2008年05月16日

光州5・18 36点(100点満点中)08-150

わたしはタクシードライバー
公式サイト

朴正煕大統領の暗殺後、後に大統領となる全斗煥の指揮にて行われた粛軍クーデターにおける、軍が市民を大量虐殺した事件として知られる光州事件を、一人の市民の視点から描いた韓国映画。

民主化を求め蜂起する市民を制圧する軍隊の非道と、闘争に身を投じた若き男女の恋愛を平行して描く、類似した構図を持つ近作として、『君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956』なる傑作が存在するが、闘争ヒューマンドラマとして高い完成度を誇った『君の〜』に比べ、本作はその足下にも及ばない中途半端な出来に終わっている。

大局としての事件の推移と、ミクロ視点である主人公のドラマとが、必然として絡み合い、相乗効果を挙げているかどうかが、大きな差異となる。本作は、一体どちらに重点を置きたいのかが極めて不明瞭なまま、終始どっち付かずでフラフラと視点が行ったり来たりし続け、最後まで感情移入すら行えない結果に。

まず事件の描き方として。韓国では一般常識とも言うべき事件だけに、前後の歴史的流れとの関わりや、在韓米軍や北朝鮮との関係などの背景を省略する事は、ある程度なら許容範囲ではある。だが、冒頭より軍幹部が何故そこまで学生デモに過敏になっていたのか、何故わざわざ市民の反感を生む様な暴挙に出たのか、といった、市民の蜂起に必然と説得力を与える描写、説明がない事には、話を受け入れられないだろう。作品前半に、主人公達の青春模様や笑えない寒いギャグをダラダラと続けている間に、背景となる説明を少しずつ挿んでいく事くらいは出来た筈。そうしておけば、主人公達が争乱に巻き込まれる準備として、展開に必然が持てただろうに。

何より、命を賭して国軍に立ち向かうための大義名分となる事柄が全く匂わされず、単に軍人が偉そうだから反発した、としか感じられない様な描き方では、蜂起する市民達に対し何ら感情移入出来ず、当然悲劇的展開にも何ら感情を動かされない。「我々は暴徒ではない!」と叫んでも、どう見ても暴徒でしかない描き方しかされていないのだから、単に無謀さに呆れるばかりである。

主人公の弟を始めとする高校生達などは特に、"カッコいいから"との若気の至りでデモに参加していただけとしか見えない。だからそれを止めようとする兄や教師の方が正しい筈なのに、結局教師は自分の教え子を危険な場所へ送り出してしまい、それを感動的なシーンとして描いているに至っては、無思慮無策な反抗を推奨するバカ映画としか感じられない。

市民の蜂起に説得力がない上に、竹中直人似のギャグキャラを鬱陶しい程に前面に押し出して、これは本当は陽のムードから惨劇へのギャップを狙っているのだろうが、むしろ危機感のないバカが数を頼んで調子に乗って浮かれているだけ、としか感じられない展開に終始。これでは虐殺されてもあまり同情出来ない。更には一番前にいたギャグキャラが都合よく撃たれない御都合主義も、萎えさせる要因か。

それでも、非武装のデモ隊を銃撃する軍のやりようは、確かに理不尽な権力の暴力としての表現はなされている。だが、市民が武装蜂起し始めてからはどっちもどっちでしかなく、解決の落としどころすら全く描かれず、このまま抵抗を続けた先に何があるのかも示唆される事もない、方向性が散漫なままの展開は、冗長なだけで全く興味が湧かない退屈さだ。

軍部を極端にバカで無能な悪人として描く一方で、武装市民側もまた、バカで好戦的な人間としか感じられない描き方でしかないのに、市民側を一方的な被害者のごとく、韓流ドラマ並に押し付けがましいお涙頂戴のクドすぎる演出で見せられては、呆れ返ってしまう。自分達から悲惨な結果を招く行為を行っておいて被害者意識丸出し、との、全く共感出来ない自己正当化とセンチメンタリズム全開のみっともなさは、特定思想の人達と共通している様で溜息が出る。

大体が、多くの市民が殺されたと言っても、それ以上に大多数の市民は、軍も"暴徒"も同じ様に怖れ迷惑がって、嵐が去るまで大人しくしていたのだ。そうした人達から見れば、むしろ"暴徒"の存在が軍を呼び、嵐を長引かせていたとしか映らないだろう。

本作では、そうした本当の一般市民の姿は全く見えず、また、蜂起した中においても、穏便な妥協を選択した側の存在は全く無視され、まるで最後まで抵抗し続けた超タカ派の暴徒こそが全てで、それが正しいあり方の様に美化しようと必死である。だがそれは完全にバレバレであまつさえ失敗している。

何故彼らは死ぬまで勝ち目のない戦いを続けたのか、との理由付けと、彼らが死ぬまで戦った事で、後の歴史に影響を与えた(かもしれない)との後からの結果とは別物である。だが本作では後者を強調するあまりに、そしてそれが言うまでもない当然の必然だと決めつけているあまりに、前者の理由が描かれていない、あるいは後者と混同されている。これが作品としての致命的な欠陥だ。

ただ、睨み合う市民と軍との間にコミュニケーションが生まれ、どちらもが同じ"人間"であると表現されて、続いて国歌が流れると共に胸に手を当てる、との描写にて、どちらもが同じ"韓国国民"である、とした上で、急転して一方的虐殺が始まり、救いのない悲劇と惨劇を最大限に強調した場面の展開は秀逸。この場面における、説明過多にもならず、押し付けがましい過剰演出でもない的確な作劇を、どうして他にも用いられなかったのか。

ラストの記念写真も狙いはいいが、周囲の"笑っている人"の中には死んでいない人もおり、ヒロインの表情の意味とギャップが損なわれている。また、そこに至るまでの展開との関連性が薄く、あまりに唐突すぎる。途中で記念写真を撮るシーンが印象的に用意されていたのだから、それと絡めて伏線とするなどあれば、必然として悲劇が引き立っただろうに。

いくらでも面白くなる興味深い題材を、稚拙な作劇散漫な視点により中途半端に腐らせてしまった事例は、本作に限らず韓国映画ではよくある事。勿体ない。



tsubuanco at 17:58│Comments(0)TrackBack(5)clip!映画 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 『光州5・18』 試写会鑑賞  [ 映画な日々。読書な日々。 ]   2008年05月16日 09:05
1980年5月18日、韓国・光州市。この町で25000余名の戒厳軍が民主化を要求する学生、市民らと衝突した“光州事件”…タクシー運転手の青年ミヌは早くに両親を失い、たった一人の弟ジヌと暮らしていた。父親代わりでもあるミヌは、弟に格別の愛情を寄せていた。そして、ミヌ
2. 【2008-115】光州5・18  [ ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! ]   2008年05月18日 00:30
4 人気ブログランキングの順位は? 今日、弟が殺された。 オレの目の前で── その日、何が起きたのか
3. 「光州5.18/華麗なる休暇」韓国の現代史から学びたい  [ soramove ]   2008年05月25日 22:20
「光州5.18/華麗なる休暇」★★★★オススメ アン・ソンギ 、キム・サンギョン 、イ・ジュンギ 主演 キム・ジフン 監督、韓国、2007年、121分 昨年公開され歴代トップテンに入るヒットを記録した 魂の映画、いよいよ公開 1980年5月18日、その日 軍事政権と...
4. 映画「光州 5・18」を見て  [ ほしあかりをさがせ ]   2008年05月26日 23:48
名古屋まで行き見たかいがあった映画でした。上映が終わっても1分くらい立てず、財布を映画館を落としたのに気付かなかったくらい、心うたギ..
5. 「光州5.18」あるいは5.18国立墓地のこと  [ 再出発日記 ]   2008年07月07日 19:00
寝ている犬を蹴とばすと吠えるだろう。吠える犬は制裁しないといけない。そうして、その犬を棍棒で殴る。そうやって軍は暴徒を鎮圧した実績を作りたかったのだ。一般の市民にとり突然始まったかのように思える1980.5.18の市民弾圧のあと、ミヌたちはそのような意味のこと...

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments