2008年04月11日

アメリカを売った男 67点(100点満点中)

京都買います
公式サイト

FBI捜査官が在任中に国家機密をソ連に売り続けていた、実際に起こった事件を映画化したポリティカルサスペンス。

原題の『BRACH』が意味深だ。「漏洩」を基本とし、侵害、不和、裂け目、突破、と様々な意味を併せ持つこの言葉からも、本作が事件を通じて人間の多面性を描いていると見て取れる。

FBI捜査官同士による騙し合いの駆け引きが、サスペンスの主目となっているのだが、単純に嘘と本当の二面ではなく、どこからが本心なのか、あるいは自分で自覚しているのかまで含め、極限まで境界を曖昧に感じさせる事で、底知れぬ人間心理の奥深さが垣間見られる様意図されているのだろう。

本作の監督ビリー・レイは、『ニュースの天才』においても、社会規範と自身の良心や自負、仕事とプライベート双方の人間関係等に悩む若きプロフェッショナルを主人公としていたが、本作も同様。上昇志向にあった若き訓練生オニールを中心におき、彼の視点、心情を通じて事件を追う構成となっている。

これにより観客は、ターゲットであり上司でもあるクーパーに対する印象を、オニールのそれとシンクロさせられて感じる事となり、信頼と不信が相混じった心情を体感させられる事となるのだ。PDAから情報を盗む場面で与えられるドキドキは、オニールの身になって作品世界へ没入させられているからこそだ。

もう一つのタイムトライアル的サスペンスシーンとして用意されている、クーパーのマイカーを捜査する顛末においては、前段より更なる発展を見せる事となる。これまではオニールの心情、感情を通じてのドキドキを感じていた筈が、彼が咄嗟の機転でクーパーの足止めを図る展開に突入してからは、観客はオニールの内面さえも、演技と本音の境界が曖昧にしか感じられなくなるのだ。

対峙する双方の心理動向が共にサスペンス要素と化し、言葉による駆け引きと、それによって生じる心理変化、全てが観客の興味を引いて展開に一喜一憂させられる、この段階では観客の視点および感情は、彼らを監視している捜査官、あるいは車の解体現場で気を揉んでいる上司達のそれとシンクロしている事に気づけば、構成の巧みさに唸らされる筈。とは言え、捜査が行き当たりばったりで、幸運や思いつきに頼りすぎな感も否めないが。

宗教、信仰が、劇中有における人間心理の基盤、あるいは象徴として用いられている事にも注目すべきだろう。自身のカトリック信仰および家族のそれとの対比を、オニールとクーパーそれぞれに少しかたちを変えて近似させて、二人の似ている部分と違う部分を共に観客に認識させる、人物設定の手段としてまず用意されているだけでなく、強い信仰心が実は、信仰にすがる弱さに他ならないと突きつけるアイロニカルな図式を、クーパーのみならず普遍的な人間の弱さであるかの様に描く事で、彼が罪を犯した動機を明確には語らせないながら、観客は理解や納得を誘導され、明かさない結末を投げっぱなしとは感じなくなる。

カトリックを禁欲や抑圧のメタファーに用い、強い抑圧こそが歪みや矛盾を生んで罪を犯す背景となり得るのだと主張するかの様な人物描写は、愛国、正義、秩序など聞こえのいい言葉が、極端に走る事の危険を示唆しているのだろう。抑圧的な演出と作劇を基盤とし、それに押しつぶされていく二人の主人公を息苦しく描いている、事が、その主張を裏付けている。

その一方で、二人の妻や上司(ローラ・リニー)など、登場する女性達は総じて魅力的なキャスティングと表現で見せられているのは、抑圧に対しての落差による印象だけではあるまい。その魅力が、色気を前面に押し出すといったあからさまなものではなく、ちょっとした表情の変化などで匂わせる、丁寧な演出と演技によって醸されているのだから、これは抑圧に対しての矜持ある反意と取って問題ないだろう。

他人に厳しく自分に甘い、普遍的な人間の弱さを、実在事件が持つリアリティを活かしたサスペンスドラマとして描いた、地味ながら手応えのある良作。中国のハニートラップに絡んで役人が自殺している日本においても、決して他人事ではない題材だ。


tsubuanco at 18:56│Comments(0)TrackBack(6)clip!映画 

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