2007年10月15日

長江哀歌 86点(100点満点中)

揚子江は変わった〜
公式サイト

2006年のベネチア国際映画祭の金獅子賞グランプリを受賞した、ジャ・ジャンクー監督作品。

受賞の話題に釣られた観客が爆睡するタイプの作品であり、娯楽作では決して無いが、それで寝るのは望むものを間違えた側の問題だろう。

長江に建造される世界最大規模のダム・三峡ダムの建造地を舞台に、妻を探す男と夫を捜す女、という一応のストーリーは用意されているが、本作はドラマではなく、映画という表現手法を用いた詩に他ならない。

かつて石ノ森章太郎が『ファンタジーワールドJUN』にて、漫画という表現手法で詩を綴って手塚治虫を嫉妬に燃え上がらせた事例もあったが、本作もまた、ストーリーやキャラクターではなく、表現そのものによってエモーションを生み出して観客に提示する作品なのだ。

映像構成の巧みさと、それによって表現されている意味を、常に画面から読み取って感じる事が、本作の鑑賞において求められる姿勢であり、ただお話を追う程度のものの見方しか行えないと、始まって数分で眠りにつく結果となるだろう。その意味では、たそがれるがどうのこうのとカルトめいた人工色丸出しの、虚飾にみちた紛い物"癒し映画"などよりは、よほど寝る映画としては最適なのかもしれないが。

寝ずに観る事に成功すれば、作中ではほとんど交わらず関わらないながらも観客の中で一つのテーマとなる、二人の(一応)主人公、男・韓三明と女・沈紅を、陰と陽の対極存在とすべく用意されている、数々の映像、演出ギミックにまず目を惹かれる事となるだろう。

流されるままな三明と行動的な沈紅の、表面的なキャラクター対比をまず前提とした上で、舞台となる三峡の"現状"のディテールを細部にわたって捉えていたはずながら各所に挿まれる"非現実的"な映像によって、二人の対比を象徴させている。

白昼地面に崩れ落ちる古いビルと、夜空に発射される現代的なビルの、視覚的な対比がまず存在し、それらに対し、三明は崩れるビルを"見ている"事が、ワンカット内にその場面における全ての構成要素が収められている映像で表現され、一方で夜空に打ち上がるビルは、沈紅が"見ていない"ところで誰にも知られず消える。

同じく、綱渡りする男を"見ている"三明、UFOを"見ていない"沈紅、と、表面的な行動力とは正対した関係性が提示され、一人の人間の中にある"陰と陽"までもが描かれている。

リアルなディテールとして、建物も人物もその"汚さ"を隠さず強調してリアルさを提示し、その後で電飾された橋の夜景を美しく見せる事で、"汚さ"を夜闇で隠し上辺を飾る、開発工事の持つ本質的な歪みを表現。ここでも陰と陽が概念的にも視覚的にも用いられている

小津やアンゲロブロスの名前が宣伝文句に挙げられている本作だが、どちらかと言えば北野武を彷彿とさせる映像構成によって、そうした様々な表現がなされている事にも気づくだろう。

序盤の、金を出せと迫る男に三明がナイフを向けたところで場面をブチ切り、次の場面へとオチを見せずに飛ばしてしまったり、それとは逆に、瓦礫の山に三明が辿り着くカットによって仲間の崩落死を表現し、その過程は見せずオチだけを見せるといった、極端な省略を行う一方で、男達が酒飲み話を続ける様を、カットを割らずにひたすら長々と映し続けるなど、時間と局面に極端な緩急を持たせて観客の意識をコントロールする手法などは、まさに北野武のそれである。

それらをオマージュと見るか模倣と見るかで評価が分かれるところだが、作品内で浮き立たずに全体を構築している事からも、監督自身の表現へと昇華されていると考えていいだろう。

英題である『STILL LIFE』の言葉通り、静物画の体裁にて詩的に描かれた、地に足のついた"芸術"足り得ている本作、中国国内の情勢に詳しくなくとも、映像と音響の"表現"を読み取る鑑賞が出来る映画好きならば、退屈する事はない筈だ。寝るかどうかは自分次第。自己責任で。



tsubuanco at 16:43│Comments(1)TrackBack(6)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by kimion20002000   2009年01月16日 23:00
>陰と陽が概念的にも視覚的にも用いられている。

いい指摘だと思います。
この作品に表象されている「詩情」は相当、上質なものであり、世界性を持っていると確信します。

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