2008年05月23日

牡牛座 レーニンの肖像 59点(100点満点中)

レーニンが一人
公式サイト

近代史におけるカリスマ権力者を描く、アレクサンドル・ソクーロフ監督による偉人シリーズの第二弾。監督の母国、旧ソ連の初代最高指導者ウラジーミル・イリイチ・レーニンが、今回のお題となっている。

ヒトラーを題材とした一作目『モレク神』、昭和天皇を描いた三作目『太陽』が先に公開され、本作が異様に遅れての日本公開となったのは、二作に比べての題材の馴染みの薄さと、ロシア人がロシア人を描いただけに、ロシア人なら言わなくてもわかる常識的な要素に説明がなく、具体的な歴史知識がないと意味がわからない、作劇の特異性に理由があるのかもしれない。

実際に本作、レーニンの晩年を描いており、途中に登場するヒゲ男がスターリンだ。という事くらいしか、普通程度の知識を持つ日本人には気づけないのではないか。近代史に対し少し突っ込んだ知識を持つならば、レーニンの妻や妹の存在とその人物像も知っており、レーニン自身の晩年の境遇などもある程度知っているくらいでないと、本作の基本的な部分を受け入れるのは困難に思える。

といっても、この種のマニアックな映画を好んで観に行く層であれば、事前に予習くらいはしているだろうから、問題ないだろうが。

捉えどころのない禅問答シュール漫才のごとく展開される掛け合いのいちいちに、史実や人物像を投影させている要素が含まれていたり、彩度を落としボヤかされた画面から醸される夢想感と、シームレスに時間を跳ばして一日の出来事の様に収めている、やはり夢を見ている気にさせられる構成、などは、他二作と同様のスタイルだ。

だが、歴史的な転機の現場のいくつかを舞台として用意されていた他二作とは異なり、本作では山奥の邸宅に軟禁された状態のままで、あらゆる事が受動的に主人公レーニンに訪れるかたちなため、抽象性が格段に強まり、一層に読み取る努力が要求されるものとなっている。

かつて天才と呼ばれ活動家として精力的な働きをしたレーニンの、その能力の全てが衰え失われていく様を、本人自身の描写によって展開させると同時に、周囲の人物達の動向描写によって、彼の権力が衰え失われていく様を展開させている。この二つが絡み合わされる事により、晩年の凋落と孤独を描いている。

レーニンがあらゆるものを失い孤独を増していくのと同時に、先述した作劇の抽象性の強さによって、観客もまた作品から取り残され孤立する感覚を味わわされる事となる。これに耐えきれるかどうかが、寝ずに鑑賞出来るかどうかの分岐点だろうか。

医者だけでなく家族からも、単なるボケ老人の様に扱われる様を、夢想的ながら生理的不快感を突きつける作劇と演出によって描き、カリスマを人間のフィールドへ引きずり降ろしているのは、他二作と同じ方向性。弱った面をも見せる事で、どことなく同情的なスタンスを感じさせる点では、本作が際立っている様にも思える。何せ死にかけのボケ老人なのだから、レーニンでなくとも可哀想なおじいちゃんに見えて当たり前だ。

そんな弱りきったおじいちゃん(実はまだ50代だが)にも拘らず、常に周囲に監視されやんわりと拘束され、人間性を尊重されていない状態が、権力面での凋落を表現する基盤となっている。ロシア人であれば全盛期の栄光を知っているだけに、転落のギャップはより強く感じられるだろう。

かつて天才の名を欲しいままにしていた男が、今では簡単な掛け算すら出来ない様では、個人の能力としての凋落を提示。こちらもまた、伝えられる偉人像を知っていれば、ギャップの差は瞭然。

後半の見せ場となるスターリンとの会見においては、政争に勝った者と負けた者の差異を、先述の凋落を更に強調すべく、両者の対比を象徴的に展開。倒木の処理の差異、特にスターリンの答はそのまま、後の彼の行為を暗喩させたものだ。

レーニンはスターリンの名すら思い出せないとする事で、更なる凋落を突きつけ、その後豪華な食卓を破壊する段においては、追求した理想と現実のギャップによる、やはり凋落、そして堕落と、それに抵抗出来ない自身の衰えなど、全てがダウナーな方向へと展開するのだから、眠くならずとも気持ちのいいものではない。

ラスト、完全に一人になった彼の姿から、それを孤独と見るのか解放と見るのか、あるいはその両方であろう事を表現したレーニンの表情と、バックに流れる音楽は、観客をも解放された気分にさせてくれるものだ。ここまでついて来れた観客へのご褒美か。

志半ばで倒れた悲劇性や、後継が独裁者だった事による反動などで、一層に偉業のみが美化されてしまい、独裁者もまた「革命の父」の名と威光を利用する、といった構図は、レーニンとスターリンに限らず、あらゆる権力に見られる、人の習性か。ジオン・ズム・ダイクンとデギン・ソド・ザビの関係も同様。



tsubuanco at 16:16│Comments(0)TrackBack(1)clip!映画 

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