2008年06月06日

眠り姫 25点(100点満点中)

自分のイビキで目がさめた あ目がさめた♪
公式サイト

鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』や黒澤明の『まあだだよ』などで自作が映画化されている作家・内田百閒による、短編小説『山高帽子』をベースとした、山本直樹(森山塔)の短編漫画『眠り姫』実写映画化

悪夢の様な不条理を描いた作品を多く手がける百閒の、まさに不条理な悪夢を手法として用い、芥川龍之介の自殺にまつわる自身の体験を、フィクションとして綴った原典が『山高帽子』。そのストーリーはそのままに、舞台を現代に、主人公を若い女性に変え、セックスシーンなども盛り込んで、山本直樹のセンスとスタイルで再構成された不条理な悪夢が、『眠り姫』となる。ともに傑作。

監督はかつて山本直樹の『のんきな姉さん』も実写化している七里圭。百閒がベースにある本作同様、『のんきな〜』は森鴎外の『山椒大夫』がベースにある。夢と現実と空想などが混濁して混成される、静謐な幻想性もまた変わらず。

今回は更に、登場人物を極力画面に登場させず、声と風景のみでストーリーとエモーションを展開させる手法に特化している。これは、見えていない筈のものが観客の脳内に浮かび上がってくるべく、固定されないイメージを喚起、誘導する意図にて行われる表現なのだろう。

のだが、文字のみで綴られた百閒の『山高帽子』を映画化、というのならともかく、それを山本直樹が解釈し、漫画としてビジュアル表現を行ったものが先にあり、それを更に映画化したのならば、山本直樹の漫画がイメージとして優先されてしまうのは必然である。

すなわち、この手法を用いるにあたり漫画を原作とするのは、漫画のイメージを全く凌駕する程の、的確かつ秀逸なビジュアルイメージを完成させでもしない事には不適当でしかなく、本作もそれに違わず。何より、主人公(つぐみ)が野口先生(西島秀俊)に送る嫌がらせFAXのビジュアルは漫画のままなので、それを堂々と見せているのでは、自由なイメージの喚起とは反するものだ。

漫画のネームそのままで構成されるダイアローグも同様。いちいち原作漫画を思い起こさせる様な作りでいながら、自由なイメージを浮かばせろとは、矛盾にも程がある。サブカル系マニアが食いつきそうな原作を敢えて選んだとの、スケベ心が感じられるチョイスと、作品手法から本来感じさせられる志の高さが、ちぐはぐに食い違った状態である。

とはいえ、冬の夜明けを捉えたファーストカット、夜闇から日が射し始める空色の変化を、手前に配した樹のシルエット越しに、固定の画角でジワジワと見せていく映像など、光と影を駆使して構図的な美しさと事象と心象の表現を同時に行う、映像構築センスは優れている。だからこそ題材を選んでほしかったのだが。

木漏れ日や窓から射す日光などを使い、事物そのものではなく、事物と光によって作られる影をメインに配し、影の形から事物を想起させる手法、および、テーブル上の食器配置のみを見せる事で、本来そこにいる筈の人物を脳裏に浮かび上がらせる手法、などを多用し、見えないものが見える表現は手慣れている。

しかし、見せないなら見せないで通せば完成されたものとなるだろう。が、先述の嫌がらせFAXを書く場面にて、手指の動きを強調する映像を用い、これが後に交わされる手の動きの不思議さに関する会話への伏線となり、それ以後も度々手の動きが強調される映像が用いられる。こちらもまた、この点だけを考えれば、必然とも言える構成として興味深いが、人の姿を見せない手法との使い分けが曖昧で、どちらの観点で追えばいいのか迷わされてしまう事となる。これでは中途半端だ。

序盤と最後で、主人公らしき女性がトイレから出て布団に入るシークエンスを、顔だけが逆光で影になって見えない車田キャラ状態で、その姿を正面から捉えた画で見せているのも、中途半端にイメージの固定を誘っており、作品の方向性を損ねている。

それでも、イメージショットを多用して観客の想像に委ねるとの、映像的な狙いはある程度成功している。しかし、これはオリジンの小説でも原作漫画でも同じ事だが、紙メディアが伝えるのは視覚情報のみであり、音声は読者が想像するものだ。その点において、本作の有りようは、原作とは視覚と聴覚が逆転されたものと定義づけられる。つまり音声に関しては、話される言葉をストレートに聴覚にて受容する事が出来るのだ。

だがそうなると、原作では、一応の想像の誘導はなされているものの、絶対に誰の声であるとは明確にされていない、「もうだめだよ」の声をも、この映画版では明確に誰かの声として聞かせなければいけなくなる。そして実際に、本作では男の声を持って、この言葉を聞かされるのだ。これは完全なイメージの固定であり、しかも作品の解釈として正解かどうかも疑わしい。この時点で完全に興醒めである。

また、原作では当然だが絶え間なく事象が連続してストーリーが展開されるのに対し、本作では各シークエンスの合間合間に大量のイメージショットが挿入される事で、そちらからのイメージを考えている間に、話の繋がりや指針が不明瞭となりがちだ。おそらく、小説なり漫画なり原作を先に読んでストーリーを把握していない限り、一体何が言いたいのか全然わからない筈。これでは作品として成立していない。

イメージショットを多用する狙いはいいとしても、各カットごとの尺があまりにも長すぎ、これでは、ただでさえ難解なストーリーなのに、冗長に引張られては、余計にわけがわからなくなってしまい、最終的にはもうどうでもよくなって観る気をなくす、との結果にも終わりかねない。

3DCGで完全に制御されているのでは、と思わされる程に、的確な演技を行うネコ場面など、映像の技術やセンスは高いだけに、重ねるが題材の選択を誤ったとしか思えない結果が、なんとも惜しすぎる。タイトル通りに眠りを誘うには持って来いだろうが。



tsubuanco at 17:09│Comments(0)TrackBack(2)clip!映画 

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