2008年04月01日

胡同の理髪師 73点(100点満点中)

フートンがふっとんだ
公式サイト

オリンピックに向けて急開発が進む北京の路地(=胡同)に住む、93歳の現役出張理髪師、チン老人の姿を通じ、時代や社会、人生を描いた中国映画。実在するチン老人自身に本人役を演じさせている事が、大きな特徴と言える。

老人役を演じる俳優ではなく本当に本人だからこそ、メインテーマの一つである"生と死"がリアルに映し出され、観客は不謹慎にも「この人は本当に死んでしまうのではないか」とのリアルなサスペンスをも抱かされてしまう事となるのは、間違いなく作り手の思うツボだろう。

終盤に用意されている二度に渡るフェイントが、それを物語っている。『大きな古時計』よろしく当初からメタファーとして印象づけられている古時計が止まれば、誰だって同じ事を考えてしまうに決まっている。それを「死期を悟り死に様を見せない」存在として置かれているネコの目線をクローズアップする、静寂の長回し映像の間ずっと観客の感情を煽っておき、ドリフ並にベタなオチでズッコケさせるのだから、作り手自身が"不謹慎なギャグ"による緊張と緩和を狙っている事は明白。

そしてそのフェイントがあったからこそ、しばらく後に見せられる、路上でうなだれるに至るまでの主観描写や、動かなくなった老人を、街路を行き交う人々との静と動の対比を強調する、様々な角度からのロングショットといった的確極まりない表現により、今度こそは、と抱かされる感情が更に大きくなる結果に繋がっている。そのオチで生じる脱力も同様に倍加させられる事は言うまでもない。

常に対比やギャップ、段階を有用に組込んだ展開の計算を、そう感じさせない自然さで見せきる演出、構成力が秀逸なのだ。

開発で取り壊される胡同、もう製造されなくなった人民服、など古いものが消えていく事象表現が、老人の死に準えられている事は当然として、ではこの種の作品にありがちな様に、新しいものを異物として殊更に醜悪さのみを押し出す様な扱いとはしないあたり、作品としての、あるいはチン老人の人間性としての、矜持を感じさせられる事もまた、本作の独特の優しい感覚を支えている。

"鬼嫁"的な女性を印象づける一方で、ロンゲ茶髪ヒゲと、およそ昔ながらの床屋には縁の無さそうな若者を、だが彼がチン老人に対し最も理解を示し、目に映るものだけでなく内面を投影させる絵画を語らせる事で、テーマ表現の一助としているなどが、若い世代を一様に扱わない事例として挙げられる。

一方の老人側もまた、自分を律しつつ他人には寛容に生き、周囲に迷惑をかけまいと自ら自分の葬儀の手配を考えるといった、チン老人の折り目正しくもコミカルかつ一抹の寂しさも禁じ得ない生き方を軸に据え、寝たきりに近い不潔な生活を送って近隣住民にも迷惑をかけ、息子に引き取られた先でもワガママを通して迷惑をかけ通す老人の様を、観客のネガティブな感情を煽る様なディフォルメした演出にて見せ、その対比のギャップにより生と死の有りようを様々に伝えてつつ、老人をメタファーとした"古いもの"を、同じく一様には扱わずに描いている。

変化についていかない老人と、ついていけない老人のギャップを突きつける事で、そこに"理想と現実"あるいは"能動と受動"の厳しいギャップまでをも表現しているのだろう。

人生を描いているとは言っても、本作で描いているのはあくまでも晩生のみであり、それ以前は勝手に想像する他ない。人の人生を数百字に収めるなど不可能だと、やはりコミカルかつ寂しく言ってのける、テープ吹き込み場面でも、それは語られている。そのテープをアッサリと破壊してしまうネコの、悪意のない行動のおかしさにより、だがそんな人生も客観視すればこの程度だ、としてしまうアイロニーも潔い。

世代交代を爽やかに見せきったラストの展開も、だからといって老人の寿命が延びるわけでもなく、最期は近いのだと気づかされれば、爽やかさに込められた真の意味合いが、より切実に伝わってくるだろう。

ハスチョロー監督が『紅い鞄 モォトゥオ探検隊』に続き、働く老人を主人公とした本作、時代変化や開発による陰と陽を描いている事もまた前作同様だが、そうした方向性は、『長江哀歌』など他の中国映画にも見られる傾向にあり、これらムーブメント自体が、現代中国の時代性を体現しているとも言えるのではないか。

あまりに淡々とした内容は、むしろ注意力が散漫となりがちな家庭鑑賞には向いておらず、かといって劇場鑑賞で寝てしまう危険性も孕んでいるため、万人にはオススメしないが、映画好きなら観ておくべき一本である。


tsubuanco at 17:35│Comments(0)TrackBack(5)clip!映画 

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チン老人93歳、理髪師。彼の日常を見ているだけでも心穏やかな気持ちになれました・・

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