2008年05月04日

つぐない 90点(100点満点中)

「クェスはね、シャアにおまんこ舐められたいと思ってるの! シャアはねクェスのおまんこ舐めたいのよ! 」
公式サイト

イギリスの作家イアン・マキューアンの小説『贖罪』を、やはりイギリス文学の映画化である『プライドと偏見』のジョー・ライト監督により映画化。キーラ・ナイトレイの出演も引き継いでいる。

『プライドと偏見』の原作、ジェーン・オースティンの『自負と偏見(高慢と偏見)』とも、イギリスの上位中産階級に生まれ育った女性を主人公に、恋愛を主軸としたシニカルなストーリー、との点で一部共通している本原作だけに、同監督の起用は自然。

とはいえ、あくまでもお上品な表現と描写、展開に終始するオースティン作品に比べ、本原作は完全に正対した、セックスと残酷を必然とした悲劇であり、そのギャップが、同じ監督、同じ女優である事で殊更に引き立ち、本作の印象を更に強めている。

オースティン同様に、内外共に緻密な描写で埋め尽くされている原作を、二時間程度の映画に収めるにあたり、本作では省略も行われてはいるが、それよりもメディア移行による的確な表現の変換に注視すれば、巧みさに唸らされる筈。

冒頭、邸宅のミニチュアをまず見せ、続きその下に置かれているゾウやトラなどのミニチュアへと視点を移動させていく事で、舞台がインド支配時のイギリスであり、統治や交易に関わる高い地位にいる人物の館で、主人公はミニチュアを玩具として与えられている子供である、と的確に表現。

そこに聞こえるタイプ音、続く熱心にタイプを打つ少女の姿、現実音からBGMへと移行するタイプ音、によって、書き物、創作こそが彼女のアイデンティティーであると、また的確に表現。

次いで、部屋を出て廊下を歩く場面では、最前見せられたミニチュアの実物としての広さを表現しつつ、先述のタイプ音BGMのテンポに合わせる様な歩行演出によって、彼女のキャラクターを更に深く表現する、と、誰にもセリフを喋らせる事なく、説明的なナレーションもなしに、導入に必要な全てを表現しきっている。これを秀逸と言わずして何とする。

タイプ音BGMは、彼女が"語り部"である事、邸宅のミニチュアは、"虚構"を示唆するものとして、最後に意味が判明する、周到された仕掛けが素晴らしい。

少女期の事件、戦場、看護婦、と、全体的に三部構成となっている事および、前半にて同一シチュエーションを複数の視点で繰り返し見せる構成手法は、原作で用いられている通りを再現したものだ。

ただし原作ではもっと多くの人物の視点にて、同一の時間を何度も繰り返し、"事件"に至るまでの邸宅周辺における過程が綿密に描かれていたものを、映画では主人公ブライオニーが"目撃"する、姉セシーリアと使用人の息子ロビーに関わる出来事に限定し、繰り返される事の印象を強めつつ進行をスムーズにしている改変が見られる。

噴水と書庫の、二つの"目撃"において、ブライオニーの側だけでなく、当事者の側の視点も描いているのは、ブライオニーが抱く印象と、実際の真相との差異を、受け手に認識させるためのものであり、それが、三度目の"目撃"となる"事件"においては、ブライオニー側の主観しか描かれなかった事につながるのだ。四度目の"目撃"として、ロビーが連行される様を、最初の目撃と同じ自室の窓から見る主観と、外から見る客観の二つにて描かれているのもまた、第三の目撃が特異なものとして扱われている事を示す所以である。

それだけでなく、セシーリアとロビーのツンデレ恋模様を、この時点で当人達の主観として描いておかない事には、後半および最後の悲劇的展開において、観客をそれに感情移入させるだけの材料が存在しなくなるのだ。つまるところ本作の、特に前半部の構成は、必要のない要素など何一つない、全てが緻密な計算の元に組み上げられた、極めて完成度の高いものである事が、これらの点などからも明白となる。

映像演出テクニックの巧みさの集大成と言える、ダンケルク海岸における超長回し映像は、同じく英映画である『トゥモロー・ワールド』における長回し映像と同じプロダクションの仕事によるもの。『トゥモロー』における圧倒的凄惨なサスペンスとテンポとは真逆に、ゆっくりとしたテンポで着実に悲壮な哀愁を見事に醸し、同一カット内にてシームレスで見せられる、残酷と享楽の全てが精神的にも事象的にも逃避として行われている光景にて、忘れられないインパクトにて、個人の思惑など何の意味も持たず埋没する戦争の現実を突きつけている。

それでいてどこか現実離れした、絵巻物を見ている様な気にさせられるのも、長回しによるシームレス映像の狙いであったと、これまた最後に判明するのだからいちいち憎い。セシーリアの「come back to me」の言葉なども同様、真相が判明した段階で、あまりの救われなさに涙を禁じえない。

イギリスの邸宅から唐突に切り替わる戦場場面のインパクトが、邸宅場面の段階にてそこかしこに散りばめられている、時代と時勢を表す情報により、必然として支えられている事も、原作からの取捨選択に無駄がないと表すものだ。

ラストシーンのインタビューは、原作とは異なる舞台として用意されたものだが、モニター越しに映る彼女を目にし、観客自身に"語りかける"かたちとなる事で、この場面こそが"現実"であると強く認識させられ、"虚構”が最大限に引き立つべく作られている。メディア移行を有意に活かした改変と評価出来る。

虚構が虚構だと強く認識させられ、現実としてどんな贖罪を行おうが、取り返しがつくわけも無いのだと断ぜざるを得なくなるからこそ、ラストカットの幻想シーンにて見せられる幸福な見た目と反する現実に、皮肉なまでの悲哀を感じてしまう事となる。印象を的確に誘導する表現と構成は秀逸に尽きる。

原作を読んで誰もが困難であろうと予想した映画化が見事に果たされたのは、脚本構成、映像、演出、そして各出演者の演技、特に主人公ブライオニーの少女時代を演じたシアーシャ・ローナンの、目の表情だけで原作にて数行にかけて書かれた心情を一瞬で表現してしまう、演技センスの高さなど、あらゆる部分でのセンスとテクニックの高さによるものだ。

とはいえ、チョコレート王が最初から怪しさ大爆発だったのは、過剰演出だと思うが。残念。




tsubuanco at 18:54│Comments(2)TrackBack(23)clip!映画 

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【ATONEMENT】PG-122008/04/12公開製作国:イギリス監督:ジョー・ライト出演:キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、シアーシャ・ローナン、ロモーラ・ガライ、ヴァネッサ・レッドグレーヴ 一生をかけて償わなければならない罪があった。命をかけて信じ合う恋人た....
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22. 歌うタイプライター  [ MESCALINE DRIVE ]   2009年01月27日 09:33
移動サーカスでテントを次々と覘いてゆくような戦場の光景。引き揚げ船の到着を待つ兵士たち。長回しが効果...
23. つぐない  [ あず沙の映画レビュー・ノート ]   2009年01月29日 13:29
2007 イギリス 洋画 ドラマ ラブロマンス 作品のイメージ:感動、切ない 出演:キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、シーアシャ・ローナン、ロモーラ・ガライ 心に沁み入る作品。映像も相当素晴らしい。美しい英国の風景、ピアノが 奏でる哀しい音楽、そして...

この記事へのコメント

1. Posted by (へちま)   2008年05月04日 21:56
5 はじめまして。長回しシーンの情報有難う御座いました。ああいう手のかかる場面専門に引き受けているのでしょうかね?
2. Posted by つぶあんこ   2008年05月16日 11:48
クローバーフィールドも手がけてるみたいですし、そういう専門の会社かと。

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