2007年11月07日

厨房で逢いましょう 84点(100点満点中)

ブタもおだてりゃ木に登る
公式サイト

人づきあいに不器用な天才料理人と、彼の料理に惹かれた人妻との運命を描いたドラマ、という内容である事には間違いなく、予告ではその側面のみをクローズアップし、同じくドイツ映画である『マーサの幸せレシピ』のごとき、ハートフルなロマンスコメディであるかの様な宣伝を行っており、ほとんどの観客はその種の映画を観る姿勢で鑑賞に臨む事となるのだが、これが実際には大違いだとわかった時にはもう遅い。

巨漢デブの料理人グレゴアが鳥の羽毛をむしっている映像から始まり、そこから彼の料理風景を、グロテスクかつ偏質的な演出で、"食"をフェティッシュな性的ニュアンスとして表現し続けるオープニングによって、この映画は変人である彼の変質性を描いていく映画なのか、さすが変態映画の本場ドイツだ。と、事前の予想とのギャップに面食らわされる事となる。

のだが、本編が始まってまた、それさえも間違いと気づかされてしまうのだから油断はならない。

この映画が実は、自分のエゴに全く自覚のない恐るべき天然女によって人生を狂わされる哀れな男達の悲喜劇を描く、"恐い女"を主軸としたサイコホラーコメディなのだと、やっと気づいた時にはもう、劇中の男達同様、観客はこの女の魔手から逃れられなくなっているのだ。

この女エデンがまた、老け顔気味ではあるものの日本人に好かれるタイプの(オマケに滝川クリステルに似ている)紛れもない"美人妻"に尽き、その老け具合が却ってエロさを増大させている程で、最初は天使に見えて実は魔性の女、という役どころにピッタリ嵌っている事も、展開に連れて明らかになっていく。

そうした、映画の方向性の露呈と彼女の素性の露呈が観客の理解とシンクロしていく描写、展開の巧みさが、より恐ろしさを加速している。

鑑賞前の予想をいきなり覆され、その後もまたどんどん変わっていく様に、一切が予想通りに進まない本作は、人によってはそれが理由でイライラし、特に"諸悪の根源"であるエデンを憎々しく思うのだろうが、それこそが作り手の思うツボである。

「〜以上が顛末です」と、無表情で言ってのけるグレゴアの法廷シーンへの切り換えに呆気にとられるのもまた同様。ことごとくスカし、外し、笑わせて震えさせる、まさに秀逸なサイコホラーコメディ映画である。

これでもかとアップを多用し、その表情の機微を充分以上に余すところなく伝える映像によって、登場人物達の感情をありありと観客に伝え、同時にエデンの笑顔の裏に隠された欲望に震え上がらされる事となる、映像演出の妙も見事。

先述のオープニング場面での、食と性の融合をストーリー内にも用い、グレゴアに食の快楽を与えられ、夫に性の快楽を与えられるエデンが、両者を無意識下で自分の欲望の捌け口として使い分けているのだと、これまた彼女のドアップの表情で突きつけ、彼女に振り回される男達の動向がおかしさに満ちていく程、どんどん恐い女と感じさせられていく、笑いの奥に潜む恐怖の描き方は、楳図かずおや伊藤潤二に近いものがある。

何より本作の原題は『EDEN』であり、彼女が世界の中心として描かれている事は間違いない。そのエデン=楽園を、女性、母性の持つキャパシティの擬人化とした上で、楽園が人に快楽を与えるのではなく、人が楽園に奉仕し追放される構図を作り出す事で、悲喜劇を強調している、テーマ性とストーリー、表現を絡み合わせた計算が小憎い。

邦題や予告に惹かれて軽い気持ちで観に行くと、とんでもないギャップに驚かされる本作、間違ってもオシャレなデートムービーにはなり得ないが、ヘンテコ名作映画を送り出し続けるドイツ映画に、またひとつ妙な傑作が生まれたと評せる作品である。機会があれば。


tsubuanco at 17:38│Comments(1)TrackBack(5)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by わとそん   2008年10月26日 19:31
 WOWOWで見ました。
 おっしゃるとおりドイツ映画らしい底の方にくらーい情念がただよう生理的にえぐい映画でした。

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