2007年12月31日

いのちの食べかた 75点(100点満点中)

待望のステーキをほうばりながら俺は泣いた
公式サイト

現代社会における食料生産の現場を捉えたドキュメンタリー映画。

原題は『OUR DAILY BREAD』すなわち『日々の糧』と言ったところで、本編映像には生命ではない食料品も登場するのだから、邦題に倣った付け方をするならむしろ"食べ物の作り方"であり、全く持って不適当な邦題としか思えない。

何故こんな邦題がつけられたのかと言えば、食の根源を紹介すると思わせて実際は政治、人権のプロパガンダ本でしかない、ジュニア向けレーベルで刊行されているが子供には読ませたくない本である、森達也の著書『いのちの食べかた』と連動したプロモーションを、日本の配給会社をはじめとする関係各社が行っているためで、そのあからさまな偽善的恣意性には辟易するばかりだ。

と、観る前からケチがついてしまいがちではあるものの、本来の作品とは無関係な雑音やゴミは無視するのが賢明な鑑賞法だろう。

約90分に渡って見せられる映像の数々は、ナレーションもテロップもBGMもSEも一切なしに、食料生産現場の状況をただひたすら現場音とともに映し続けるのみで、見るもの聞くもの全てが、行われているそのままを表現し、観客に突きつけるものだ。

当然ながらこれは単なる素材の羅列ではなく、本作を"映画作品"として完成させるために用いられている、意図的な手法である事は言うまでもない。画面内での事象が"ありのまま"であると観客に印象づけ、また、それ以外の情報を差し挟まない事で、フラットな観点において作られていると、観客に捉えさせる事が狙いである。

シンメトリカルな画面構成を多用した視覚的演出により、大量生産という行為の画一性を強調している事なども含め、見せる順番、タイミング、時間などが的確に計算された構成によって、下手に作れば単なるBGVに成り果ててしまう題材を、もう終わりなのかと退屈させない出来に仕上げているのは、なかなか成し得る事ではない。

本作を観て「単調で退屈だった」との感想が出る様な人種は、話題の映画だから飛びつきお話の筋を追い人気俳優の顔を見て満足する程度の、底の浅い表層的な面でしか映画を見ていない人種でしかなく、映画鑑賞および映画について語るといった行為には向いていない。「命の大切さを〜」「罪深さを受け止めて〜」「自然の摂理〜」などと賢ぶっていながら、ゴテゴテに加工されたジャンクフードをバリボリ頬張っているがごとき滑稽さを自覚すべきだ。

閑話休題。まず一巡して単純にインパクトを与えられるのは、ニワトリ、ブタ、牛ら家畜が、工業製品の様に生産、加工されていく段階的描写だろうか。

最初に紹介されるのは卵から孵化する段階のニワトリだが、大抵の人がヒヨコに大して抱いている"可愛い"という印象をベースとし、その"命"があまりにぞんざいに扱われ、良品と不良品に分別され淡々と処理されていく様を、前述の対称画を中心としたフラットで冷徹な視点にて見せられていく事で、複雑な感情を覚えてしまう事は、人情としては当然だ。

まず仔ブタが母ブタから授乳している風景を長めに見せた後、泣き叫ぶ仔ブタが次々と治具に嵌め込まれ去勢されていく様も同様。ライン工業としての流れ作業におけるシステマチックな整然美と、前フリによって発生させられた感情を刺激する行為とのギャップが、観客の興味を更に惹き付けている。

ニワトリは選別、ブタは去勢と、それぞれ人情として痛々しくなる様なシチュエーションを各畜種ごとに別個に用意している本作、メインイベントの様に最後に見せられる牛におけるそれは、屠殺(なぜかへんかんできない)に絡む一連の工程だろうか。

それまでの二種においては、ニワトリでは吊るされて運ばれていく工程にワープし、ブタでは中の見えない場所に追いやられ、出て来たら既に吊るされている、という状況を、やはりデザイン的に構成された固定の一画面にて見せる、といった手法が用いられ、その"瞬間"を敢えて見せなかった事で、牛の屠殺を直接見せる前フリとなり、大いに感情を刺激されるべく狙われている。

その場面でもまた、先述のブタの屠殺場面の様に、一画面の左右に連続した異なる状況を配置し、既に電気ショックを与えられて吊るされ運ばれていく牛の巨体を右側に見せ、その状況を"次の番"として左側に待機させられている牛が目の当たりにしている画面構成とし、その流れ作業を披露していく事で、観客はまるで自分が死刑の順番を待たされているかの様な錯覚を起こしてしまうハメとなる、秀逸な構成には畏れ入る。

続いて見せられる血抜き作業では、"命"が"肉"に切り替わる瞬間の無常感を、大量に流れ落ちる血と体液によって突きつけ、そこから始まる一連の解体作業においては、牛の"大きさ"とそれを扱う大掛かりな機械や作業を次々に羅列していく事で、何故ニワトリやブタに比べて牛肉の値段が高いのか納得してしまい、先程の屠殺で生じた感情は既に無くなっている事に気づかされる。

そうした、観客の感情をコントロールする編集構成の上手さは、牛肉の加工が一段落し、それまで作業が行われていた場内および機械類が次々と洗浄されていく、清掃作業をまた長く見せて、観客の気持ちも一段落させ、そのまま暗転して清掃作業の現場音のみが聞こえる中エンドロールが流れ始める終わり方まで一貫している。

ここに至るまで退屈するどころか、エンドロールを見て「え? もう終わりなの?」と感じさせてしまう程に、目が離せない様に考えられ作られているのだから感心するばかりだ。

そもそも流れ作業を映す映像においても、固定の画面ながら奥行きのある立体的な配置が意図されており、つい手前の作業者ばかりに目が行ってしまいがちながら、流れていく奥や、流れてくる前など、奥や端に見える状況にも目を移せば、もっと見ていたいと思っているうちに次の映像に切り替わってしまい、退屈など有り得ないのだ。

一方で、同じく対称画をメインに農作物の生産、収穫、出荷を見せていくパートにおいては、家畜の処理映像に比べると"残酷さ"を感じないと見る向きもあろうが、だが何故動物と植物が作中にて同等に捉えられているのかに考えを及ばせるまでもなく、淡々と処理される動物と、淡々と処理されていく植物、そこに何ら差異はないのだとの事実に気づけば、そこに込められた意味は必然として伝わってくる筈だ。

バスに詰め込まれて現場まで運ばれていく作業員を映し続ける映像など、"人間"という存在が、表層的には作中で失われていく"命"を支配している様に見えながら、その本質においては何ら変わるものではないと、こちらは比較的安易に突きつけている様に、それぞれに対し観客である個人が抱いている印象の差異こそが、現実社会に存在する差別や偏見に繋がっているのではないか、との、作り手の意図がよく表れており興味深い。「生命に感謝すべき」などという思想こそが、人間を特別視した驕りに他ならないのだ。

そうした"食物連鎖"の現状を映し続ける一方で、中盤に挿入されている塩の採取作業のシチュエーションは、インターミッションとして"食"のあり方の多面性を表現して、単純なものの見方にクサビを打ち込む役割を果たし、永遠に続くかと思われる時間、超スピードで降り続けるエレベーターや、その先にある現実離れした光景など、視覚的な興味で観客を繋ぎ止める事にも成功している。あるいは黄泉の国と塩の柱の逸話にも絡めた仕掛けだったのだろうか。

ともかく、思想的な事はさておき、シンメトリックを意識しすぎ、作りすぎな感がある画面構成が時に鼻につくものの、単調な素材を退屈させない編集構成は見事の一言に尽き、"映画"が好きならまず楽しめる必見の一本である事は間違いない。機会があれば是非。



tsubuanco at 18:39│Comments(10)TrackBack(6)clip!映画 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. いのちの食べかた  [ オタクの魂forビギナーズ ]   2008年01月07日 15:48
台詞もないし、音楽もない。 ただ食物の生産現場で行われている映像を流すだけの92分があっとゆー間に終わる。 ナニも起きない映像なのに、かなり集中して画面に見とれていた‥‥‥が、チケットを買う時にマクドナルドの紙袋を持った人がいたなぁ‥‥とかは考え...
2. 真・映画日記(3)『いのちの食べかた』  [            ]   2008年01月19日 03:46
JUGEMテーマ:映画 (2から) 「シアターN渋谷」を出た時点では行こうかどうか迷ったが、 せっかくなのでもう1本見ることに。 渋谷駅南口側から今度は宮益坂へ。 午後5時前に「イメージ・フォーラム」に着く。 地下の劇場に入ると意外にも客が入っている。80人くらい...
3. 『 いのちの食べ方 』  [ 映画でお喋り♪猫とひなたぼっこ ]   2008年01月26日 12:38
偶然見たTVで ゴローちゃんが 12月のオススメ映画として 『 椿三十郎 』 や 『 ナンバー23 』 『 ミッドナイトイーグル 』 を抜いて 1位に推していた。 それを観ていた 娘が  「  いやコレ凄い〜! この映画絶対 観たい 」 と言っていたので ” ...
4. いのちの食べかた■生命から食品への巨大システムの中で  [ 映画と出会う・世界が変わる ]   2008年05月06日 19:04
この映画の原題を日本語に訳すると「我らが日々の糧」。その題名通り、この映画は、私たちが毎日食べている肉、魚、野菜、果物などがどのようなプロセスを経て食卓に並ぶのかを描いたドキュメンタリー映画である。かなりショッキングな内容だ。このように言うと牛や豚の屠...
5. 「いのちの食べかた」と「2001年宇宙の旅」  [ 映画と出会う・世界が変わる ]   2008年05月10日 14:26
この映画を見ながら連想した映画がある。それは「2001年宇宙の旅」である。映画「いのちの食べかた」では音楽が使われることもなく、台詞もなく、またナレーションもないという演出は、映画「2001年宇宙の旅」に非常に似ている。「2001年宇宙の旅」ではクラシックの名曲が...
6. いのちの食べかた■戦争の本質が見える  [ 映画と出会う・世界が変わる ]   2008年05月13日 01:24
この映画でショックなことは「命」が、巨大なオートメーション工場の中で「食品」に変えられていくプロセスであり、そのプロセスに従事する人々も淡々としていることである。吊り下げられて次々と運ばれていく豚の足を鋏のようなもので切り取っていく人。鶏の首を切りそろ...

この記事へのコメント

1. Posted by 涙目   2007年12月29日 02:44
『日々の糧』、まさにその通りで。
確かに非生物も出てくるんだからおかしいですよね。
森達也の「いのちの食べかた」とだぶらせた邦題も違和感を感じていたし。
>何故こんな邦題がつけられたのかと言えば、〜うんぬんかんぬん、
のところは、
私も疑問に感じていたので、納得した次第。
なるほど、サヨった邦題だったんですね。
こちらでは連日立ち見がでるほどの大人気なのですが、やはりその筋の人たちに人気なのだろうか、私の周りではまったく話題になっていないというのに。
2. Posted by 爽泉   2007年12月29日 13:42
『ミノタウロスの皿』っすね。
3. Posted by 涙目   2007年12月29日 23:37
ああ、F先生か、なる
4. Posted by つぶあんこ   2007年12月30日 22:33
稲垣メンバーが番組で評価してたから、観客が増えてるんじゃないですかね。
5. Posted by ふくすけ   2008年01月07日 15:44
ブタの足にワイヤーを掛けて吊るす係の人映してましたよね‥‥‥揚げ足とりみたいで申し訳ない。

そんな人気者がオススメしてたんで劇場は満員だったんですね。
小さい子を連れてる人もいたし‥‥よほど退屈だったのでしょう、90分間大声で喋りっぱなしで、子を教育しようとして周囲の人に迷惑をかけたおす構図が迷惑ながらも少し面白かったんですけど。
6. Posted by つぶあんこ   2008年01月09日 00:41
子供よりお前が教育されろってヤツですね。
7. Posted by    2008年01月26日 12:43
やはり 邦題はヒドイですよね。
ついでに 劇場で「いのちの食べ方」の本も売っていたのにはビックリしました(笑)
しかし・・つぶあんこさん
これだけ映画を観てらっしゃるのに
映画の細部まで覚えてらっしゃるのには
敬服します。TBさせていただきました。
8. Posted by つぶあんこ   2008年01月29日 10:35
間違った宣伝のせいで子供連れが多いのが困りものです。子供も嬉しくないでしょうに。
9. Posted by 埼玉の孤狼   2008年03月09日 18:03
つぶあんこ様 こんにちは。

実は上映後にNPO職員の方によるトークショーがあり、PG-12指定の本作品、実際には何歳位から子供に観せるのが適当なのか、ってな質疑応答があったのですが、屠殺(ホントだ、変換出来ないや)現場を目の当たりにしたコドモがトラウマ抱えちゃうのでは、ってよりも、余りにもツマラナそ〜な顔して仕事を続けている、食事中ですら仏頂面を崩さない大人達の姿を観るにつけ、こういった職種の仕事に対して、ある種の嫌悪感を抱いてしまうのでは、とそっちの方が気になってしまいました。

そういう意味では、>サヨった邦題 も皮肉が込められている、と思えば?あながち間違いではないのかも。
10. Posted by つぶあんこ   2008年03月10日 22:15
そんなもん自分で考えろ、てな白痴質問ですねそりゃ。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments