2008年04月18日

フィクサー 73点(100点満点中)

希望のブルーが甦るでしょう
公式サイト

ジェイソン・ボーン三部作の脚本家、トニー・ギルロイの初監督作品。もちろん脚本も同氏が手がけている。

テクニカルな映像演出にて繰り広げられる、ハイテンションなアクションとサスペンスが売りであったボーンシリーズとは異なり、ひたすら地味に主人公の困り顔を追い続ける本作、そのギャップに期待外れの感を抱かされる者もいるかもしれないが、その実、主人公の自分探しの心の旅、とのメインファクターは共通している。

ストーリーも人物構図も極めて単純な上に、派手なアクションや衝撃のどんでん返しがあるわけでもないが、本作が主目としているのは事象ではなく、主人公達主要人物の心象にこそある。これを見誤り、お話の筋を追う事しか出来ないでいると、単調あるいは退屈との感想となって現われてしまう事も明白だが、それは観る側の鑑賞力の問題だ。

各人物の心象、心理の動向変化、およびそれぞれの相互影響や対比、相似、皮肉、といった面に注視していれば、巧みに練り込まれた人物配置と展開、表現の興味深さから、飽きる暇を与えられず、心的なテンションは高まり続ける事必至である。

基本的には、同僚弁護士アーサー(トム・ウィルキンソン)と大企業役員のカレン(ティルダ・スウィントン)を表裏一体の存在とし、その間に挟まる軸として、主人公マイケル(ジョージ・クルーニー)を配置している、この三者それぞれの外見や行動と、その内にある心理(真理)との、それぞれの対比、影響によって物語を進める構造となっている。

人としての倫理に従うべきか、金や地位に従うべきか、の選択が、心理展開の主軸に据えられている。三者の視点を細かく切り換えて見せ、各々においての外と内の比較を象徴的に表現している事に気づけば、自然とこの基本構造を受け入れる事が出来る筈。

アカデミー助演女優賞を受賞したティルダ・スウィントンのそれは特に印象的だ。冒頭からいきなりブラウスに腋汗がビッチョリ染み付いた様でインパクトを与え、続いて鏡の前で半裸になるシーンでは、下着からはみ出た贅肉をこれまた印象的に見せつけて、鋭角的なキャリアウーマン美女の外面とのギャップを、まず視覚的な美醜ギャップとして表現している。同じく、誰もいない場所にてのリハーサルや着替え場面と、表舞台の仕事場面とを、時間軸を交差させる切り返しで見せる事で、外面を保つための虚飾に執心する様を印象的とする。

そうして、彼女が仕事に対する自意識に追いつめられていく背景をしっかりと描写しておく事で、彼女が選択していく道に必然が生まれ、物語を興味深く展開させていく事となる。

アーサーの描写はそれとは正対し、職場でトチ狂って全裸になり原告女性を追いかけまわす、明らかにキチガイ、壊れた様をインパクト全開に印象づけておいて、ところが実は、そのキチガイの方こそが人としては真っ当な事を言っている、と、やはり外面と真理のギャップを展開して、では本当に頭がおかしいのは一体どちらなのか、との命題を、主人公と観客に突きつけ困らせている。

社会的には成功者に見えながら、裏では人の道を踏み外してしまった者と、社会的にはキチガイ扱いだが、人としての道に立ち返ろうとする者、双方と主人公を対峙させ、双方の辿る顛末が、主人公の選択を導いていく展開へと、後半からは発展していき、心象のドラマはどんどん加速していく。主人公が決して有能な人間ではないと、冒頭の轢き逃げ依頼者の場面で説明しているからこそ、他の二人の内外の対比が引き立つべく布石されているのも上手い。

カレンが決断し選択した行動が最終的な引金となって、主人公の決断を踏み切らせた、皮肉極まりない組み立てが素晴らしい。そうして、"本来の自分である事"を主人公が選択した表現として、断っていたギャンブルを行うシーンや、弟の存在を認めたと示唆するシーンなどを配置。これまで執拗に描かれて来た事象的な要素までもが、ここにきて全て一点に収束し始めるカタルシス構成は秀逸。

当初より随所に挿入されていた主人公家族の描写は、非人間性の象徴とされている企業(金、地位)の対極に位置する、人として真っ当な倫理、人間性の象徴としてカテゴライズされている事は言うまでもない。その中で特に重要視されているのが、主人公の息子の存在だろう。

車中にて主人公が息子に「強くあれ」と諭すシーンは、自戒をも込めた象徴的な場面であり、その息子がアーサーに勧めた一冊の本が、全ての事態を"いい方向"へと運ぶキーファクターとして用いられている事も、本作の主目がリアル事象ではなく内面の心象にある事を確とするものだ。馬に導かれる様に車から降りてしまう、幻想的な空気を強調したシーンの映像手法および唐突に都合のいい展開からも、それは顕著である。

対称を用いながら両者を乖離させず、相互影響し合ってのそれぞれの結果、とする事で、単純な二元論に陥らせない配慮も見て取れ、その事が心理ドラマからリアルを奪わない成果となっている。正当な手段ではなく陥れる様なやり口を用いるラストの解決劇および、その後の「やっちゃった」感を漂わせる主人公のアップ長回しといった、終盤の展開が、その白眉だろう。

原題は『MICHAEL CLAYTON』すなわち主人公の名前そのままであり、それに沿った邦題を付けるのならば、『マイケル・クレイトンの自分探しの数日間』とでも言ったところだろうが、本作の人物構図を正しく読み取り、本当にフィクサー(揉み消し屋)なのは一体誰だ、との疑問を呈している実際の邦題『フィクサー』は、的外れな邦題がまかり通る日本映画配給業界にしては、的確で秀逸なものと感心させられる。もっとも映画の意味すら見出せない人間には、込められた真意に気づく事は無理だろうが。

だが、いくら事象より心象重視とはいえ、一人目を暗殺する際には周到に偽装を行っておきながら、二人目は遠くから爆破とはあまりに乱暴すぎて、都合良く展開させたい事優先だと見え見えなのは問題だ。その準備作業も、いつ戻ってくるかわからないのに足止めの手配もせずとは、その場のドキドキを盛り上げたい事優先で、仕事師達がバカに見えては本末転倒だろう。その後主人公が依頼人宅を訪ねている間にまた作業を再開するのかと思ったら何もせず待っているだけなど、行動が徹底していないのは、肝心の展開だけに興醒めだ。

と、気にかかる部分もあるが、頭脳戦やテクニック戦ではなく、人間の生き方、あり方を主軸においた"勝負"を描いた本作、映画好きなら巧みな人物ドラマに唸らされる事請け合いだ。疲れた熟女フェチも必見。

余談:
子供部屋で目立っているエヴァフィギュアも、"自分探し"テーマの暗喩、とは考えすぎか。




tsubuanco at 18:51│Comments(2)TrackBack(24)clip!映画 

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21. フィクサー  [ サムソン・H・トマトマスバーガーの限りなく映画 ]   2008年05月04日 23:38
[[attached(1,center)]] 大手法律事務所のフィクサー(もみ消し屋)として、活躍を続けているマイケル(ジョージ・クルーニー)。 在職15年にして、共同経営者への昇進もなく、焦りと不安を感じていた。 あるとき、大企業の集団訴訟に関わっていた同僚の弁護士アー...
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この記事へのコメント

1. Posted by ワトソン   2008年05月20日 10:29
こんにちは〜
レビューを拝見して「目から鱗」状態です。なろほど主人公の立場というか
内面が判ったような気がします。
思ったより面白い作品でした。
大変参考になりました。
2. Posted by つぶあんこ   2008年05月26日 17:24
お役に立てて何よりです。

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