2008年06月10日

山桜 28点(100点満点中)

梅折らぬバカ
公式サイト

藤沢周平の短編小説を映画化。これまでの山田洋次監督作などと同じく"海坂藩"を舞台としているが、何故か劇中での言及は無く、東北の方言も用いられていない。

監督は『地下鉄に乗って』『クリアネス』の篠原哲雄、脚本は『ミッドナイトイーグル』『亡国のイージス』『ホワイトアウト』の飯田健三郎&長谷川康夫ときては、そもそも期待する方がおかしい。だが、その低い期待を更に下回る出来に終わっている。

原作は一瞬で読めてしまう超短編であり、それを100分程度に引き延ばすに当たって、水増しして引き延ばしているとしか感じられない展開、描写があまりにも多く、それらに統一性やまとまりが薄いため、冗長蛇足の域を出る事がなく、退屈な印象を与えている。

原作ではヒロイン野江の主観に描写を絞り、彼女が見聞きする事物や聞き伝えの情報のみで、物語中に起こった出来事を語る手法がとられている。これにより、読者の脳内に浮かぶ像もまた、彼女のフィルターを通したものとして共有され、心情をも共有が図られる事となる。

実際今回の映画版でも、当初は彼女に寄り添った視点で映像が構成されている。野江(田中麗奈)と弥一郎(東山紀之)との再会シーンでも、野江が弥一郎を見るまでは彼の顔が映らない事から始まり、彼のアップを野江の視点で多用する画角などからも、それは瞭然だ。

野江が嫁いだ先に帰った際、門の外から覗き見る様な視点にて、借金絡みの対応が繰り広げられる場面なども同様。そうして観客の視点もまた、ヒロインのそれと共有し、世界を認識していく事となる、序盤の方向性は、原作の再現として正解であった。

のだが、途中から視点は飛び飛びに各所に散らばり、藩の状況という大局動向をメインに描かれていく事となる。これによりヒロインの存在自体が希薄となり、ストーリーの乖離が始まってしまう。

農民の窮状が描かれる中盤。この時に特にクローズアップされるとある農家が、それまでの流れと無関係に、唐突に取ってつけた様な登場と重用視である事も違和感の元だが、彼らの困窮の様と、ヒロインの生活の様とが、対比にも相似にもならず、平行描写として成立していない。まるで別々のお話を観ているかの印象となる。

窮状をしっかり描いて観客のストレスとした上で、成敗が行われるカタルシスを狙っているのだろうか。としても、それは本来の物語としてはメインではない。にも拘らずこの有様は、水増し増量の印象を与えるのみであり、水戸黄門並に一面的な"悪代官"の描き方も加味し、作品の品位を大いに落としている。米櫃を引っくり返す場面の、あざといまでのわざとらしい演出など、可哀想がらせようとの意図が見え見えで、却って興醒めとなる。

また、農民の窮状を弥一郎が見る段取りとしても、彼が見たのは墓標と泣く農民という"結果"のみでしかなく、延々と描かれた過程は観客が客観的に知っているのみであり、ここで、登場人物が知っているべき情報と、観客のそれとが混同された状態が発生している。

一応の見せ場となる成敗シーン。手下は斬らずに当人のみを斬る、との分別を強調した演出は、弥一郎の折り目正しいキャラクターの表現として的確である。が、この場面が原作では聞き伝えの結果のみで描写されているのは、山田洋次作品の殺陣シーンにおける達人同士の決闘とは異なり、つまるところ達人が老人を斬っているだけでしかなく、そこにカタルシスは発生しない事も、理由のひとつである。このあたりの擦り合わせが不充分に感じる。

四季の移ろいの風景を随所に挿入し、リアルな時間経過を表現していながら、半年近くも獄中にある弥一郎が、ヒゲどころか月代すら一向に伸びず奇麗なままな事も、これまた興醒めとなり台無しだ。これでは木村拓哉の『武士の一分』をアイドル映画と笑えない、それ以下の勘違いぶりである。

スタジオ内に組まれたセットにて多くの撮影が行われた山田洋次作品とは逆に、ロケセットやオープンセットを多用して背景のリアリティを増している事は大いに評価出来るが、それならヒゲくらい伸ばさないと方向性に反するだろう。お百度を踏む場面で数を数えていないなど、ところどころのリアリティの欠如が大いに興を削いでしまい、退屈な印象を強めている。

そして本作、構造的には『隠し剣 鬼の爪』に酷似しており、メインとなる主観が男か女かの差異が、印象の差異として現われている筈だった。少なくとも原作では。だが視点を散漫にしてしまった事で、一層に『隠し剣』との類似が強まり、質を比較される事となる。どちらが総合的に優れているかは言うまでもないだろう。己を捨てて大義に殉ずる事も厭わない男と、自分の事で精一杯な女という構図の対比も、本来は興味深く描かれるべきだったのだが。

『隠し剣』のヒロインを演じた松たか子が、薄幸の女性としての役柄に良く嵌っていた事もまた、本作ヒロインの田中麗奈の、とても出戻りには見えない若くて可愛らしいお嬢さんぶりのミスマッチとは正対するものだ。彼女以外の、大人の俳優陣が自然なだけに、余計に目立ってしまう。

原作よりも少し先を示唆するラストシーンは悪くないものの、そこに被さる一青窈の歌は、映像のカラーと全く噛み合ないどころか、やたらと主張が強く、ラストの余韻を台無しにしている。これは致命的だ。あまつさえ暗転に入った瞬間に語りが挿入されるに至っては、完全に映画を殺している。このタイミングを決めた音響スタッフの、してやったりのニヤケ顔が眼に浮かぶ様だ。オナニーは自分の家だけで行ってもらいたい。

実は曲自体は悪くはないのだから、ラストに被せる曲はインストにとどめ、ボーカルは暗転してからで充分だった筈だ。本当はボーカルは宣伝のみにとどめるのが一番よかったが。

タイアップも結構だが、映画としての完成度を重視しなくては本末転倒にも程がある。特に時代劇などのジャンルものは、カラーやテーマとの調和に苦心すべきではないか。映画を仕事にしながら映画を全く愛していない、愚かしい業界人の利潤追求にはウンザリだ。これでは劇中で愚かな悪者扱いされている、悪代官や高利貸しと同じではないか。何たる皮肉。
『武士の一分』レビュー
『地下鉄に乗って』レビュー
『ミッドナイトイーグル』レビュー



tsubuanco at 17:47│Comments(4)TrackBack(7)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by あるきりおん   2008年06月11日 08:51
一青窈に関する感想が全く同じで笑いました。
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月11日 17:44
本編の評価は様々ですが、エンディング曲に関しては否の一択の模様です。
3. Posted by オレ様は糞野郎   2008年06月11日 18:52
弥一郎が岩窟王みたくボウボウのバサバサになんなかったのは、一応、藩の窮状を救ったからっしょ。テロの犯人としてブタバコにはブチ込んだけど、リスペクトすべき部分もあるなーって感じで、特別扱いだったってゆうのを表現したかったんじゃね?
そんなことよか麗菜ヲタなオイラがムカついたのは、野江のイジメられっぷりが超ハンパだったこと。あんくらいでいちいちキレてたら成敗されてもしゃーねーよ。折檻くらいされねーと。限界までボコられて、奴隷扱いにも涼しい顔で耐えて、そんでもって捨てられてこそ、麗菜タンの魅力がヒカるっちゅーもんっしょ。監督わかってねんだなー。そこんとこが。
まーそんな感じかな。とにかく退屈な映画だったわ。タロウでも怒るよアレじゃ。
4. Posted by つぶあんこ   2008年06月13日 17:53
タロウ役では出てくれませんけどね。

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