2008年01月23日

ヒトラーの贋札 87点(100点満点中)

お前は天国で私の奴隷になるの!
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第二次大戦時にドイツが行ったベルンハルト作戦を題材に、実際に作戦に従事したユダヤ人アドルフ・ブルガー氏の実体験を元に書かれたノンフィクション本『ヒトラーの贋札 悪魔の工房』を原作とした、極限状況における人間の心理状況に迫るヒューマンドラマ。

敵国の経済状況を混乱疲弊させて国力を低下させるべく、贋札を大量乱造して流通させ、同時に自国の予算不足も補ってしまう一石二鳥の作戦は、現在でも北朝鮮あたりが国策として行っていたり、フィクションの世界でも『レインボーマン』など子供向け作品においても用いられており、本作で描かれるベルンハルト作戦がその着想にある事は言うまでもない。

本作では作戦そのものの経緯や意義よりむしろ、それに従事させられたのがユダヤ人であったという矛盾めいたジレンマから生まれる軋轢や苦悩を描く事で、人間像を浮き彫りにして観客の感情に訴えかけ、強く反戦、反ファシズムを訴えかけるべく主張されているところに主眼がある。

ハンディカメラによる不安定な映像にて全編を構成する事で、状況の不安と心理の不安を視覚的に観客に伝えるだけでなく、主人公となる人物と作者の投影となる人物が異なる事などに起因する主観の移動を、カメラを振る事による視線誘導にて自然と行っている、撮影と編集の的確さも見逃せない。

基本的には主人公である贋札技師の視点で描かれつつも、彼の周囲にいる幾人かのユダヤ人達の感情にも観客のそれをシンクロさせ、複数の死生観や選択を並列に見せていく事で、"正義"や"大義"という言葉、概念が、極限状況において複数存在し、そこに優劣など有り得ないのだと知らしめる、残酷な現実を突きつけて決して結論づけようとしない姿勢は、ドイツおよびナチスを悪として描きつつ、ユダヤ人内においては単純な裁定を行わないところからも、あくまでもユダヤ人側に依って作られた物語であると伝わるものだ。原作者がユダヤ人なのだから当然だが。

そうして自分が死ぬか、仲間が死ぬか、同胞を苦しめるか、との究極の選択に苦悩する技師達の心情を、ギリギリの極限状況として描いておきながら、板塀一枚隔てた向こう側の、収容所の本来の機能が行われている場所の様子を、一切映像として見せず、壁越しに聞こえてくる音声のみで伝え、技師達の知り得る情報と観客のそれとを一致させる事で、作品内への導入や感情移入、体験の共有化を図ると共に、見せずに想像させる事で更なる地獄を伝える狙いが果たされている。

終盤、敗戦直後の展開において初めて、"塀の外"の状況が主人公及び観客に晒される段において、これまで描かれてきた工房内の"地獄"が生ぬるい、本当の地獄絵図を主人公視点による映像で長々と映し続ける事で、個人主観と客観および相対性による苦楽の皮肉を描ききっている、引張りと落差を駆使した構成は秀逸。

ただし、ユダヤ人の価値観や正義を並列に扱っているとはいえ、やはり原作者の投影であるブルガーにまつわる描写に特に、作り手の気遣いや作為が感じられる様な局面がある事も確かで、それは例えば終盤、塀を破って突入してきた収容者達が、技師達の(収容者に比べれば)小奇麗な姿を見てナチスと勘違いされた疑いを晴らすシーンにて、収容番号の刺青を見せる事を思いつくのがブルガーだった、という展開に顕著だ。そんな証明くらい当事者なら誰でも思いつくだろう。

救いとなる大役をブルガーに担わせる事によって、ここに至るまでに彼がとっていた自己陶酔的な"己の正義"を貫く姿勢に対し、当然ながら命が惜しい他の技師達が抱き、観客も同じく抱かされていたであろう苛立を、このフォローによって一気に解消させる狙いだ、との作為があまりに安易に伝わるため、むしろ興醒めに感じてしまうのだ。

いっその事最後まで"憎まれ役"的な位置づけにおいておき、殊更な印象変化を劇中で行わなかった方が、彼が作者だとエンドテロップで驚かせる効果が最大となったのではないだろうか。事実を元にしながらも、ドラマ自体は創作だと明言しているのだから尚更だ。

と、少し気になる部分がないでもないが、単純な正義と悪ではなく、戦時下の更にホロコーストの現場なる、究極の極限状況を当事者の目線で伝え、リアルな人間像を描きつつサスペンス劇として興味深く作り上げられた、秀逸な社会派ドラマと言える。


映画好きなら観ておくべき一品。機会があれば。


tsubuanco at 17:15│Comments(0)TrackBack(17)clip!映画 

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