2008年05月06日

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 92点(100点満点中)

秀英尼「皆さま、御報謝を〜」
公式サイト

アメリカの社会派作家アプトン・シンクレアが、1927年に発表した小説『石油!』を、『マグノリア』のポール・トーマス・アンダーソン監督により映画化。

原作の前半部をベースとした今回の映画では、主人公の設定が、名前からスタンスからことごとく改変されている。この、PTA監督によって全く新しく作り上げられた主人公の存在こそが、本作のキモであり作家性の発露の象徴と見るべきだろう。本作と並んで採りあげられる事の多い『ノーカントリー』とは、原作と作家性との兼ね合いにおいて、大きく異なるのだ。

タイトルの『ブラッド』にもマルチミーニングがなされている事は、鑑賞すれば気づくだろうが、主人公の名前もまた、俳優名をそのまま用い、"プレインビュー(見たまんま)"と付ける事で、俳優自身の持ち味が、劇中のキャラクターを支配するべく作劇、演出されているだけでなく、主人公自身のものの見方、捉え方もまた、プレインビューすなわち、目に見えるそのままを受け止め、受け入れるものである実存主義、など、作品の基盤となる意味合いが込められている。

ここまで徹底して特別な存在に作り上げられているのだから、つまるところ本作は、ダニエル・デイ=ルイス演じる、主人公ダニエル・プレインビューの一代記に他ならず、それ以外の登場人物は全て、彼の存在をより引き立てるための材料、踏み台でしかない。そしてそれは、作劇構造だけでなくストーリーあるいは主人公自身の人生観、対外意識にも投影されている。

のだから本作は、通り一遍な紹介文にて説明されている様な、石油に取り付かれ破滅へと向かう男の物語でも、実業家と宗教家の、対称を成す二人の確執の物語でもない。そんな近視眼的な観点で本作を観てしまうと、軸がブレまくった上に何の救いもなく終わる、どうしようもない内容、としか映らないかもしれないが、それは自身で正しい見方を見出せない事に問題があるだけで、作品の責任では当然ない。

本作で一貫しているのは、主人公の生き方、すなわち金鉱や石油という"実"を常に追い、それを常に自らの手によって"実"を成すありようである。主人公を"実"のメタファーとし、それに対して"虚"を様々に投影された人物達が、彼からその存在をことごとく忌み嫌われ、利用され排除されていく様によって、過去を舞台としつつ、現代にも通ずる"虚"の欺瞞を痛烈に揶揄しているのだ。

弟を自称する男ヘンリー、神の使いを自称するイーライ、などが、"実"に対し欲望を露呈する"虚"のメタファーとして、主人公と相対していく事となる。主人公の息子や大資本の石油会社なども、同様に"虚"の投影として主人公に相対する事となる。家族、宗教、大資本、ら、アメリカの正義の基盤となる事物を"虚"と置いてしまう観点が心地いい。

裸一貫で自ら先頭に立って事を成してきた主人公にとって、大資本を振りかざす大企業は、実を成さない虚業としか映らない。これは現在において、資本主義の名のもとに、金で金を生み出していくだけで何ら生産を行わない、投資家という名の賎しい虚業家達を揶揄したものだ。主人公が「家族の問題に口を出すな」と怒り心頭なのは、金の事しか頭にない現代の資本家に対して、お前らは人道を外れたクズだと言って捨てているのと同じである。

カルトとしてディフォルメする事で現実味を薄れさせているものの、イーライの存在は、現在もなお権威として人心を支配し利益を上げている虚業、既存宗教そのものの投影である。"実"などどこにも存在しない、インチキな説教とパフォーマンスで民衆を欺き、その実自身の権威を高めて金を稼ぐ事ばかりに執心しているだけの、自らは何ら生産を行わない様は、やはり賎しい虚業家でしかない。

後半部において、主人公が自らの事業のために、敢えてイーライの教会に入信し洗礼を受けるシーンにて、主人公がイーライから受ける屈辱をブラックコメディとして描いているが、ここで主人公が甘んじた"転向"は、彼が一貫して求める"実"のために他ならない。すなわち彼は、実は何ら屈辱など感じておらず、己の芯をブレさせる事もない。

一方、その場面と対照の様に展開する、イーライが主人公から「神などいない」と言わされるシーンでは、イーライは自らが拠るべきものであった筈の"虚"が虚であると、"実"のために暴露させられてしまう。イーライはこの場で自分自身の人生を否定するところまで追いつめられたのだ。その後に展開する惨劇がなくとも、勝敗、格の違いは明白。

その上で、凄惨を通り越して笑いすらうまれてしまう"惨劇"によって、文字通り"虚"にとどめを刺して"実"が大勝利する(この時も自ら手を下し汚す一貫ぶり)いや、実は最初から勝っていたのだから、カタルシス極まれりの大団円である。これを破滅などと解釈するのは、あまりに観点が稚拙にすぎるとは言うまでもない。

二時間半を超えて展開するブラックでシニカルな喜劇を、その場の空気や温度まで感じられるべく捉えきった演出と映像構築、および"実"の化身として生々しい(が化身なので老けない)限りに演じきったダニエル・デイ=ルイスの演技センスは秀逸。"虚"の化身(だから同じく老けない)として最後まで付きまとった虫ケラを、これまた何ら同情できないキモさ全開で演じたポール・ダノも、ナイスキャスティング。

古典に現代を投影させ皮肉った、素晴らしきアメリカ映画である。



tsubuanco at 15:56│Comments(4)TrackBack(15)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by ぽん   2008年05月06日 16:23
5 面白かったです。自分的に『ノーカントリー』より全然楽しめました。成長した息子との決別シーンがセツない…。
残念だったのは、最後イーライが…。一番好きになったキャラだったので、呆然としてしまいました。悪魔を追い出すためとはいえ(嘘)、ボーリングのピンで殴るなよ!
2. Posted by turtoone   2008年05月06日 18:19
5 つぶあんこ様
↑の☆の評価って映画作品につけるのですか。それともこのレビュー記事につけるのですか?
いずれにしても☆5つです。
私もこの作品は久々に高評価でした。ただ、つぶあんこ様が指摘された観点では鑑賞していなかったので、それはDVDが出てからの楽しみにします。
私は結構「聖霊派」の部分に中盤から集中してしまいました。過去の映画でこの時代の聖霊派を取り扱った作品って余りありませんでしたので。
勿論ダニエルは別格、いや、別次元ですかね・・・。
3. Posted by 佐藤秀   2008年05月06日 22:53
>投資家という名の賎しい虚業家達を揶揄したものだ。

ここらへんはちょっと違う気がします。プレインビューこそ根っからの投機家で、大資本家は自分が臨む敵であり、「家族の問題に口を出すな」と怒ったのは、自分の弱みを探られたくないからと理解しました。「俺を甘く見るな」と捨て台詞も吐いてましたね。それから彼にとって実か虚かなどどうでもよく所詮どちらも同じという虚無にまで達しているように思えました。
4. Posted by つぶあんこ   2008年05月06日 23:51
プレインビューが投資する先には必ず実があり、自ら現場に赴き手を汚してその実を勝ち取り、実をもたらすんです。いわゆる虚業家である投資家、投機屋とは違うわけです。

実と虚の対比では、プレインビューに実をもたらしたポールは自らも実利を得、虚に徹して利のみを欲したイーライはオシャカになるなど、あらゆる部分で皮肉構図が用いられてるんですよ。

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