2008年02月24日

潜水服は蝶の夢を見る 74点(100点満点中)

人志は浜田のパピヨン 浜田も人志のパピヨン
公式サイト

ファッション雑誌『ELLE』の編集者であったジャン=ドミニク・ボビーが、突如ロックドイン・シンドローム(閉じ込め症候群)に見舞われ左目以外が不自由な身体となりながらも、その左目による意思表示のみで約20万字を書き上げた、同名自伝を原作に映画化。

画家ジャン・ミッシェル・バスキアの伝記映画『バスキア』および、詩人レイナルド・アレナスによる自伝の映画化『夜になるまえに』など、実在するクリエイターの人生と人物像を紡ぎ続ける、アブストラクトの流れを汲むニューペインティング画家でもあるジュリアン・シュナーベルが監督を務める。

フランスを舞台にフランス人俳優が演じるフランス人を主人公とした作品であると一方で、メインスタッフがスピルバーグ映画にも参加しているハリウッド映画人よって作り出されたフランス映画風カラーとの融合により、本作独自の特異性を放っているのが興味深い。

主観により書かれている自伝が原作だけに、その再現となる本映画でもやはり、主人公の主観視点による映像から始められる事は極めて必然だ。本作を観る人のほとんどは、これがどういった話なのかを知っているであろうから、"目覚め"を表現するファーストカットの唐突さに戸惑う事なく、スムーズにその視点を受け入れる事が出来、不快や苦痛に始まる様々な心情、感情を共有する事となる。

実際には首も動かない状態では、そこまで広範囲な視点移動は出来ないだろうとの疑問が浮かびはするものの、視点が動く範囲、および動くタイミングや順序、あるいは焦点移動による、見えている状況と聞こえてくる音声に対しての、リアクションとしての主人公のモノローグのシンクロあるいは落差から、主人公の心情の機微だけでなく相対する人物のそれもが観客に伝わってくるべく、理屈と感覚共に計算され構築された映像および演出は極めて秀逸。

主人公がこうむる災難を、日本映画やドラマにて安易に多用される、可哀想な人に同情させるベタなお涙頂戴の押しつけではなく、むしろ周囲の真面目な動向に対していちいち主人公のモノローグでツッコミを行わせる事で、ブラックなコミカルさを醸しつつ、主人公の精神性における特徴をハッキリと印象づける方向性がとられている事も評価出来るものだ。

そもそも、本作の主人公は実社会において勝ち組中の勝ち組であって、だからこそ最上質の医療や介護を受ける事が出来た、極めて特殊な環境にあった事を考えれば、とても普遍的価値観を要求されるお涙頂戴の不幸自慢にはなり得ないのだから、このやり口は正解だ。とは言え、そんな本作を観て尚、凡百のお涙頂戴難病映画と同じ様な感想しか出てこない様な層が多々存在してしまう、あるいはそれを期待させようと目論んでいる呆れた現状が、日本での宣伝に用いられている著名人による陳腐で通俗極まりないコメントや寄稿の数々に現われているのだから皮肉なものだ。

"事後"に主人公の世話をする事になる女性達が、決して若くはないもののことごとく美女揃いな事で、あくまでも主人公の眼を通したビジョンである事をあらためて知らしめ、彼にとって彼女達の存在価値、意義を的確に伝えるものであり、"事前"である回想シーンに登場する愛人が一番美しくない(控えめな表現)事もそれを裏付けるアイロニカルな表現と言える。一方で無神経な自分語りをしたり勝手にTVを消したりと、主人公にとって余計な事をするのはいつも男ばかり、というのも同様に、頼もしい美女達を相対的に強調するためのコミカルな仕込みだろう。(一番美形なのは長女役のフィオレッラ・キャンパネラだが)

主人公がその美女達を見る主観として、やたらと胸元やスカートの中のチラリズムを注視するドアップを印象的に多用し、鏡で自分の口を見せられている時にも、その鏡ではなく鏡で半分隠れた美女の方に焦点が合っているなど、キャラクター設定として"女好き"である事を絶えず忘れさせない仕掛けなど、ニヤニヤと笑える健全なエロ妄想をリアルに提示する事で、追体験し難い状況にある主人公への理解と移入を誘う狙いも良く果たされている。舌の動かし方を執拗に見せられ続ける、痴女AVのごとき場面のあまりの生殺しぶりには苦笑する他ない。

主人公の身代わりとしてテロリストに監禁された友人や、年老いて体が利かなくなり自宅から動けない老父など、主人公の周囲における"閉じ込められた人"との関わりや、彼らに対しての主人公の心情、逆に彼らからの主人公の現状に対する心情を、こちらはコミカルを排した情感を用いて描き、多層的な"閉じ込められ"の相似と対比で更なる精神性を表現する人物構図も上手い。

そうして主人公に対しある程度の共感を覚えさせられている事こそが、妻(子供の母)を介した愛人との電話場面において、主人公に対し向けていた理解が再び壊れていく妻側の心情にむしろ共感、同情させられるべく、落差の前段として機能しているなど、場面場面における観客の感情移入対象の操作も効果的だ。

目覚めの瞬間から始まって終盤にそこに至る直前を見せるなど、事後を先に見せて事前を後とする帰納、解題が繰り返される構成のひとつとして、宗教との関わりを見せる展開もまた、教会に誘われる"事後"の顛末を先に見せ、彼の宗教観を結果として提示し、それから回想として"事前"における宗教に関する悪い思い出を展開させていく事で、先述の愛人の存在を効果的に用い、まるでパパにブランドバッグをねだるのと変わらない有様(自覚なし)や、そのマリア像が一点ものと言いつつ他の店でも売られているなど、その欺瞞性、通俗性を自虐的な意味合いも込めて伝える、アイロニカルな描写も面白い。

原作がベースとなっているが、終盤にはその原作本が出版された後のくだりまで再現されており、最後だけは無常な悲劇性を少しだけ前に出す締めくくりは据わりのいいもので、これまでの作品においても主人公の死をもって幕引きとした監督の意図は成功している。

のだが、主人公の主観で始まり前半部はほぼずっとその視点で見せられ続ける映像が、客観的な通常の映像に切り替わる、その転機が非常に曖昧で狙いが絞られておらず、見辛い映像による苦痛の共有からの解放など、転換による印象変化への期待はあまり果たされず肩透かしとなり、その後も曖昧に主観と客観が切り替わっていき、差異が活用されているとは感じがたいのは難点か。

波間にポツンと取り残された主人公の図や、肉体的な拘束から解放されるには死ぬしかない現実と、だからこその精神の大切さを表現した、脱ぎ捨てられた潜水服から棺桶の遺灰へ移動する映像など心象を伝えるビジュアルの、画家ならではのイメージの的確、秀逸さが感じられる画面構成が多々あるだけに、視点の切り換えにも明確な指針が欲しかった。それがあれば更に、主人公の人物像を深く彫り込む事が出来たであろうから残念だ。

眼に映るものと脳裏に浮かぶもの、ビジョンを活用して映像化の意義とし、特殊な方法で一文字ずつ忍耐強く書き綴られた原作の特殊性を可能な限り損なわず、且つ作り手自身の作家性も追求すべく作られたと見受けられる本作、映画好きならば観ておいて損のない作品だろう。


tsubuanco at 17:38│Comments(7)TrackBack(18)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by あるきりおん   2008年02月22日 00:02
>一番美形なのは長女役のフィオレッラ・キャンパネラだが

気にはなりましたが、やっぱりそうでしたか^^;
2. Posted by つぶあんこ   2008年02月22日 16:40
子供達が美男美女な事も、脳内美化の一環かと。
3. Posted by 黒猫   2008年02月23日 01:57
この映画と関係ないんですが
点数の1点単位とかってどうやってつけてるんですか?
ここのシーンでプラス1とかマイナス1とか
それとも感覚的なものですか?


自分の中で細かい順位なんかをつけるのが苦手なのでよければ教えていただきたいのですが
4. Posted by つぶあんこ   2008年02月25日 11:32
逆に、100点満点と言いつつ5点刻みだったら20点満点と変わらないよなあと気づいて、相対的な判断で1点刻みの採点をする様にしたんです。
順位付けは自分も苦手ですよ。良い物は全部良いですし。
5. Posted by ノルウェーまだ〜む   2008年03月21日 09:31
フランス映画にしては見やすいと思っていたら、ハリウッド映画だったと、私も後で知って納得!でした。
泣きなさい〜と押し付けないところが、私も気に入ってます。
6. Posted by つぶあんこ   2008年03月22日 17:20
一口にフランス映画と言っても、ベッソンなんかは観やすいかと。
7. Posted by kimion20002000   2009年01月13日 20:13
まあ、主人公は職業柄、そしてお国柄、たぶん世界で一番もてた人間のひとりだろうし、そのスケベな視線が、モノローグのつっこみとともに健在なのは、凡百のお涙映画、身障映画の枠を超えているな、と思いました。

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