2008年06月03日

丘を越えて 52点(100点満点中)

クーダラナイ クーダラナイ
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近年『真珠夫人』にて再び一般知名度が上がった菊池寛の、戦前の一時代を描いた、猪瀬直樹の小説『こころの王国 菊池寛と文藝春秋の誕生』を原作に、『光の雨』の高橋伴明監督により映画化。

本作同様に、高橋監督の前作『火々』も、実在の人物の足跡を描く作品であり、池脇千鶴が引き続き出演。今回は主人公となる。

ただし本作、実在の人物である菊池寛を扱いながら、創作人物である秘書・葉子の視点を通した菊池寛像を描き、あくまでもフィクションとして構成されている。

しかし原作は、その表題が示す通りに、『こころ』を擁する夏目漱石を、菊池寛の対極として配置し、近代文学史の構造を読み解いていく、評論にも類する視点が存在したもので、描かれる人間関係ドラマは、それを投影させたものだ。

だがこの映画版においては、タイトルが当時流行した藤山一郎の歌謡曲へと変えられている事からも自明な通り、そうした文学に対する考察、評論よりむしろ、昭和初期の風俗や文化、あるいは主人公を中心とした、ソープオペラ的人間模様を前面に押し出していると見受けられる。

映画化に際して原作と重点や方向性を変える事自体は構わない。だが本作においては、過去作『光の雨』同様、変えて重点をおくべき要素と、退かせるべき本来の要素とが、上手くバランスをとれないまま共に譲り合ってしまい、どちらとも取れない印象に終わってしまっている。これでは困る。

西田敏行演じる菊池寛にまつわるドラマ展開は、基本的にコミカルな面を強調した作劇、演出がなされている。これは、通俗である事を誇っていた菊池寛の描き方としては正解だろう。

だがそのコミカルにしても、例えば初登場シーン、車のドアに帯が挟まったまま走っているボケにしても、襟にご飯粒がついているのにかなり遅く気づき、取って食べるが全部には気づいていない、とのボケも、その場の状況が映し出されるのみで、その事にどうオチがつくのかとの期待は総じてスカされる。確かに、菊池寛の人間像を説明するための描写としては面白く成立しているが、全体の流れの中にも意味を持たせてくれない事には、単なるネタの羅列にしかならない。

そうした羅列、飛び飛びに思えてしまう構成にて、昭和の文化風俗を断片的に見せられたのでは、ただ見せられただけとしか感じられず、全体としてのまとまりを欠いてしまう。これは葉子を主軸とした愛憎劇にしても同様だ。

菊池寛が葉子に語る恋愛小説の段取りと、実際に葉子が書いてみた小説の段取りあるいは葉子と馬海松(西島秀俊)の関係進展が食い違っている事が、三角関係の必然として描かれ、運転手の横恋慕においては、漱石の『こころ』における横恋慕にも通ずるネガティブを象徴させる、など、意図している事は掴めるものの、それをドラマ展開として有意に表現出来ていたかと言えば厳しい。

だがしかし、メイン数人の名前を見るだけでも期待させられてしまう、個性的かつ実力ある出演者たちの演技への理解と表現は秀逸で、それを見ているだけでも充分に楽しむ事は可能。葉子の面接シーン、固定画角にて中央奥に陣取る嶋田久作演じる編集長が、菊池に無言の圧力をかける、動きのない長回しにて、緊張感とおかしさを同居させるなど、随所に見られる的確な演出が、出演者の演技を下支えしているのが、もちろん前提にある。

本当は関西人なのに江戸言葉を自然な発音でサラリと話し、それでいて持ち味である柔らかい語り口調は崩さない、池脇千鶴の昭和モダンガール演技と、モガを再現した洋装やショートボブの、ビジュアル的な魅力も存分。行水シーンにて背面のみの裸体が披露されるが、「がっかりおっぱい」との酷評に負けず、前も頑張ってほしかったところ。

西田敏行による、掴みどころのない(いい意味での)タヌキ親父ぶりの、過剰すぎないバランスの確かさは言うまでもない。『パッチギ! LOVE AND PEACE』では、在日を差別する芸能人を演じた西島秀俊が、本作では両班出身の朝鮮人を演じているのも面白い。自らのアイデンティティに迷いを持ちながらも愛国心を忘れない、当時の情勢を象徴させたかの様な朝鮮人のありようを、菊池寛に対し見せる面と、葉子に対し魅せる面を、単純な二面性ではなく相互に共振させて見せる、存在感の確かさは見事。

志を抱いて朝鮮に帰る馬だが、それは葉子との別れを意味する、との皮肉を、この後開戦し暗黒時代に突入する日本の未来とも相乗。コミカルに始まった作品が、どんどんシリアスに変わっていく作風とも併せ、決してポジティブな印象を与えない本編終了ながら、それに全く正対する、明るく楽しい『丘を越えて』をオールキャストで群舞するエンディングシーンは、去った人も違えた人も、死んだ人も同列に、みんなが笑顔で踊っている様から、本編とこちら、一体どちらが嘘なのかすら曖昧として、脳天気な理想郷に虚しさをおぼえさせられるものだ。

劇中にて何度か、馬海松が足技のアクションを見せる局面が登場する。これは朝鮮=韓国=テコンドーとの認識によるものと思われるが、テコンドーは戦後に日本の空手を在日韓国人が持ち帰り、独自の競技として変化させたものであって、この時代にはまだ存在していない。朝鮮半島古来の闘技としては、モンゴル相撲の流れを汲む朝鮮相撲シルムがあり、力道山など半島出身の力士やプロレスラーらは、もともとこのシルムの強者だった。

時代性の再現を標するのなら、こんな間違いはあってはならない筈だ。特に本作は、日本と朝鮮の関係が、ストーリーにもテーマにも重きを占めているのだから尚更。

西田敏行と余貴美子は、『椿山課長の七日間』にていい関係となる共演を過去に行っているが、本作では主人公を介在に、彼女の家庭と職場の両面性を強調する構成により、ずっと出ていながら同じ場面にて顔を合わせる事がなく焦らされる。最後の最後でやっと一シーンだけ共存が見られ、ここで主人公の内的な指針も示唆される、との、人物動向の必然としての仕掛けも面白い。

原作者が直木三十五役で登場していたのには苦笑させられたが。



tsubuanco at 17:06│Comments(5)TrackBack(3)clip!映画 

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1. 【2008-130】丘を越えて  [ ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! ]   2008年06月14日 18:42
2 人気ブログランキングの順位は? 菊池寛と仲間たちの華麗な日々 讃えよ、わが春を。
2. 丘を越えて  [ パピ子と一緒にケ・セ・ラ・セラ ]   2008年07月04日 23:21
2 「真珠夫人」の人気作家であり、芥川賞・直木賞の創設者でもある菊池寛。 “時代のパトロン”菊池とその周囲の人々が織りなす、何もかもが新しさに満ちていた時代の物語。原作は「こころの王国」、東京都副知事でもあり、昭和をテーマに著作を展開する猪瀬直樹。 菊池寛....
3. 【丘を越えて】  [ 日々のつぶやき ]   2008年08月22日 10:27
監督:高橋伴明 出演:西田敏行、池脇千鶴、余貴美子、西島秀俊 「昭和初期、女学校を卒業した葉子は友人のつてで文藝春秋社の面接を受ける。社長でもあり作家の菊池寛に気に入られるが社員の解雇をしている状態での採用はできないと編集長に断られる。しかし社長の

この記事へのコメント

1. Posted by のむ   2008年06月05日 19:06
心底面白くなさそうだから、見なくて良かった。
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月06日 17:19
つまらなくはないですよ。
3. Posted by キャサリン   2008年06月09日 20:01
そーですよ、つまらなくなんてありませんよ。
4. Posted by めた   2008年06月13日 11:39
見事なネリチャギに喜んだのですが
時代考証としては間違ってるんですね
勉強になりました。
5. Posted by つぶあんこ   2008年06月13日 17:57
貴族でイケメンでインテリで強い、と、完璧超人ですよね馬海松。

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