2008年06月02日

どこに行くの? 60点(100点満点中)

涙を知らない男でも 夢が欲しいのか 愛が欲しいのか
公式サイト

昨年デジタルリマスター版が劇場公開された『追悼のざわめき』の松井良彦監督が、22年ぶりに手がけた最新作。主人公の境遇や起こす事件などは、実際に起こった事件がモデルとなっている。

全編モノクロで製作された前作から一転、今回は普通にカラーで撮られている。それによって明示される"色"にこだわった色彩配置がまず目につく。

鋳物工場における作業風景から始まるファーストシーン、赤く溶けた鉄の輝きが、薄暗い町工場内にて浮かび上がるファーストカットからいきなり、"赤"を強く印象づけられる事となる。これ以降、本作の一面を支配する色として、"赤"が要所にて用いられる。

わかりやすい部分だけでも、行われる殺人にて流れる血はもちろん赤い。そしてその死体を焼く場面において、炎の色が殊更に"赤味"を強調すべくエフェクトがかけられている事からも、"赤"をキーカラーとして印象づける意図は明白だ。殺人場面のフラッシュバックにても、同様に赤味が強調され、主人公(柏原収史)自身が受けた強烈な印象を、観客も追体験させられる事となる。

一方で、ヒロイン(あんず)にまつわる事物、事象においても、"赤"が多用されている事に気づけば、人物構図やストーリーにおける各々の位置づけが見えてくる。主人公とヒロインの出会いにおいて、当初二人を結びつけるものは彼女負った傷とそこから流れる血にある。これはもちろん赤い。そして彼女は好んで赤い服を多着している。

主人公が彼女に血を流させた事、主人公がストーカー社長に血を流させた事が、二人の結びつきをより強める結果となる。二人が罪を共有する、死体を焼く時点にて赤が最大に強調されるのは、極めて必然である。

"水面"を用いて心象を表す手法は、前作にても一部使われていたものだ。今回は、入浴シーンにて、浴槽に落ちる水滴を、まず主人公がそれを見ている場面を用意し、見たまんま、"波紋"によって心象を表現。ながらもその水は澄んでいるとする事で、その時点での主人公のありようと、今後への示唆としておく。それと同一の局面をヒロイン側にも用意する事で、同じものを見ている、心象の相似を表現。これによって語らずとも、二人が近づく必然としている。腕時計が壊れていると表す場面は、事故すなわち出会いの瞬間に"時間が止まった"事を示す、これまた見たまんまの表現で、必然を更に補足したものだ。

その水面に、"赤い"血が落ちる事で濁ってしまう。これも見たまんま浸食を表現。澄み切った青空が水面に映し出される段では、だが上下が入れ替わる事で、青空は更に下に位置される事となり、あらゆるものが逆転して描かれる本作の、皮肉を象徴したものとして突きつけられる。偶発的な異物にて全てが裏切られるラストにより、皮肉は突き詰められ完結する。

と、意図しているところは想起させられ、プルの起きたコーヒー缶を手渡すだけで、こいつはホモだと気づかされるなど、狙いがストレートに伝わる表現、演出は、だがストレートすぎて物足りない。もうひと捻りほしかったところ。

先述のコーヒー缶など、敢えて言葉を用いず状況のみで説明する部分での自然さ、および、カラオケボックスでの店員とのやりとりにおける、逆に言葉を多用する事で本音と建前の相反を如実に表す自然さなど、工場見学ドキュメントを思わせる導入部も含め、リアルを体感させる表現を用いながら、ところどころ、例えば件のカラオケ店員が最後にこぼす「オカマ」の一言など、取ってつけた様な不自然極まりない台詞が残されているため、全体としてのバランスが壊れがちとなり、リアルを損ねているのが勿体ない。言葉を用いない事に苦心するのならば、用いる言葉はより厳選すべきだろう。

向かう先を訪ねるタイトルに反するかの様に、各所に用いられる車やバイクでの移動シーンにては、向かう先ではなく去っていった後ろが延々と映し出され、主人公の志向と思考、現実のギャップ、皮肉を物語っているのも、気分をダウナーにさせる一因だ。

刑事が登場し、殺人事件が起こるのに、一向に犯罪捜査が始まらない展開は、用意されている事象から観客のミスリードを誘い、それを裏切る狙いによるものか。ヒロインの過去の職歴も同様、手際の良さの説明としては機能しているものの、結局ストーリー上には特に寄与せず、思わせぶりなだけで終わってしまう。情報を完結させない事で、観客の心や感情の行く先を見失わせ、結末から生じる思いを誘導する結果には繋がっている。

全くの孤独で誰からも愛されなかった男が主人公だった前作とは異なり、今回の主人公は、歪んではいるがメイン登場人物の誰からも好かれ、愛され、気にかけられている、正対するスタンスが面白い。そうでありながらも、主人公はその中で一番に歪んだ道を選択し、だがやはりそれは客観的には同じ性癖にすぎない、と、皮肉が徹底されている。

一方で、下世話な興味を喚起する題材を敢えて用い、インパクトを与えつつ、異質だからこそ浮かび上がる真理や真実を描こうとする姿勢は、前作と変わらないものだ。

とはいえ、前作のハードルが高すぎる事は、作る側にも観る側にとっても不幸だ。長澤奈央の存在だけ浮いているのも困る。町工場の事務服姿は貴重だが。

『追悼のざわめき』レビュー



tsubuanco at 15:38│Comments(0)TrackBack(0)clip!映画 

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