでは、車のエンジン音が遠ざかると共に、風に揺れざわめく草木の葉音が徐々に大きくなり、ノイズの範疇を超えて表現のメインとなる。これによって、今後起こりうる"何か"を観客に想起させる効果となっている。

案の定、次のカットではいきなり車が脱輪しており、この2つのカットの間に起こった、脱輪に至るまでの事象を敢えて省略したからこそ、"始まり"をクッキリと観客に印象付ける事が出来ており、転換点として極めて秀逸と言える。

先述の音の変化の様に、一つ一つの音が作り手の必然として配置、配列され構築される音響は、同じく完成のみに拠らず計算された映像構築と良くマッチングし、現実世界を舞台としながら後半から作品世界が異質なものへと変転していく様、有効に作用している事が見て取れる。

僧による講和の場面で印象付けられる、周囲の音声をディフォルメ気味に強調する事で単なるノイズではなくドキュメント性を高める音響設計など、そうした工夫は全編に渡って周到されているのだ。

それを、「何を言っているのか聞き取れない」などというのは集中力が散漫だからで、文学を読むのに表現を見ず筋を追っているだけの様な臨み方しか出来ていないから、そんな事になるのだ。それでは作品を語る以前の問題であり、お話にすらならない。

驚くほど長く、作りこまれた長回しカットを多用し、臨場感と緊張感を高める手法もまた、それが果たせているだけに素晴らしいものだ。

妻の幻(?)と踊るしげきのカットにて、カメラを振る事で映る人物と映らない人物をカットを割っているかの様に誘導し、同じ場所にて多層的に行われている事象を、その境界を曖昧にして観客を錯覚させる、この長いワンカットなどはそうした狙いを象徴しており、現場の苦労も報われると言うもの。

前半で行われる追っかけあいが、後半に再び見せられるそれへの伏線ともなり、相似している筈の両者の意味が全く異なるものとして観客にも主人公にも突きつけられる構成の妙も面白く、前半の追っかけあいの舞台となった畑が、プロローグの葬列シーンと同一の場所でありながら、全く違う事が行われている事とも併せれば尚、感慨は深まるだろう。

そうした、作り手の感性と計算が高次元で融合した"表現"のあれこれを追うだけで、退屈している暇など少しも与えられない本作、ごく普通の一般教養があり、映像と音響の"表現"を読み取る鑑賞が出来る映画好きならば、楽しめないわけがないのだ。賞を取るのも当然である。

が、そうした鑑賞法に不慣れな、物事の上辺しか見る事の出来ない人にとっては、退屈極まりない作品と受け止められる事は想像に難くなく、そんな人には縁のない作品であるのも事実だ。

今の時代に敢えて35m/mフィルムで撮影された事で活きてくる色彩構成と、狙い澄まされた音響設計の効果を存分に味わうには、自宅鑑賞ではなく設備のいい劇場での鑑賞が何より望ましい。興味があるなら観ておくべきだろう。



tsubuanco at 22:32│Comments(4)TrackBack(4)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by あ   2008年06月05日 13:16
1 本作のタイトルにある"殯"、日本人なら読めて、知っていて当然の言葉であり、読めなかったと公言する行為は、自らがもの知らずの恥知らずと告白しているのと同じだ。とは言うまでもないだろう。


・・・んなわけない
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月05日 14:48
もの知らずの恥知らずとの告白ありがとうございます。
3. Posted by あ   2008年06月05日 20:44
1 ・・・もの知らず恥知らずだお\(^o^)/
4. Posted by kimion20002000   2009年03月17日 12:24
気持ちのいい評です。
僕は珍しくこの作品に関しては、いくつかレヴューを散見したのですが、なんか、監督がパッシングを受けているような・・・。
疲れるレヴューが多かったように感じました。

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