2007年11月20日

4分間のピアニスト 68点(100点満点中)

あゝ晴れのコンクールの日 殺人罪で!
公式サイト

女子刑務所内でのピアノを通じた師弟関係を描いたドイツ映画。

のだが、凡百の音楽映画にありがちな、ヒューマンでハートフルな感動路線では全くなく、ピアノを題材に、ドイツ近代史の負の遺産をバックボーンとした、ハードボイルドな女の対峙を描いているのが何ともドイツ映画らしく面白い。

看守をボコボコにする女囚ジェニーを見限って部屋を退出し、廊下を進むクリューガーをカメラが追う、序盤の長回しショットが印象的だが、ここで、職員達がピアノ部屋へと殺到する流れとクリューガーを逆流させる様によって、彼女の心情を表現し、その状態から続いてカットを切り換えず、背後から聞こえてくるピアノの演奏音に気づいて足を止める、彼女の表情をここまでしばらく見せずにおいた事で、直後に振り返った時の表情を観客に印象づけている。

この、両者が同じ場所に立っていないカットこそが、クリューガーとジェニーの本当の"出会い"として描かれているのだ。

こうした、物理的距離感と精神的距離感を相反させる演出、作劇が、最後まで貫かれて要所に用いられている。

ラストの演奏場面などはその究極と言っていいいだろう。当初より"お辞儀"にこだわっている事が描写されていたクリューガーと、最後の最後で観客に向けている様に見せかけ、実際にはクリューガーに対してのみそれを行っているジェニーの、師弟愛などという通俗的な言葉とは一線を画する師弟関係が結実したその瞬間に画面を静止させ、官憲の手により拘束される直後を想起させながらも実際には見せず、そのまま画面を暗転させて終わる。これ以上は考えられない締め方は完璧。

本作、日本では『あしたのジョー』との近似性が挙げられる事が多いが、むしろ本作で描かれている師弟関係は、同じ梶原一騎作品で言えば『カラテ地獄変』の方により相当するものだ。

"善人"など一人も登場せず"イヤな奴"ばかりで、それぞれに事情は抱えつつも、主人公までもが自分の思惑のために相手を利用している事が強調され、その事が結果として"人間関係"を育んでいる、人物設定とその進展。あるいは、肉体の暴力と精神の暴力を共に徹底して描き、体制に愛する者を奪われた過去とそれに対する怒りおよび自虐を抱えた主人公達、と、ネガティブだが力強いドラマはまさに『カラテ地獄変』そのもの。

ただし、主人公師弟や彼女らと特に深く関わる看守以外の人物に関しては、現代の刑務所と過去のナチス施設とを戯画的にシンクロさせる一要因として、刑務所長のキャラクターを利用していた以外は、誰も彼も極めて類型的なため、極めて狭い領域内でしか、先述の特殊なドラマ性が発揮されていないのが残念。(皮肉だがこれも『カラテ地獄変』と同様だ)

古典の引用によって知識はそれなりに豊富だと見せておいて、クイズ番組では簡単な"発想"が行えない、と、ジェニーにボコられた看守が、天才である師弟と対比するための凡人の象徴とされている、この描写の丁寧さを、他の人物にも踏まえさせていれば、より深みのあるドラマが構成されていたのではないだろうか。

クリューガーが連呼していた「低俗な音楽に価値は無い」の言葉に相反するラストの演奏は、序盤から多用されていたモーツァルトの名前を伏線とした、音楽とはそもそもなんなのか、との原点的テーマに回帰するものであり、ドイツ映画らしい芸術に対する解釈と言えるだろう。

ひたすらに重苦しい展開に終始するのではなく、ウンコTシャツの様に、ひっそりと笑えて和める仕掛けが各所に用意され、息をつく事が出来るのも嬉しい心遣いだ。

最初に述べた通り、普通の感動を期待すると呆気にとられてしまうだろうが、人間の負の側面を強調したハードボイルドドラマとして、真に迫る演技、演出を見る事が出来る良作である。



tsubuanco at 15:22│Comments(4)TrackBack(17)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by sheep   2007年11月19日 20:51
実は注目してた作品です。
最近は仕事が忙しかったり「転々」や「オリオン座〜」観に行ってたりと時間が無かったんですが、期待して観に行くことにします。
「カラテ地獄変」も予習しときます。
2. Posted by つぶあんこ   2007年11月20日 16:43
今調べてみたら、『カラテ地獄変』って現行本としては入手出来ないみたいですね。
でも古本屋の常連本として定番ですし、品揃えのいい漫喫には置いてると思うので、機会があればどうぞ。
3. Posted by sheep   2007年11月22日 02:35
ご親切に、どうもです。
4. Posted by ほんやら堂   2008年06月23日 21:24
「ピアニスト」シリーズとしては(そんなシリーズはありませんが),「船の上のピアニスト」「戦場のピアニスト」に次いで3作目.
しかし予想した映画とは全く違いました.ラストシーンが良かったと思います.

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