2008年01月28日

母べえ 25点(100点満点中)

黒べえはF、黒ベエはA
公式サイト

野上照代の自伝的小説を、吉永小百合主演、山田洋次監督によって映画化。

原作はもともと『父へのレクイエム』なるタイトルだったが、今回の映画化に際して映画と同じ『母べえ』に改題されている。

このタイトルの変遷から見ても、吉永小百合を前面に押し出すべく物語の重点を大きく変えたことは明白であり、まだ幼かった著者とその姉を女手で育てた母親、"母べえ"の思い出とリスペクトを、戦前戦中の激動期を中心として描かれた本作だが、苦労話によって共感や同情を生ませ、感動させて泣かせる狙いは理解出来るものの、主演女優偏重によるバランスの悪さや、作り手の偏向思想を殊更に強調した事による共感の阻害など、素直に感動出来ない残念な結果に。

何よりも、そもそも現在の吉永小百合に、確かに実年齢より遥かに若く見える美人ではるが、30代程度の"お母さん"を演じさせる事に無理がある。義妹役で出演している山田洋次お気に入りの檀れいの方が、同役にはどう見ても適任だ。

特に、浅野忠信演じる青年が母べえに想いを寄せる展開においては、その年齢ギャップによって説得力が薄れ、人物構図からしてそうなるのがパターンだからそうなるのだな、としか思えない有様。

また、女手ひとつで金を稼いで子供を育てる事の難しさや苦労、あるいは周囲との軋轢など、おそらくは観客が本作の同情どころとして想定していたであろう要素はあまり描かれず、思想犯として投獄された父に対する(当人にとって)理不尽な仕打ちや、それに何ら疑問を抱かず同調する母の稚拙な思想の開陳など、わざとらしくお粗末で利己的な反体制思想ばかりが強調されては、最初からこの夫婦に共感も同情も出来るわけがない。

個人の思想は自由であり、その自由を貫くために権力と戦う、あるいは権力に押し潰されるのは、その時代においては自由を貫く生き方を選んだ上での必然であり、現在保障されている自由の礎には、そうした動きの積み重ねも含まれている事も確かではある。

のだが、自発的に人生をかけて強大な敵に挑むのなら、そもそも家庭など持つべきではないし、家庭を持ったならば家族の安寧を最優先させるのが家長の義務だ。この父親はそのどちらに踏み切る事もせずどっちつかずに自分勝手に生きて家族に多大な迷惑をかけただけの、父親失格、闘士失格のダメ男としか、この映画を観た限りでは感じられない。そんな描き方ではモデルとなった実在の人物にも失礼ではないか。

母も同様、自分自身の確立した思想として反戦を唱えて夫と共闘するのではなく、自分の惚れた相手がたまたまコミュニストだったから、何の考えもなし盲目的に同調しているとしか受け止められない描写に終始している。

警察署長であった実父とのやり取りにおいて、ひたすらに「夫は正しい」を連呼するのみで、実父の唱える正論に対し何ら持論にて反論出来ていない状態であり、こんな展開、作劇で、不理解と戦う立派な人間像が描けていると考えたのなら、作り手の思想レベルはあまりにお粗末に過ぎる。

結局、自分達の事しか考えていない、親になる資格のないアカップルによって辛い境遇に立たされた不幸な姉妹としか映らず、その自分勝手さは現代に時間がとんだラストシーンですら変わらず健在であり、悲劇で泣かせようとする作り手の狙いは完全に空回りで、観客は呆気にとられる他ない。

そうしてストーリーやキャラクターに無理があるため、吉永小百合も出番が多いだけで全く印象には残らず、むしろウエイトを置かれていない檀れいや志田未来、佐藤未来、あるいは笑福亭鶴瓶ら脇キャラクターの方が、持ち味を活かした役作りを行えており、印象に残るぐらいだ。

特に原作者の投影であり語り部となる佐藤未来の"子供"の演技はあまりに自然で、喜怒哀楽の表現いちいちに、良い意味で子供らしいリアリティが感じられ、場の空気を和ませているのが、程度の低い思想の押し付けに辟易させられている観客の救いにもなっている。

夫を非難する実父は、前妻の死後に新しく嫁をとる"不義理者"で、官憲の前では思想を翻す"卑怯者"浅野忠信は召集されて死ぬ、思想と顛末をあからさまにこじつけるあたりからも、作り手のいやらしさがありありと感じられ、檀れいが必然性なく広島に帰郷したら案の定被爆死するなど、安易すぎてウンザリする。

泣かせとのギャップを狙っていると思しきコミカルな場面も、ネタ振りが始まった時点でオチまで読めてその通りにしかならない、ボケ老人しか笑わない様な低レベルな寒いネタばかりで、これで笑えると思っているのならそれがお笑いだ。

結局、駄目な松竹映画、駄目な山田洋次映画の典型とでも評すべき、どうでもいい映画がまたひとつ出来上がったというだけであり、どうしてもスクリーンで吉永小百合を見たい人以外には特段の価値はないだろう。(佐藤未来の生足やパンチラは、その手の趣味の人には大いに価値がありそうだが)

興味があるにしてもTV待ちが賢明。自己責任で。



tsubuanco at 20:26│Comments(9)TrackBack(13)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by 天の道を往き総てを司る男   2008年01月29日 13:23
山田洋次は共産主義の影響で
いまだに人が殺され続けていることを
知らないのだろうか

20世紀は戦争の影響で死んだ人間よりも
共産主義という歪んだ思想のために
死んだ人間のほうが遥かに多い


太平洋戦争におけるハル・ノート
イラク戦争における国連決議1441
どちらもアメリカ側から
最後通牒を突きつけている

日本が徐々にアメリカの無茶苦茶な
外交によって戦争に追い込まれていった
事実を描かないで日本軍は悪だと
レッテルを貼るのは卑怯じゃないか
3. Posted by つぶあんこ   2008年01月30日 15:51
まあレッテル貼りはお互い様と言うか(笑
4. Posted by 天の道を往き総てを司る男   2008年01月30日 21:36
大躍進
文化大革命
大粛清
クメール・ルージュ
現在の北朝鮮

共産主義による犠牲者は
1000万人単位だというのに
共産主義者をいまだに擁護する
山田洋次が理解できない

5. Posted by 壱   2008年01月31日 17:42
>ネタ振りが始まった時点でオチまで読めてその通りにしかならない

だからどうなんですか?

あなたには古典落語の面白さは理解できないでしょう。

意外性がないと笑えないとは哀しい感性ですね。

7. Posted by つぶあんこ   2008年02月01日 17:35
古典落語といえども初見の際はオチを読ませずに笑わせるべく作られていますよ。

初めて目にするネタで笑うのと、既に知っているネタで改めて笑うのとでは、意味が全然違いますから、その喩えは全く持って適当ではありません。理解出来てないのはそちらでしたね。

フヒヒヒヒ、残念でした。サーセン(笑)
8. Posted by 天の道を往き総てを司る男   2008年02月02日 03:57
>あなたには古典落語の面白さは
>理解できないでしょう。
>意外性がないと笑えないとは
>哀しい感性ですね。

落ちを知られている落語でも
お客さんを笑わせることが出来る。
それが落語家の力量です

そんなことすらもわからないのに
落語で例えようとするのが
間違っているような

その力量がこの映画の脚本と演出には
無かったということでしょう
9. Posted by 通りすがり   2008年02月19日 18:20
「タイトル一覧」からこの作品へのリンクが間違っていますよー
「陰日向に咲く」に飛んでしまいます

指摘のみですみません
10. Posted by つぶあんこ   2008年02月21日 17:48
ご指摘ありがとうございます。修正しました。
11. Posted by kimion20002000   2008年12月24日 19:35
僕は、職人監督としての山田洋次に対するちょっと嫌味な言及しかしていませんが・・・。
最初は僕は「武士の一分」のあとだったので、壇れいが主役の映画だと、誤解してしまっていたんです(笑)

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