2008年04月29日

砂時計 10点(100点満点中)

お前もがんばれよ
公式サイト

芦原妃名子の同名少女漫画を実写映画化。

原作は単行本にして八巻(+番外編二巻)、昼ドラとして製作された連続ドラマ版は全60話と長い時間をかけ、劇中でも14年の歳月が流れる大長編ラブストーリーである。それをたった二時間程度の尺で、導入から結末まで全てを描いてしまおうとする時点で、無理に決まっている。

結果、原作や昼ドラ版を知らないと、やたらと駆け足で上辺ばかりの、中身の薄いありがちなお話のダイジェストとしか感じられず、元のストーリーを知っている者からすれば、あれがないこれもないと、やはり上辺だけのダイジェストとしか感じられない、どうしようもない結果に。

この種の少女漫画の評価点は、まるで我が事の様に付いた離れたの恋模様に一喜一憂してしまうべく、登場人物特に主人公の心情が綿密に描かれて、読者がそれに共感あるいは時に違和感を抱かせる、心情描写の細かさと、それによって個性が引き立ち愛着となるキャラクター描写にある。

本原作も、ストーリー展開はお仕着せの強いものながら、主人公の人格や心情がどの様にして形成されていき、どの様に変化していくのかが、少女期の数奇な体験にてまずインパクトを与えつつ、初恋の進展のバックボーンとなるべく丁寧に描かれているからこそ、幸福と不幸のどちらの側に話が進んでも、読者の興味を持続させ続け、主人公の選択に対し必然や納得を与えている。

そうした細かい描写、および主人公の成長期において影響を与えた様々な事象、人物、あるいは周囲の人物達それぞれの相互関係などが、主人公が辿る運命を追体験するための基盤にあり、各局面にて基点となるポイントを外しては、何故こうなるのか、こうするのか、に必然も納得も生まれないのだ。

原作を読み込んだ上で各要点を解釈し、後付の連続で描かれた原作よりも、最初から最後までをひとつのまとまったストーリーとして構成すべく、更なる納得や必然を生む様に、時に大胆なアレンジが施され、「そう変えたか、なるほど」と頷かされた、昼ドラ版の製作姿勢とは真逆に、今回の映画版は、ひたすらにポイントを外しまくり、適当に上辺をなぞっているだけに終わっている。これで面白くなるはずもない。

まず全ての大元となる、主人公・杏の母親からして、描写不足のダイジェストなのだから、前提から成立していないのだ。

彼女がどんな人だったのか、どうして死ぬまでに追い詰められていたのか、といった必然がなく、ただそういう話だからそうでした、では、当初"弱い人間"の象徴であるかの様に杏の中に存在し続けた印象が、成長と経験に従って徐々に変化していき、あるいは生き方や男女関係にも表に裏に影響を与えていき、そして終盤の衝撃につながる、外的な事象と内面的な心情と両方の基盤の一翼を担う要素が、先に決められた筋書きに沿ってダイジェストで見せているだけにしかならない。

「がんばれ」という言葉あるいは概念に対して杏が抱いてしまった印象、感情や執着に流されすぎる事を弱さと思い込んでしまう事、一人で背負い込んでしまう事など、母の死が杏に与えた影響を、存命時の描写として何も描けておらず、母が杏に逆ギレする描写にて、精神的にギリギリの状態にある事を端的に表現していた、昼ドラ版で印象的に見せられた様な過程の描写も薄く、原作を尊重する事も、新しい解釈で上手く意味を伝える事も何も考えず、ただ上辺をなぞった作劇でしかないとは瞭然だ。

最初からその有様で、その後もずっと、適当に原作のシチュエーションをなぞらえている割に、各場面でのポイントとなる部分はことごとくカットしている様な展開に終始。夏合宿シーンなど、その時点でのライバルキャラ・楢崎歩の存在がカットされていては、シーンそのもののに意味がなくなると何故わからないのか。大悟の杏に対する強い想いを表現させるには、何らかの障害がないと成立しない。よほどの事がない限りギリギリまで自分に素直になれないキャラクター性が、ラストの展開にまでつながってくる重要要素なのに、最初にそれを描けていないのだから、大悟がどんな特別な存在なのか、全然わからないのだ。

映画では、最初から決められたカップリングである事におんぶし、決められた道筋に沿って付いたり離れたりしているだけでしかない。何が面白いのか。

三角あるいは四角関係となる、藤と椎香の月島兄妹の存在も極めて中途半端にすぎる。杏と大悟の関係に話を絞るのであれば、兄妹の出生の秘密にまつわるエピソードなど入れるべきではなく、ただ話が散漫になって、余計にダイジェスト感が強められただけだ。そもそも藤の片思い描写が全く薄く、大悟と対比させる様な描写も特にないのに、そういう位置づけだからといきなり二人の間に割って入り、その事も適当にフェードアウトでは、これまた決まった道筋に沿って適当につまみ食いしているだけだ。

そして本作で問題なのは、展開や描写を端折りすぎてダイジェストになっているにも拘わらず、場面ごとの演出テンポはやたらと遅く冗長で、ために尚の事描写出来る情報が少なくなり、ダラダラと薄い話を続けているだけに終わっている事だ。ストーリー展開を追う気にすらなれず、ただ退屈な時間が過ぎていくだけの苦痛を味わわせられるのだから困る。

本来メインとして八割方のウエイトとなる中学高校時代を全体の約半分に留め、残りを26歳となった大人場面に費やしているのは、松下奈緒主演作である事を強調したい、業界側の思惑によるものだろう。

これにより、大人時代での行動の基盤となる少女時代の描写は更に少なくなり、よって何故彼女がこんな行動をとるのかの必然が薄れてしまい、やはり決まった道筋に沿っているだけとの感が強くなる。そして大人時代の婚約エピソードもまた、描くべきポイントを外しているために、取ってつけた様な展開としか映らなくなってしまうのだ。

弱さに耐え切れず死んでしまった母の存在がまずあり、自分を強さで包んでくれた大悟の存在があり、そんな彼に依存してしまう自分を弱いと考え、その克服として男や他者に依存しない人生を選択して、杏が大人になったとのドラマがまず描かれていない。そして、弱さを言い訳にする人間を許容しない婚約者・佐倉が、そんな人物である事と、かといって悪人というわけでもなく、言っている事自体は至極正論である事、だからこそ杏は彼を選び、佐倉は"強がった"生き方を選択した杏をパートナーに選んだ、との、婚約に至るまでのドラマも全く描かれていない。

この映画版では、ただ普通にラブラブなカップルのマリッジブルー的にしか描かれておらず、これでは原作とは全く意味合いが異なる、中身のない上辺だけの事象でしかないのだ。別れの引き金になった杏の「強さ・弱さ論」が、彼女の経験、特に大悟の存在によるものが大きい事も匂わされず、場面の衝撃を強める名セリフである、佐倉が返す「昔の男の言葉で説教してんじゃねーよ!」との正論も用いられず、いきなり婚姻届ビリビリでは、意味が全く異なるものとしか伝わらない。

他にも挙げればキリがないが、この映画版の作り手は、原作の面白さや意味合いを全く理解しようとせず、ただ上辺をなぞる事しか出来ていない。それでいて、血まみれになる悪夢シーンなど、無意味にホラーめいた演出で不快にさせるのだからタチが悪い。

原作を未読でも既読でも楽しめた昼ドラ版とは全く正対し、原作への理解も尊敬もなく、単独作品として面白く意味のあるものを作る気概もない、単なるお仕事のひとつとして右から左にルーチン製作されてしまった本作、内容に興味があるなら原作を読めば、女性に限らず楽しめるだろうし、映像で観たいなら昼ドラ版が断然いい。

島根の田舎+夏帆の要素が共通する『天然コケッコー』と比較しても、風景を美しく切り取り、初恋の楽しさや切なさをリアルに描き、夏帆の魅力を最大限に引き上げる事に成功した『天然コケッコー』の足元にも及ばない、著しく魅力に欠ける愚作。夏帆ファンでも自転車で疾走するシーンの乳揺れくらいしか見るべきところはない。



tsubuanco at 16:49│Comments(9)TrackBack(11)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by ぽん   2008年04月28日 18:25
松下奈緒が気の毒で笑えました。出番は少ないし…夏帆と比べられ…
2. Posted by つぶあんこ   2008年04月28日 23:01
佐倉役の人がコアラ(ハッピーハッピー)に見えて仕方なかったです。
3. Posted by ナナゴン   2008年04月30日 16:18
まあ、原作もさほど面白い作品って訳じゃなかったしね。
熱烈なファンも居なくてひっそりと連載終了したし…
だから実写化されると決まった辺りから掲載誌で猛烈なプッシュしてたのは何か違和感でした。
華奢な設定の杏が、松下菜緒でガタイありすぎなのもあり得ないっす。
4. Posted by つぶあんこ   2008年04月30日 17:43
夏帆がデカいから(胸以外も)、大人役もデカいのを、という事ですかね。
5. Posted by たこ   2008年05月02日 00:51
原作に「母が杏に逆ギレする描写」は出てきません。
6. Posted by つぶあんこ   2008年05月02日 15:37
えーっ、まさかー!?と1巻を見てみたら無いですね(笑

昼ドラ版でのその箇所と、直後に大悟がとどめを刺してしまうシーンでの、伊藤裕子の強烈なリアクション演技のインパクトが強くて、原作に対する記憶まで影響されていた模様です。

ご指摘ありがとうございました。
7. Posted by アクア   2008年05月05日 06:30
コアラはハッピーハッピーじゃなくてハッピハッピーです
8. Posted by つぶあんこ   2008年05月16日 11:38
それは失礼。
10. Posted by kimion20002000   2009年01月13日 20:25
さすがに、昼ドラのほうは、僕は見ていないんですけどね。
漫画は読みました。
もっと、いろんな創り方があるだろうに、うわべだけ撫ぜたようなつくりで、がっかりでした。

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