2008年03月06日

ある愛の風景 89点(100点満点中)

パパがこわい
公式サイト

2007年の米アカデミー外国語映画賞に『アフター・ウェディング』がノミネートされた事で一躍世界的に有名になったデンマークの女性監督スサンネ・ビアの、『アフター〜』の前作にあたる作品がアカデミー効果により日本公開。

『アフター〜』も本作も、家族をコミュニティの一象徴とし、隠された悲劇によって劇的に展開する物語を描いているが、本作では原題『BRODRE』(英題『BROTHERS』)の通り、主人公兄弟の対比に重点を置いている。

構図的には戯画化を図り、心情を普遍的なリアルとして作劇する手法にて、兄弟の対称と皮肉を主軸に家族の崩壊と再生への希望を見せる本作、逆転する図式の用い方が秀逸。

冒頭、被害者に対し謝れと弟ヤニックに迫る兄ミカエルが、後半に今度は自分が被害者に謝らなければいけない時に謝る事が出来ず、より深い罪に押し潰されていく皮肉。逆に、模範的な兄のいちいちをコンプレックスに感じ却って捻くれていく弟が、その兄が消えた事で精神的に解放され、人間的な器を大きくしていく皮肉。一方で兄は、そんな弟をまたも素直に受け入れられず、自分にすら誇りを持てないまでに追い詰められていく皮肉。

補修途中のまま兄が不在となってしまったキッチンを、後を引き継ぐかの様に補修を完成させ、それによって兄家族との絆を深めていく弟。そのキッチンを破壊して、家族との絆をズタズタにしてしまう兄、の構図では、兄と弟の対称の基点としてキッチンを配置し、一家団欒のメタファーでもあるそれの推移が投影となる、的確かつ明確に観客に意味が伝わる構成は見事。

"次女の誕生日"をキーワードに、出征前にミカエルと次女が交わす約束が、その当日になって極めて皮肉な形で実現してしまう。捕虜仲間を救おうとする場面を先に印象的に見せておく事で、主人公をが究極の選択に追い込まれる後の展開の絶望を最大とし、それによって待ち望んでいた筈の救出が全く嬉しくないと突きつける。など、構成の皮肉と、それをドキュメントの様に提示する、リアルな演出、演技、ライブ感を強調した撮影と照明など、計算と解釈の確かさがあらゆる面から見て取れる。

男性側が、兄弟だけでなくその父も含め、カインとアベルの寓話を想起させる程に戯画的、象徴的に描かれているのに対し、妻や娘など年齢を問わず女性側において、女性監督だからこその、各々の絶妙な個性を引立てた配置、演出がなされている事にも注視したい。

妻と弟によって昼メロのごとき展開が始まりそうになるのを食い止めるのが、ことごとく弟の理性によってであると明示する関係性がその白眉だろうか。女性特有の"割り切り"を極限状況にて非情にも前に出して、女のリアルに震えさせられる一方で、弟の側は躊躇しながらも"誠実"を選択するのは、監督が自覚している"女性像"と、志向している"男性像"の現われだろう。とは言え、あまりにリアル、非情な変遷はむしろ、作品の印象としてマイナスに感じられる危惧も抱えており、バランス取りの難しいところか。

二人の娘もまた、"子供らしさ"ではなく"女の子らしさ"に対する自覚と投影によって、その年齢差による、親に対するそれぞれの関わりの絶妙な近似とズレを表現し、本当にそう考えてそう行動していると錯覚してしまう程の"演技"が見せられる事で、リアリティの底上げを大きく果たしている。特に微妙なお年頃な長女の表現は、パーティ時に言ってはいけない事を言ってしまう空気の読めなさなど、あまりに秀逸。天使のごとき美少女だからこそ、そのギャップが最大となる。

監禁房に差す陽光に切り取られ浮かび上がる主人公の表情を印象づけ、生還後にもそれと相似する照明効果のカットを用い、場所は変われど癒える事のない心の傷を表現したり、帰還するミカエルを空港で家族が迎える場面にて、屋内にいる家族の姿は、主人公視点からはガラスの奥の像として、光の反射でよく見えない状況をそのまま見せる事で、あんなに会いたかった家族を直視する事が出来ない比喩とするなど、リアルと劇的なエモーションを両立させる、画面構成、照明も、飽きる事はない。

寄り添う主人公夫妻を傍らに、大樹をメインに大きく映し込む、叙情溢れるラストカットの美しさも、その樹が枯れ木であるなど単純な希望には終わらせない、最後までリアルを見失わない配慮は素晴らしい。

邦題から想起させる甘いムードとは真逆の、ハードでヘヴィな生き地獄や人間の皮肉が展開される本作、映画好きであれば間違いなく観て損のない一本だ。

ただ作品そのものとは無関係に、日本での予告編は先の展開まで見せすぎで、明らかに鑑賞の楽しみを損ねているのが困りどころだ。何とかならないものか。

ハリウッドリメイクも決定されている様だが、果たして高いハードルを越えられるだろうか見ものだ。


tsubuanco at 15:21│Comments(1)TrackBack(1)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by パンチりょく   2010年03月13日 10:30
5 勉強になりました。すばらしい解釈です。昨日見た映画ですが、すばらしい視点で見ていらっしゃいますね。ありがとうございました。

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