2008年06月04日

夕映え少女 総合24点(100点満点中)

トンネルをを抜けるとただの道だった。パカランパカランパカランパカランパカランパカラン…
公式サイト

少女をお題とした川端康成による短編小説四作を、東京芸術大学にて映像を学ぶ院生により映像化した、オムニバス映画。

代表作『伊豆の踊り子』に登場する少女達を挙げるまでもなく、川端文学に登場する少女の描写は、外見の可憐さおよび多面性を併せ持つ複雑で矛盾した内面の双方が、極めてリアル且つ魅力的に造形、描写がなされており、今回底本とされた短編集『夕映え少女』では、短編だけにそのエッセンスが凝縮され、各編ごとに多彩な魅力を放ち読者を魅了するものだ。

のだが、低予算の学生映画と捉えて問題ない規模と人材では、そうした文字通りの名作を映像化するにおいては、あまりに及ばない。ある程度のチープ感は許容するにせよ限度はある。何より、原作の意味を正しく解釈し、そこから独自の発展なり昇華が行われているとは、出来を見る限り考え難い。

映像化された作品は各25分にて製作されているが、原作を読むにおいて(個人差はあるが)同程度の時間が要される一方で、紡がれる文体の心地よさとストーリーや人物像への興味によって、次から次へと文字を追いたくて仕方がなくなる程の、密度の高い鑑賞が行えるのに反し、この映画版では、無理から時間稼ぎに苦心していると見られる冗長さが蔓延し、25分が1時間にも感じられてしまうのでは、昇華どころか劣化でしかない。

少女の魅力を引き出し、文学性を保った上で独自の昇華を行える人材といえる、たとえば山下敦弘や岩井俊二らの手によって、この作品が手がけられていたら、と、惜しまれてならない。以下各寸評。

『イタリアの娘』 12点
主演の吉高由里子の持ち味は、純粋な見た目よりも、独特の台詞回しによって生じるヘンテコなテンポや、それに合わせて輝きを発する表情の変化にある。のだが、本作ではストーリーの都合上、終始無口な仏頂面で通さなければいけないため、魅力の大部分を封印させられてしまっている。これではキャスティングの意味が無い。

原作では彼女自身の描写ではなく、病室にいる彼女に入ってくる間接的な情報の描写により、状況を描くと同時に彼女の心情を推し量らせる手法がとられている。本作ではその点のアプローチが、彼女のリアクションを見せたいのか、外の状況を見せたいのか、どっちつかずなため、誰の視点で何を見せたいのかが不明瞭となる。

また、昭和11年と冒頭にテロップで表示した割には、終盤にて灯火管制が敷かれる状況を、防空演習であると説明を行わないために、原作を知らない観客は、意味を掴みづらくなる。人によっては「戦前なのに何故空襲警報が?」とわけがわからなくなる畏れもあり、不親切だ。

ただし、教授(高橋和也)が炎上する映像は、背景のアナクロさとも合わさって、まるで『怪奇大作戦』の一場面のごとき、奇妙な味に仕上がっていたのは面白い。

『むすめごころ』 36点
人を支配し己の範疇にて愛玩する事で優越感を抱いている少女が、それによって自身の境遇を貶めてしまうとの、皮肉ではあるが女性の持つ愚かしい対人認識をリアルに描いた原作の、その意味を本当に理解していたのだろうか、と勘繰らされる。

どれだけリアルであってもあくまで男性によって書かれる事で、少し突き放した皮肉が見て取れる原作の距離感を受け止める事が、監督も脚本も女性なため出来なかったのか。

とはいえ二人の少女を演じる山田麻衣子と高橋真唯による、リアルと幻想と理想の中間に位置するかのごとき、"昭和のお嬢様"の演技は極めて魅力的かつ蠱惑的であり、それだけでも見応えはある。

一方の男側の演出においては、何故か時代性が感じられない、現代的なものでしかないのは、これは柏原収史の演技力の問題よりは、同役どころに対する作り手の興味の薄さが表出したものか。単なる添え物に終わっており、少女達の憧れの対象としての実感が無い。

依存心や支配欲が暴走して生じた皮肉な結果を表す結末も、少女二人の場所を完全に乖離させたのでは、両者を互いの"居場所"にてそれぞれ出会わせ、対比のギャップと皮肉を強調した、原作の意味を理解出来ていないのではとしか思えない。

時代を再現する風景を選択しながら、遠くに団地が見えているのは手落ち。何かと配慮の足りなさが見られ残念。

『浅草の姉妹』 28点
体言止めを多用して講談師の語り口調を想起させる、原作の独特の文体を再現すべく、講釈調のナレーションと、囃子的なBGMを用いた、全体的カラーの方向性は正しい。ストーリー的な解釈も、ほぼストレートながら的確ではある。

だが、それにより強まる娯楽色を、娯楽に特化する方向に活かせていたかと言えば厳しい。また、現代の花やしきのネオンを堂々と映すなど、浅草の描写がエキセントリックにすぎ、これでは川端康成というより江戸川乱歩になってしまっている。

先の二作と異なり男性が撮っており、内容的にも男性との直接的な関係性を描いているものにも拘らず、主人公三姉妹が一向に魅力的に映らないのは、致命的な問題。

現在一部でカルト的好評を博している『スミレ16歳!!』での好演が光る波瑠、『リンダ リンダ リンダ』などでの印象が強い三村恭代らが、「誰だっけ?」と一瞬考えてしまうほどに、全く輝きが見られないのは、どうかしている。これではクライマックスとなる活劇シーンも盛り上がらない。

鈴木清順の『ピストルオペラ』、是枝裕和の『誰も知らない』などで、代え難い存在感を放ち、本作と近い時代を舞台とした『乱歩地獄 芋虫』では小林少年を演じ、カルト女王三輪ひとみの後継者かとも目された韓英恵ですら、クレジットを見るまで誰だか気づけないレベルの地味少女にしか映っていない。少女や女性の美に対する意欲、興味が、全く感じられない。

『夕映え少女』 20点
『アフタースクール』にて、ホンの数分程度しか出番が無いにも拘らず、絶対に忘れられない強烈なインパクトを残した五十嵐令子の、そのインパクトは充分に表現されている。これにより、主人公(田口トモロヲ)が肖像画にこだわる展開にも納得は行く。

のだが、標題を表す冒頭の"夕映え少女"の映像は、手前に位置する少女が自転車を漕いでいるのに反して背景が一向に動かないため、チープな映像がよりチープな作り物としか感じられない状態となり、興醒めさせられてしまう。この動かなさ加減は『仮面ライダーX』OPにおける、クルーザーを駆るXライダーをローアングル固定で捉えたバストアップと同レベルだ。

もう一人重要な女性となる仲居のお栄(宝積有香)にまつわる描写が、犬との戯れや客間の覗きなど原作通りながら、やたらとエロを強調したものとなっているのは、少女の無垢を強調するためのものだろうか。それにしても、あまりにストレートで生々しいエロ表現は、作品の空気を変じさせ、方向を曖昧にさせる結果に繋がっているが。

原作の記述をそのまま映像化したラストは、これまたあまりに合成がチープなため、せっかくのエモーションを台無しにしてしまっている。もう少し身の丈にあった表現を選べなかったものか。

以上、あくまでも習作の範疇であり、出演者のファンでもつきあうのは苦しい。原作を読むにとどめた方が有意義か。だが現在原作本は入手難との現状が皮肉。



tsubuanco at 16:00│Comments(2)TrackBack(0)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by サスケ   2008年06月04日 17:46
吉高由里子みたさに行きましたが、裏切られました。教授炎上シーン、窓ガラス破損爆破シーンにはオッ。久々に見れた韓英恵も同じ印象で勿体ない。五十嵐令子っていうんですね。ポスターに惹かれました。川端康成に萌えるってなんだ!?
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月05日 14:43
川端文学は間違いなく萌え要素を含んでますよ。当時その形容がなかっただけで。

この映画でその萌えを表現出来てるかは別としてですが。

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