2008年04月25日

4ヶ月、3週と2日 93点(100点満点中)

はい誕生、 はい死亡。
公式サイト

2007年カンヌ国際映画祭にてパルムドールを受賞したルーマニア映画。

1987年、チャウシェスク政権下のルーマニアを舞台としており、その事が作品背景にリアリティを与えてはいるが、扱われている題材そのものは普遍的なものであり、特に詳しくなくとも問題は無い。ルーマニア映画だから、題材に一番相応しい舞台として、当時のルーマニアが用意されているだけだ。

むしろ、本作がどういった内容なのかを知らずに臨む方が、タイトル(邦題は原題の直訳)の意味も含め、作品をより興味深く鑑賞出来るだろう。その意味ではズバリ内容を明かしている宣伝や紹介は、それだけで充分なネタバレと言える。カンヌパルムドールだけを宣伝文句に、肝心な事はボカしつつ興味を引きつけるといった方向を考えてほしかったところ。

舞台に必然は無い、とは言え、当時のルーマニアである事を表す、事物や演出におけるディテールは徹底されている。蛍光灯が切れかけたまま放置されているホテルの廊下や、ホテルカウンターにおける国民認識標を用いた種々のやりとりなど、当時の世相の有りようを象徴するかの様に、さりげなく且つ印象的に周到されているそれらが、背景としてのリアリティに大きく貢献している。

そうした事象から、主人公達の背景にいたるまで全て、殊更な説明を行わず、あるがままを見せていくだけで観客に認識、理解させるべく作られている事が、本作の大きな特徴だろう。とある一室における、二人の女性の行動描写から唐突に始まる本作、彼女らが何者で、何をしているのか、と、何の準備も無しに作品世界へと放り込まれた観客は、能動的に意味を見出していくより他無いのだ。

ここがどこなのか、そもそも誰が主人公なのか、といった根本的な情報をまず認識させるべく、部屋を出て廊下を歩き、シャワー室へと出入りする一人の女性の後ろ姿を、カットを割らず延々と追い続ける長回しの映像により、ここが女子寮で、フォローされている彼女が主人公なのだと気づかされるのだが、このショット、彼女の背後から彼女の視点を表すべく撮られていると見せかけ、それと兼ねて彼女自身をも客観的に観察しているのだ。この、主人公と観客との絶妙な距離感が見事に保たれている事が、本作の秀逸点の一つである。

これにより、基本的には主人公の視点、感情を共有させられつつも、時に一歩引いて主人公自身に対する客観的な感情を抱かされる事にもなり、人物像に多様性を持たせているのだ。

アクションを重視する長回しと、そうでない長回しの使い分けによる緩急、および各々の作り込みの見事さが、的確にエモーションを伝える役割を果たしている。

歩く主人公を正面から捉え、そのままカメラが回り込み背面を映す画角になると、バスが到着して乗り込む、までをワンカットで収めているシチュエーションが、朝と夜に反復される。この、極めて自然に決まるタイミングを成立させるための、段取りや設計の周到さはハンパではない。

主人公と医者との行為が始まる事で部屋を出た友人、この時点で、これまで主人公に拠っていた視点は友人側に切り替わる。これまで主人公に拠った視点から、自分勝手な友人の態度にイライラしていながら、この時から観客の心情は、所在無さげな友人のそれに切り替わり、同じく所在の無い不安定な気持ちに置かれてしまう事となる。部屋に戻ってトイレに籠るところから始まる長回しでは、水を流しながら事が終わるのを待っているまでは友人視点のままで、"終わった"主人公が入って来、友人が入れ替わりに出て行った瞬間から、即座に観客の心情は主人公に切り替わる。物理的な視点だけでなく、感覚面においても的確に誘導がなされている、出と入りを有意に用いた視点変換はあまりに秀逸。この後また友人が戻って来る、反復の手法を用いて、二人が受けた印象の微妙な差異を伝えているのも上手い。

見知った場所の見知った人間ばかりの中を歩き回る、朝の寮内にて主人公をフォローする長回しが前提にあり、絶対に見られてはいけないものを抱えた状態の主人公が、真っ暗な夜闇を歩く様をフォローし続けるショットが、前者と正対した反復手法として用いられている。その真逆のギャップが、主人公の不安を真に迫るものとし、観客をもサスペンスのまっただ中に叩き込む事に成功している。カメラと彼女との位置関係によって、恐怖や焦燥から一息つくまでの変化を表現しているのも見事。

一見は主人公を通じて、その周囲の人物達の愚かしさを描いている様に見せかけつつ、主人公自身の愚かしさをも観客に感じさせる、先述の距離感を用いた演出が効果的に表出するのが、彼氏の部屋内での痴話喧嘩だろう。ここで見せられる男の態度がだらしない事は当然として、主人公の側もまた、つまるところ自分勝手に逆ギレし、「わかってくれない」と言いつつ自分だって相手をわかろうとしていないのだ。もちろんそれどころではない状況ではあるが、それを万能のエクスキューズにしているのは、単なる甘えにすぎない。バカな友人に振り回されるのも、ダメな男と付き合っているのも、全て自分の選択であり、人のせいには出来ない筈なのだから。

人間の浅はかさ、身勝手さ、愚かしさ、現実を直視出来ない弱さ、開き直る強さ、結局自分の事しか考えておらず、利用、依存しあっているだけ。との真理を、男女の性差による違いまでも明確に捉え表現し、主人公にさえネガティブで汚い部分を表出させる事で、観客はリアルさを痛感させられ、人間のどうしようもなさに脱力させられてしまう事となる。ありがちな人間関係や人物像を、表層的に終わらせず内面まで抉り込んで描いてしまう、人間に対する観察や理解、解釈の鋭さが尋常でないからこそ、これだけのリアルさを映し出せるのだ。だから本作は優れていると評価されるのだ。

これより前はどうだったのか、この後どうなるのかは一切触れない、あくまでもミクロ視点の限定された時間に焦点を絞り、あらゆる場面において、今見えている、感じ取れるものだけで全ての情報としている本作、長回しの多用という上辺の一点のみを採り上げて作品、『人のセックスを笑うな』と比較する的外れな傾向も見られるが、作品のあり方としては、『宇宙戦争』『クローバーフィールド』などの側と実は同一であり、あらゆる局面、映像、会話、演出、が、ことごとく特定の視点、感情を誘導すべく狙いすまされ、それが果たされるべく作り込まれている、技量とセンスの確かさも、また同様。

ただし、"見ている"主人公の表情だけで意味の全てを表現しきれていたと思われる"そのもの"を、直接映して見せてしまった段だけは、観客の想像を軽視あるいは拒否した、蛇足な表現であった様にも思われる。見せる事で却ってリアリティが損なわれる事もある。この箇所はその実例だろう。

例によって、説明がない事に意味があると考えようともしない、お話の筋を追うだけの浅い鑑賞しか出来ない類いの人種には全く向かない作品だが、それは観る側の能力の問題であり、作品が優れている事に対し何ら影響するものではない。「わからない」とバカにされていると感じるのは、それは自身が「わからない」事を見下しているからに他ならない。

中盤の転機となる、医者と二人の行為だが、必死さや覚悟を持たせ、事の重大さを自覚させるには、あれくらいの荒療治はあって然るべきであり、あの場面では男に対し腹も立たず、彼女らにも同情出来ない様に作られているのが凄い。むしろ連続で二回行える男のタフさに着目すべきだ。終わった後に微妙に優しくなっているあたりも芸が細かい。

と、題材が何なのか触れずに書いてみたがどうか。



tsubuanco at 18:53│Comments(3)TrackBack(6)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by Y太   2008年04月26日 10:54
>はい誕生、 はい死亡。
どんだけ守備範囲が広いのやら。
2. Posted by あきひろ   2008年05月05日 19:12
この映画、確かに評価は分かれそうですが、「生への尊厳が見られない」という論評があるのにははちょっとお門違いな気がします。製作者はそういったことを意図的に一切切り落としていますよね。こういった時に巻き込まれるのは、妊娠した女性を半ば好奇心と中途半端な同情で心配する友人。妊娠した本人は「どうしたらいい?」とオロオロし、孕ませた男性は否認。結局心配した友人も「いい加減にしろ」と思いつつ、手が引けなくなる。女性弁護士と話したことがあるのですが、このようなケースだと、「DNA鑑定で男性が父親と決まったら、慰謝料の計算です。よくあることです」と。実際の現場においては「生の尊厳」を考えることはなく、ただただうんざりするだけで、そのような意味で、この映画は非常にリアリティがあると思います。
3. Posted by つぶあんこ   2008年05月16日 11:50
望まない妊娠を扱う上で、胎児の生命よりも個人の事情ばかりが優先される、ってのは、極めてリアルですよね。

いろんな意味で想像力が欠けているから、そんな批判しか出ないんでしょうけど。

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