2008年01月06日

サラエボの花 53点(100点満点中)

加藤浩次「夜のワールドカップですよ。ボスニアヘルツェゴヴィーナ!」
公式サイト

戦争の傷跡に苦悩する母娘を描いた、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ映画

1992年から始まったボスニア紛争を題材とし、戦争が生む悲劇とその中から生まれる仄かな希望が展開される作品ではあるが、戦争そのものを直接的に描き、わかりやすいショッキングなカタストロフにて観客の感情を誘導するのではなく、紛争から10年以上経過した、表向き平時のボスニアを舞台としながら、いまだ癒えぬ残滓に焦点を当てていく方向性が面白い。

このスタイルは、日本では昨年公開された『あなたになら言える秘密のこと』に近似し、主人公の過去の体験も相似したものだが、映画としての語り口は本作の方が興味深く、絶望と希望のギャップも上手く強調され、出来ではこちらの方が上だろう。

まず前半で母親側のドラマにおいては彼女が何らかの"問題"を抱えていると、彼女がとる不自然な動向を各所に配置して、そちらへの興味をかき立てると共に、娘側のドラマにおいては、父親が不在である事へのコンプレックスと、そこから来る母親に対する歪んだ心情が描かれ、この時点では娘側の視点に立って、何故か"本当の事"を言おうとしない母親に対する不審や懐疑を抱かされていく。

でありながらも、母親の娘に対する愛情、娘の母親に対する思い、ともに必然として正当であると描かれていき、"謎"を基点とした両者のすれ違いを見せる事で、どちらに対しても感情移入を誘われる、クライマックスへ向けた段取りがなされている。

だからこそ、クライマックスにおける両者の感情の爆発に対し、真に迫る愛憎を感じ取れ、愛しているからこそ本当の事を言えなかった母親と、その愛情によって苦悩してしまう娘、そしてその娘の苦悩にまた苦しめられる母親、と、戦争が残した傷跡が愛をも苦しみに変えてしまう皮肉な現実を如実に伝えられる事となる。どちらも間違っていないからこそより悲劇性は高まり、救いは失われていくのだ。

それでも、愛がある限りは希望が消える事は決して無いと、克服の兆し、未来への希望をサラリと見せて終わらせるやり口は秀逸。映画冒頭を悲しげな歌で始め、ラストを楽しげな歌とし、双方が親と子の各世代におけるコミュニティにて歌われている対比も含め、未来は決して暗いだけではないと提示している。

序盤のサッカーシーンから始まるケンカでは、娘と少年のツンデレな関係性を紹介する役割と同時に、スポーツ競技が持つ代理戦争的な意味合いと、性差や嫉妬によって簡単に争ってしまう人間の業を表現し、平時における戦争を擬似的に配置しているのだろう。

終盤の丸刈りは、弱い性である事に苦しむ母親の苦悩と、そこから生まれた自分を共に、性差を解消する事で弱さから解放される、彼女の意志を視覚的に表現したものであり、その姿で行われるキスシーンが、前半で母親が見せたトラウマへを伏線とした克服を表現していると見て取れる。

その様に、暗喩、比喩的な表現を、テーマを内包させる狙いで用いる手法は良くしたものながら、一方では作品の基盤となる母娘関係の謎における伏線の見せ方においては、難解になる事を恐れたのかあまりに安易すぎるとも見られ、幾分のバランスの悪さを感じる。

たとえボスニア紛争に詳しくなくとも、中国のチベットに対する民族浄化など、現在進行形で行われている事象は大人ならば知り及ぶもので、作中で明かされる前にある程度の予測はついてしまうのだから、少し親切設計過ぎると言わざるを得ない。初監督作故に、そうしたバランスを見誤った感がある。

などと気にかかる部分もあるものの、殊更に過剰な表現や仕掛けを用いず、平時におけるヒューマンドラマにて戦争の悲劇と悪を描き、そして後味を決して悪いものとはしない、作り手の経験を踏まえた思いがよく伝わってくる良作と評価出来る。娘役のルナ・ミヨヴィッチの、坊主頭になっても崩れない、少年と少女の中庸的な可愛さも、作品の希求力を高めている。

娯楽性も派手さもないが、きれいごとでは済まされない現実をあらためて認識させられる良質なドラマに仕上がっている。興味があれば観ておいて損はないだろう。



tsubuanco at 16:10│Comments(5)TrackBack(6)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by 通らんドット   2008年01月17日 19:29
セルビア・モンテネグロの間違いじゃないですか?
佐野アナがアルゼンチンで。
2. Posted by つぶあんこ   2008年01月17日 20:35
でしたっけ。旧ユーゴという記憶で混同しちゃってましたかね。
3. Posted by kimion20002000   2008年06月29日 17:00
>性差を解消する事で弱さから解放される

なるほど、坊主頭はそういう解釈がいいですね。
坊主になっての、キスシーンは、意志のようなもの見えてよかったですね。
4. Posted by ゴン他   2008年12月07日 22:05
5 素晴らしいレビューですね。見事です。

ただ、娘の丸刈りは唯一父に似てるといわれた髪への嫌悪からじゃないかと。
5. Posted by つぶあんこ   2008年12月10日 15:24
うーん、かなり前の鑑賞なので記憶を呼び戻すのが難しいですが、それもアリかもですね。

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