2007年10月05日

追悼のざわめき デジタルリマスター版 74点(100点満点中)

小鳩の蒸し焼きアルデーヌ風、オレの昼メシだ
公式サイト

1983年から五年越しで製作され1988年に初公開された伝説のインディーズ映画が、デジタルリマスターにてリファインされ、年末のDVD発売に先立って全国の劇場で公開される事となった本作、画質、音質がクリアーになり、著作権の関係からか劇中音楽の多くが差し替えられて、受ける印象が更に変わっている事も併せ、表面的には商業上映に堪えうるものとされたが、アングラな本質は変わらないものだ。

そもそも、猟奇殺人、不具や畸形、近親相姦、差別と偏見、と、インモラルな要素をこれでもかと詰め込んで直接的に描き、その過激さがまずインパクトとして話題に挙げられる事が多いが、確かにそれも特色ではあるが、そこにとどまらず、内包された真理を常に重ね合わせて描いている事こそが、本作を観て得られる感情の要因となっており、それが評価点となる。

表層的な過激さ、あるいは変態、偏質性で言えば、ドイツ映画などによく見られる類いの、ネクロフィリアやフリークスを前面に押し出したタイプの作品の方が、単に不快で気持ち悪くなるだけなら格段に上を行っているが、筋道の通った起承転結のある物語性を排し、人物と場面を因果関係が不明な程にバラバラに配置し、各々を並行して交互に描写しながら、やがては物理的にも精神的にも一点へと集結し、包括された作品世界を象徴する、散文詩のごとき作品構成と上辺の過激さとの融合により、ATG映画にも似たアナーキシズム文学映画となり得ているのだ。

視覚的な過激さを売りにしつつモノクロフィルムが用いられているのは、予算的な問題よりむしろ、フィルム自体をクローズアップした画素の粗い静止画から始まるファーストカットからも見て取れる様に、現実と虚構の境界を示しつつ、作中での現実と虚構の境界は極めて曖昧となっている、独自の作品世界を強調するためでもあるのだろう。

モノクロな事により、光と闇、陰影の用い方が重要となるのだが、明度だけでなく色相と彩度を白と黒にて表現しきった映像は、下手にカラーで見せられるよりも観客のイマジネーションを喚起し、美を表現する場面も醜を表現する場面も等しくそれは行われ、的確に提示されるビジュアルに内実がプラスされる事で、より大きく感情を煽られる事となる。

小人症の兄妹と放浪する兄妹の二組に、その光と闇をキャラクターとして対比的に投影させている構成は、特に印象深いものとなる。これは、それぞれの妹役を演じた二人の"女優"の、共にインパクトの強いビジュアルと体当たりで演じ切った覚悟の強さにより、作品の完成度を高めている事は言うまでもない。特に絵に描いた様な美少女である村田友紀子の、無垢の持つ危険性を表現しきった演技、演出は秀逸に過ぎ、対極性を最大限としている。

傷痍軍人と女子高生の、共に二人組を対比させた序盤の描写と、意図としては同様に位置づけられているのであろう二組の兄妹は、小人兄の初登場場面の演出、ストーリー上の役割などからも明白な通り、小人兄妹を醜い現実、若い兄妹を美と虚構の象徴として表裏一体の関係とし、共にタブーを犯し破滅するも、最終的な決着を付ける関係性においては、小人の妹が執着するのは兄の金であり、美少年の兄が執着するのが妹の肉体である、と、起点と終点をそれぞれ正対させて裏と表、現実と虚構を提示している。

その現実と虚構の橋渡しとなるのが、主人公(?)の青年・誠だが、その役割を端的に示す様に、小人兄妹の会社では(一応)真面目に労働して現実を生き、両者が交互に足を踏み入れる自宅(屋上)においては、自己愛の投影として人形に執着し、有り得ない筈の命を生み出そうとする。

その場における若い兄妹の行動は、血の海の現実離れした量と、その血の海が涙の海へと変貌するなど虚構性を強調するものでありつつ、最終的には美と対極にあるネクロフィリズムへと兄妹を追い込む事で、現実への回帰を促している。

一方で、小人の妹はその場で、虚構を現実によって破壊しつつも、最終的には自らが虚構の存在として、ファーストカットと同様の静止画となり作品世界を終了させる。この屋上放火場面にて、徐々に火と煙が大きくなって尋常な事態ではなくなっていく事が、離れた場所からの視点によって客観性を持って伝えられる映像は、"過激"を通りこした現実性を喚起するものであり、ファーストカットでは地面を歩いていた誠とまた対極として、高所から地面を見下ろして作品世界の総括を表現するラストカットを、小人の妹に担わせている事の意義は深い。

ビルの谷間=社会の隙間で殺人を犯す誠の描写を俯瞰視点で見せる序盤や、小人の妹が学校に乱入して騒然となる様を、遠くの高所から覗き見している様な俯瞰ショットにて延々と続けるなど、視点を的確に用いた演出は見事。

ただ、過激さや虚構性のバランスが危うく感じられる部分が各所に見られる事も確かであり、序盤の、鳩の首を引きちぎっても血が一滴も出ない描写や、傷痍軍人から奪った箱から金をぶちまける様な、あざとすぎる演技、表現など、狙いのために作り込まれている、あるいは逆に作り込みが足りないと気づかされ、作り手の意図とは別に現実と虚構を感じてしまう事となるのが残念だ。

通天閣の広告文字を見ても、撮影当時の"現代"を舞台としているにしては、傷痍軍人のスタイルはあからさまに時代にそぐわないものである事も同様、寓話的、戯画的な作品ではあるが、やはりバランス取りに難が見られるために狙いが伝わり難いのではないか。

伝説が伝説になる意味がありありと伝わってくる本作、視覚的にも精神的にもグロテスクな作品なので、苦手な人には無理に勧めはしないが、観ておくべき価値は間違いなくあると断言出来る一品である。機会があれば。



tsubuanco at 16:28│Comments(4)TrackBack(0)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by 涙目   2007年12月10日 01:36
ストーリはこのブログで補完されました。
アングラっていうんですか、こういうの苦手ですね。
ただ、見終わってしばらく経っても強く印象に残っています。
なので、この監督の特集上映で過去作品二本観て来ましたが、どちらも話としては酷く退屈で、苦痛でありました。たしか二本とも軽く寝ました。
長回しと、グロ、この時代の流行だったんでしょうか。あ、グロは良いと思いました。
2. Posted by つぶあんこ   2007年12月10日 19:12
ストーリーを楽しむ映画ではないですからね
3. Posted by 勅使河原   2008年01月23日 17:19
88年当時、劇場で観ました。
未だにかなり記憶に残っていますし、
タブー満載で、あの頃のインディーズ・グロテスクの最高峰だったと思います。
今では現実が映画の内容を超えてしまったような事件も頻発してますし
今さら観ようとは思わないのですが
ツタヤのドラマコーナーにフツーに並んでいてびっくりしてしまいました。
4. Posted by つぶあんこ   2008年01月24日 17:16
昨年末のDVD発売は貴重な機会ですよね。特に邦画はこの種の自主規制が強いですから。

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