2007年09月05日

ストレンジャー・コール 24点(100点満点中)

「もしもし私リカちゃん。今あなたの後ろにいるの」
公式サイト

1979年のサスペンススリラー映画『夕暮れにベルが鳴る(原題:When a Stranger Calls)』を、『コン・エアー』『トゥームレイダー』などのサイモン・ウエスト監督によりリメイクされた本作、今回は旧作の前半部分である、ヒロインの最初の受難に焦点を当て、そちらのみを一本の映画に引き延ばした内容となっている。

最初の受難そのものよりも、その数年後に蘇って襲ってくる恐怖が旧作のキモだっただけに、作品としてはかなり別物と捉えてもいい程だが、それ以前の問題として、単純に脚本構成があまりに酷すぎるため、どうにも評価し難い作品となってしまっているのが実情。

プロローグとして見せられる"最初の事件"の描写が、本編に意味のある形で絡んでこない事はいいとしても、ヒロインがランナーである事も、彼氏に浮気されて怒っている事も、離れに大学生の長男がいる事も、子供が病気な事も、意味のありそうな前フリ要素が物語展開に全く用いられず放置されているのはいただけない。

それらが真犯人や真相からミスリードさせるための狙いだとしたら、真相が隠すだけの意義があるものでないと無意味であり、現状では単なる投げっぱなし放りっぱなしでしかない。

どうやって自由に出入りしていたのか。どうやって監視していたのか。などの謎を引っ張って、家の人間または友人の犯行かイタズラかと観客には予想させておいて(というかそれくらいしかオチが見当たらない)、それを如何に衝撃的に明かすか、あるいは全く違う正体で驚かせるか、と期待させられるだけさせられて、実際には何の工夫も物語的必然性も無い、単なる赤の他人のキチガイでは驚きも納得も出来るわけが無い。Strangerにも程がある。オマケに謎や疑問には全く答えず放置したままなのだからタチが悪い。

大体、キチガイとは言えタダの人なら大して恐くないわけで、正体を見る前はエモノを用意して行動していた筈のヒロインが、男を前にした途端に反撃のそぶりすら見せずに逃げる事に必死になるばかりではガッカリである。階段を何度も引き下ろされる場面は不自然の極地だ。作り手の都合ばかりが鼻について全く楽しめない。

おどろおどろしいBGMと耳障りな雑音は観客を煽るだけのコケ威しの域から一歩も出ておらず、その雑音が前に出過ぎているため、現実音との区別すら曖昧になり、登場人物が何かに怯えるシチュエーションで、重要要素である筈の物音の存在がわかりにくいという本末転倒の状態に陥っている。

ヒロインにピッタリしたシャツを常に着させているなど、エロスを強調するのはこの種の映画のお約束だが、それにしても、女友達が鍵を落として屈んでいる後ろ姿をロングでしか映さないなど、何のためにローライズを履かせているんだとツッコんでしまう、何も考えていないとしか思えない構図、映像が多く、絵面的だけでも面白くなりそうなところをことごとく台無しにしている。

何かありそうと、主人公と観客をドキドキさせておいて何も無い、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」な仕掛けは、的確に配置すればテンションを効果的にコントロール出来るが、そればかりをひたすら連発されては単にイライラするだけであり、更に待ち受ける真相に引っ張っただけの意味が感じられないとあってはどうしようもない。

プロローグでは刑事が死体を直視出来ない様だけを見せ、常軌を逸した惨状を想起させておきながら、後半に登場する犠牲者の死体はただ死んでいるだけでしかなく、思わせぶりと結果が繋がっていない。

ラストの終わり方自体は定番だが構わないとして、夢オチというのは、夢とわからない状態で見せておいて現実に引き戻すから効果があるのであって、最初から夢としか考えられない、ハッキリとした違和感に満ちた状態では意味が無いのだ。ここも失敗。

結局、一人芝居に近い状態で出ずっぱりなプラダ・ガール、カミーラ・ベルのビジュアルを鑑賞する事くらいしか存在意義のない本作、彼女に興味があるなら一応要チェックだが、そうでないなら鑑賞の必要は無いだろう。自己責任で。


tsubuanco at 15:22│Comments(0)TrackBack(0)clip!映画 

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