2008年02月20日

グミ・チョコレート・パイン 91点(100点満点中)08-050

グリコ、グリコ、グ・リ・コ〜♪
公式サイト

当初は作者の自伝的オナニー回顧録小説として始まりながら、読者の共感と支持を読んで結局約10年に渡って断続的に描き続けられ見事完結した、ミュージシャン・大槻ケンヂの作家としての代表作を、オーケンの恩人とも盟友とも云うべきナゴムレコードの創始者、ケラリーノ・サンドロヴィッチの脚本・監督により映画化。

劇団、音楽、著作、映像と、多岐にわたって異才を発揮しており、何より大槻ケンヂを知り尽くしているケラによって作られた本作、1980年代半ばを舞台に、作者の投影である高校生ケンゾー(石田卓也)を主人公として展開する原作に対し、それから21年後の現在から物語を始め、大人になったケンゾー(大森南朋)の回想として少年期を描いていく二重構成となっている。

エピソード的には二巻目である『チョコ編』の半ば当たり、すなわちヒロインの美甘子(黒川芽以)が芸能界入りしケンゾーの前から姿を消すまでに停め、その後に彼らが辿る顛末が原作とは大きく変えられている事も、この映画版の大きな特徴と言え、ケラの原作に対する解釈と願望が強く感じられてならない。

ちなみに原作に少し触れておくと、1作目である『グミ編』ではまず、サブカルオタク少年のオナニー日記的な生活描写を、80年代当時実在の事象や事物、人名を用いて読者のオタク心を刺激して共感させ、自分は学校のつまらない連中とは違うと言いつつ、その実やっている事はオタク仲間と内にこもってグダグダしていたり、名画座に通い詰めてマニアックな映画に詳しくなったり、毎日オナニーに励んだりと、結局特別な何があるわけでもないのだ、と軽い自虐を込めて面白おかしくありがちなオタク少年の有りようをリアルに且つコミカルにディフォルメして描きつつ、そんな彼とは対局の存在にある学校一の美少女が、実は自分と同じ趣味を持っている事が判明し一気に急接近、なる、「それなんてエロゲ?」なオタク妄想展開を紛れ込ませて更にオタク心を惹き付け、続く『チョコ編』においては、見事に才能を開花させてキャリアを積み、別の男との恋愛を発展させていくヒロインと、やはり毎日オナニーしかする事がなく、自己具現の場として選択したバンド活動ですら自分の居場所を見失ってしまう主人公の、両者のポジションを完全に乖離させつつ平行して交互に描いてその落差から生じる悲喜劇と人生のリアルで読者を更に惹き付け、完結編となる『パイン編』では、ヒロインのセックス描写と主人公のオナニー描写を平行交互させる事でその悲喜劇と自虐を究極まで押し進めて主人公も世界も崩壊させ、そこからの再起を描きつつも、主人公のヒロインに対する思いと、ヒロインの主人公に対する思いとの埋め様の無いギャップだけは非情に突きつけてリアルの残滓とし、安易なハッピーエンドには終わらせない、秀逸なオタク青春小説であり、作品経緯自体の紆余曲折もまたイベントとして楽しめる、オタク必読書のひとつと称しても過言ではない。

原作で描かれていた主人公は、終盤に「何か」を見出すまでは本当に何もなく、思いを寄せたヒロインからも、実は何とも思われていない独り相撲だった、とする事で、有り得ない物語展開においてリアルさを提示し、その空虚さが作品後半の空気を支配して読者を大いに悩ませ楽しませていたのだが、今回の映画ではその部分をガラリと改変して、「何か」は実は最初から主人公の傍にあったもので、ヒロインにとっても主人公の存在は決して小さくはなかったのだと、終盤のオリジナル展開にて開示する事で、事象的には原作よりも映画の方がアンハッピーながら、心情としては大きな救いをもたせるべく作られている、これが最大の相違点であり、ヒロインの辿る運命の差異は、"現実"としての現代場面に彼女を登場させないための方便でしかないのだ。

その相違は原作を愛する者とすれば違和感の元ともなり得るが、映画単独で見れば極めて自然な据わりどころであり、踏切での別れシーンで生じたエモーションが、手紙の内容と楽屋シーンでのヒロインの行動とで再び増幅されて回帰し、青春の後悔による感動を観客に抱かせるべく狙いすまされ、それが充分に果たされているのだから、ケラによる別エンドバージョンとして捉えれば、素直に感動出来る筈だ。

そもそもヒロインの美甘子像が、今回の黒川芽以と原作の描写とでは全く異なるため、イメージ的にも別物として観ない事には楽しみきれないだろう。原作のイメージに沿うなら、当の黒川と『問題のない私たち』にて共演した当時の沢尻エリカや、同じく数年前の長澤まさみあたりが適役だっただろうが、実現不可能な可能性を論じても不毛だ。

また、ラスト近くに見せられる、創作体操を行うヒロインの8m/m映像において、その身のこなしの美しさによって表現されるヒロインの可憐さ、儚さが、粗い画質によるノスタルジーも加味して喚起され、もう戻れない過去の後悔と過去の意義という作品テーマを最大としており、黒川の起用は決して的外れではないと痛感させられるに至っては、もう彼女の美甘子像を認める他ないだろう。

映像的な面では他にも、早朝の公園でグミチョコジャンケンをする場面において、一人勝ち状態でどんどん遠ざかっていくヒロインと主人公との物理的距離感をロングショットにて捉えた、輝きを増していくヒロインの美しさと置いていかれる主人公の悲哀の表現は秀逸に尽き、同様に踏切での別れ場面においても、去りゆく片思い相手に対する焦りと迷いをリアルに表現しきった、主人公の主観によって見せられるヒロインの儚い表情を捉えたカットなど、青春映画の表現としてこれ以上ないと感心させられるシチュエーションづくりと映像構成の巧みさに、感情を引き出されない者はいないだろう。

また、グダグダなオタク模様として描かれる、オタク仲間との雑談風景としては、校庭での「輪ゴム噛んでる」の場面でのスクラッチ映像にて、テンポだけで面白さを創り出すセンスの良さとバカバカしさでまず笑わせ、レコードを大音量で聴いていると隣の男が殴り込んでくる場面では、レコードの針跳びによる無限リピートによって状況のどうしようもない無意味さを表現しつつ、先の校庭のスクラッチとの相似でまた笑いを生む、など、ミュージシャンとしてのセンスを活かした演出も上手い。

オナニーを母親に見られるシチュエーションを繰り返す構成も同様、固定した画角を共通させ、画面手前の主人公と背後の母親との二層構造における行動のギャップとタイミングの的確さ、それが回を追うごとにエスカレートしていく段階的なギャグ構成と暴走のシュールさなど、ありがちなネタをただありがちなだけで終わらせず、自身の作家性として発展させるセンスの高さは見事だ。

犬山イヌコ山西惇に演じさせたノイズバンドカップルの、全く噛み合ず筋も通っていない言動によって生じる、シュールでサイコな笑い場面の数々は、劇団主催者としてのケラの一面を活かしたものであり、その多彩な異才が詰め込まれている豪華さに飽きる暇は与えられない。二人の役名がバイラスとジャイガーなる、意図不明にマニアックな小ネタのセンスも素晴らしい。ボケた父親のゴミ箱ネタも同様。

ただ、原作には無い現代編パートのウエイトがやたらと大きく、懐古的物語を懐古スタイルで描く狙い以上に、美化された過去と報われない現実とのギャップを強調しすぎているため、過去の美しさが却って損なわれがちとなっている事は否めず、現代パートは最初と最後のみで良かったのではないだろうか。

竹中直人や中越典子など、確かに面白いがそれより主人公とヒロインの関係に的を絞った方がとも思わされる、傍流の小ネタが多すぎるのも、贅沢だが悩みどころとなっている。

だが、キャスティングに始まり小ネタ、演出、映像と、低予算ながらセンスのいプロの仕事ぶりを堪能出来、ヒロインへの思いが報われなかった原作に対する不満も解消され、オタクの妄想だけでなく普遍的な悲恋ものとしても完成した、秀逸な青春ムービーと評せられる出来に仕上がっている事は間違いなく、原作と違うと認めない原理主義者以外なら、笑って泣いて楽しめる良質の娯楽作品と断言出来る。

大槻ケンヂや黒川芽以のファンでなくとも、映画好きなら必見の一本。機会があれば是非。



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この記事へのコメント

1. Posted by ターン   2008年02月19日 22:05
新宿でオーケンのトークライブ付の上映で観ました。決して原理主義者では無いのですがちょっとダメでしたね。原作にないエピソードがかなりの比重を占めてる印象でした。なかでもヒロインの自殺の真相が消化不良な感じどうも・・・
2. Posted by TOMIzoU   2008年02月20日 17:52
2 ちょい観たい(^^)v
オーケン大好きやったからこの時の本は両方持ってるよー。ちょっと内容忘れちゃったかな‥もう一回読まないと内容わすれた。(;^_^A
3. Posted by フーコ   2008年02月21日 13:44
ケラさんといったら、確か時効でもいくつか話作ってましたよね?
面白そうだから興味あるのですが、
渋谷単館とは。

地方者によさそうな映画はいつも厳しいです(>∀<)
4. Posted by つぶあんこ   2008年02月21日 17:50
本文にも書いてますが、死んだ理由は割とどうでもいいんですよね。いないという現実に意味があるわけで。

大槻ケンヂはミュージシャンよりも作家としての方が高く評価してたり。

時効、撮ってましたね。
5. Posted by 咲太郎   2008年03月12日 22:34
あんこさんを信じて観に行った甲斐がありました。
面白かった。

踏み切りのシーンが大好きです。

犬山イヌコのジャイガーさんが最高でした。
6. Posted by つぶあんこ   2008年03月13日 17:00
この映画版は原作を最後まで描いてないので、踏切シーンがいい思い出として残るんですよね。
7. Posted by あきひろ   2008年04月11日 22:02
現代と十代を対比させたところがいいですね。「一番なりたくない人種に、自分はなっていた」なんて台詞、「売らんかな商業映画(別に否定するつもりはありませんが)」では絶対に出ないですからね。両世代とも情けない人生なのに、なぜか救いがある。製作陣が言っているように、「殆どの人が輝かしい10代を送っていたわけではなかった」というのはその通りで、それをちゃんと少しカタルシスのある普遍的映画に仕上げたのは見事だと思います。邦画でのいわゆる青春映画は殆ど観ていますが、これはベストです。
8. Posted by つぶあんこ   2008年04月15日 17:51
その上で美甘子だけは現代に登場させないあたりが、絶妙なバランスかと。

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