2007年10月18日

明るい瞳 69点(100点満点中)

泪と瞳と…
公式サイト

フランスの新人映画監督、ジェローム・ボネル監督の長編2作目にあたるサイココメディ。

どう見てもキチガイな女性を主人公に、彼女の奇行を様々に追う内容だが、そこに観客の共感が生まれてしまうのは、人間の内面を観察しディフォルメした形で表現した、作り手のセンスの高さによるものだろう。

主人公がアイロンがけに失敗するファーストカット、続いての会計場面のカットと、ともに主人公の顔を映さずに首から下だけの映像で、どんな表情でそれを行っているのかを見せずに動作だけで"変人"の"奇行"を簡潔に伝える、この秀逸な導入部の時点でまず、作品の方向性はハッキリ掴めてしまう。

しばらく後に見せられる、ハタキ掛けの仕事風景でも、今度はもう顔を隠す必要がないので全身を見せた状態で、また"変人"としての"奇行"を固定のフルショットで"それを見ている人"も含めて観客に提示し、ファーストシーンが前フリとなっての一つのオチにもしている。と、単に笑わせるためだけでなく、主人公のキャラクター性を的確に周知させてストーリー展開を受け入れさせる用意が計算されているのだ。

前半のフランス場面では、彼女の周囲にいる人物達がことごとく言葉を並べて彼女を追いつめていく様を、観客の不快感を喚起させる演出によって描き、それでいて笑いも忘れず用意して、そのギャップで更に不快感を増大させ、彼女の"逃亡"に共感させるべく誘導させる。

後半のドイツ場面では完全に一変して、彼女と森に住む男・オスカー以外の人物を一切登場させず、言葉の通じない相手と出会ってコミュニケーションを成立させる展開に突入して、前半での他人とのコミュニケーションによる種々の問題が、ここに至るための前段であった事に気づかされる。話はここから始まるのだ。

前半で兄を通じて提示されていた、父性、男性に対するコンプレックスが、後半での男性とのコミュニケーションで必然性となって展開していく、と、前半と後半のギャップおよび前半を準備としての後半を本番とする、様々な描写に内在された構成の妙が面白い。

実は後半のストーリーは全て主人公が見ていた幻想だったのでは、とさえ思わされる程の前半とのギャップは、雑然とした町と緑溢れる森といった背景だけでなく、後半ではほとんど台詞が用いられず、二人の関係性が無言で進展していく、"コミュニケーションの障害"を最大限に活かした構成にある。

年増女性を主人公に、彼女が日常と異なる場所で"ありのままの自分"を受け入れられていく、という癒し系(笑)、スローライフ(笑)、ロハス(笑)、な側面は、近年の日本映画における荻上直子監督の『かもめ食堂』や『めがね』に近似しているとも取られがちだが、実際のところ本作とそれらとは根本から全く異なるものだ。

何よりも本作では、後半の言葉の少なさからも明白な通り、理屈をこねた主観の押しつけを行わず、本当にあるがままの自然体を描写して観客に委ねており、『めがね』などから感じられる偏狭な思想性とは対極に位置している。

のだが、あまりにも観客に委ねすぎて放りっぱなしなのはどうかとも思うが(笑

表向きは自由と言いつつ実は型に嵌める様なライフスタイルに、自覚無しに共感してしまう人種には伝わり辛いかもしれないが、「何が自由か、知っている」のコピーが相応しいのは、むしろ本作の方だ。

テーマ性には好き嫌いが分かれるかもしれないが、上品なサイココメディとしては普遍的に楽しめる筈だ。ただし動物の解体シーンが少しグロいので、耐性のない人は注意が必要。



tsubuanco at 17:43│Comments(0)TrackBack(1)clip!映画 

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1. 明るい瞳  [ KINOMANIE ]   2007年12月18日 22:25
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