2007年12月31日

その名にちなんで 73点(100点満点中)

迎え撃つのは黒き稲妻
公式サイト

インドで生まれ育ったベンガル人を両親に持ち、イギリスで生まれアメリカで育った女性作家、ジュンパ・ラヒリによる、自身の経歴を元に書かれた同名小説を、インド系女性映画監督であるミーラー・ナーイルが映画化。

在米ベンガル人の家族を題材とした本作だが、扱っているテーマはあらゆる民族において共通しうる普遍的なものであり、原作が世界的に支持を受けた理由のひとつはそこにあるのだろう。

登場人物の主観に立った一人称によって、事象と心象をディテールまでいちいち緻密に描写し、読者との一体化を図っている事で、ただでさえ25年の長い歳月を辿る物語が、長編小説と呼ぶに相応しいボリュームとなっている原作を、二時間程度の映画にまとめてしまう事は困難かと思われたが、結果としてそれを上手くこなしているのは、製作者のセンスと原作に対する理解の賜物である。

一見してダイジェストのあらすじ紹介的に構成されながら、要点を的確に押さえ、それぞれのシチュエーションにおける感情表現やディテールの描写を入念に行っているため、省略されている筈の"間"さえも観客は容易に埋められ、物語の流れや人物の経緯が見て取れる、とある家族の四半世紀をまるで自分の事の様に体感出来る、情報の取捨選択および構成は秀逸。

ベンガル人にとって名前、特に愛する者の名前と、それを口にして呼ぶ事がその様な意味を持っているのか、など、当の民族にとっては常識だが異人には知った事ではない、原作ではいちいち説明されている情報を、この映画版ではあまり差し挟まず、それによって長い原作を短くまとめる一因ともなっているが、これが観客の理解や解釈を阻害するどころか、却って特定の民族に拠らない普遍的な意義を観客に伝え、各々が自身の理解の中で解釈出来る様されているのも、あるいは狙いの内なのかもしれない。

基本的には母親と息子、それぞれの視点を交互に見せていくスタイルとし、両者の意図的に近似された行動、経験を見せる事で、一世と二世の世代差の強調を意識した作劇および構成が用いられているのも印象的だ。それが特に明確となるのは、母親と息子、それぞれの"新婚初夜"シーンにおける、全く空気の異なる表現だろう。

また、母親が実父の死を電話を介して人づてに聞く事となった場面と、後に夫の死を再び電話を介して他人から聞かせられるなど、似たシチュエーションを年月を超えて再登場させる事で、良くも悪くも"因果"を感じさせる仕掛けも散見されるなど、要点が押さえられていると感じさせる由縁は明確だ。

その電話のシチュエーションでは、両者の物理的距離感を再認識させて母親の孤独感を強調し、彼女の境遇のマイナス面を突きつける意図があり、また、民謡を歌っていた彼女の登場シーンを踏まえ、同じく彼女が故郷に帰って民謡を歌っているラストシーンに文字通り帰結させた構造は、年月を経ても変わらないものと変わった事の双方を共に見せ、観客の感情をも締めくくる狙いが果たされている。

息子の側のドラマにおいても、父の死を経験して初めて、否定していた家制度の重要さに気づき、本当の意味で大人にならなければいけないと突きつけられるなど、やはり民族や時代を問わず、長男なら誰でも経験しうる展開を通じて、観客の共感を得て感動へと導くべく、事象、心象のリアルな描写を入念に行っており、また、彼と母親との視点、観点の差異によって、一つの事象に対する実感を深める事にも繋がっている。

のだがやはり、原作者も監督も女性なためか、どちらかと言えば母親側に寄った姿勢で描かれていると感じられる部分が多く、何より劇中に登場する全ての女性の中で、最初から最後までずっと、この母親がまるで女神の様に飛び抜けた美しさを誇り続けるあたり、美人作家として有名(右画像)である原作者にもなぞらえているのだろうか。

この母親が産んだ娘も、息子が交際あるいは結婚する女性達も、ことごとく決して美人とは言い難い微妙なビジュアルに留められ、母親だけが美しいままなのは、母親のフィルターを通して見ている像を表現しているのだと思えば、各女性の扱われ方の差は全て納得が行く。

特定の民族、状況を扱いながらも、移民や海外在住者に限らない、普遍的な家族観や親子のあり方をテーマとした本作、インドやベンガルの文化に詳しくなくとも、自分の事と重ね合わせて鑑賞出来る作品であり、独特の趣を持つ原作の映画化としても一つの正解と言えるだろう。興味があれば観ておいて損はない一本。



tsubuanco at 16:51│Comments(0)TrackBack(4)clip!映画 

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