2008年06月12日

さよなら。いつかわかること 79点(100点満点中)

さようなら いつだって 生きる事は戦いさ
公式サイト

スサンネ・ビア監督の『ある愛の風景』と『悲しみが乾くまで』を合わせ、夫婦の性を逆転させた様な映画、というのが第一印象か。

ただ大きく異なるのは、妻の姿を一切見せない事、および、戦争を題材としながら、戦争の場面が一切見せられない事、の二つである。

スサンネ・ビア作品の様に、まず先に家族全員が揃っている様を見せておいて、一人を消す事によって、その後の光景自体から常に喪失感を発生させる、との手法は確かに有用だ。翻って本作の場合は、敢えて一切見せない事で、劇中の一家が思い浮かべる当人の像と、観客が自らの体験あるいは環境から想起する像とを、限りなく近似させる事が可能となり、共感や感情移入が促進される効果となっている。こちらもまた、手法として有用であり、どちらが正解というものではない。

留守電に残された声のみが、存在を感じられる唯一の絆となる、とのギミックを、もういない相手に話しかける、矛盾した後ろ向きな様として見せ、父の迷いや現実逃避、あるいは情の深さや喪失感を表すべく使うと同時に、想像のための最低限の素材として用意している、バランス取りも的確。

その、姿が見えない状態での、電話による声のやりとりのシチュエーションを、長女が学校に電話する局面にても用い、ここでは、双方の事実認識の差異から生まれる、微妙に噛み合っていない会話の噛み合なさを、長女は疑問に思うが、向こうは感じていない、とのギャップから、笑える話ではないもののおかしさを生み、強く印象づけている。

この電話が、最後にバレるシーンや、その前のショッピングセンター内にて玩具の電話を使うシーンなど、重要な局面に様々に用いられ、会話、対話の象徴とされている構成が興味深い。

電話をメタファーとして使っているのと同様に、先述のショッピングセンター内にて、玩具の家の中で家族三人で抱き合う場面もまた、家庭そのものを象徴する家を戯画化して、構図を劇化させたものだ。そうした、"泣かせ"を意図したメタ的シーンのオチに、「臭いよ」と、現実に立ち返らせ苦笑させれる言葉を用い、ストーリー進行にも作用させているなど、組立に無駄がないのが素晴らしい。

その「臭いよ」の言葉、娘が父親に言う台詞として、日本人でも納得させられる、極めてリアルな台詞であり、微妙なお年頃の長女と父親の距離感を表す描写としても秀逸。この距離感の描写を、序盤のテレビ場面から、後半のタバコ場面まで、様々な事物を用いて推移を描いているのも上手い。

また、娘を二人用意する事で、年齢差による距離感の差をも表し、現在のみを描きながら、過去と未来をも同時に見せている、意味のある人物配置も的確だ。

この姉妹の描写のいちいちが、やはりスサンネ・ビア作品にも類似するごとく、リアルな動向をもって演出され、共感や感情移入、理解を容易にする要因として、有用に作用している事も、評価点となる。序盤の、ソファでの突っつき合いがエスカレートする様など、リアルな"あるある"の蓄積が、リアリティを生んでいるのだ。

そのリアルを理解、解釈し、表現出来ている、姉妹を演じた子役二人の演技、表現力の的確さが、何より素晴らしい。子供なのに大人ぶりたい、でもやっぱり子供、との、長女(シェラン・オキーフ)毛の生えかけた年頃の痛々しさと微笑ましさがよく伝わってくるのは、シチュエーション設定だけでなく、演技の確かさによるものも大きい。ウザッたい程にやんちゃだが憎めない次女も同様。

つまるところ、父親のエゴによる現実逃避によって展開される物語は、この父親のエゴが大変よくわかる、リアルな感情だが決して褒められたものではないだけに、観客もまた、わかるけどもどかしい、との感情を抱かされ、イライラさせられる事となる。これは勿論狙いなのだろうが、あまり気持ちのいいものではない。

だが、彼が認めたくない"現実"とは、単に妻が、娘達の母親が失われた、との単純事象のみではなく、自らが信じていた、信じたいと願っていたものが、受け入れていた筈の覚悟が、全て現実を前にして何の意味も成さずに崩壊した、との"事実"である。

自らは希望しながらも戦地へと赴けなかったコンプレックスが、家族を襲った"現実"の理不尽さを一層に増大させ、彼の逃避を支えている。国家が起こした戦争が個人を不幸にする事実を象徴化させた本作だが、主人公がアメリカ人である事により、反米フィルターを通してしか物事を見る事の出来ない左巻きから、加害者の分際で被害者気取りなどと揶揄される事も、容易に想像出来る。

だが、物事はそんな単純ではなく、個人視点の感情を大局視点で断ずる事自体が、人間を人間と認めない、国家と同じ傲慢と気づくべきである。一方が"殺された"だけの問題ではなく、殺し殺されている現実が実際に存在すると思い及べるのならば、本作が伝えたい理不尽と矛盾、および個人視点での悲劇は一層深まりこそすれ、何ら瑕疵にあたるものではない。

延々と引張り続けた重要局面の筈ながら、最後の"告白"場面は音声がミュートされ、BGMが流れるのみとなる。これは、"伝え方"が重要というわけではなく、結果として、残された者同士で抱き合って泣くしかない現実を、枝葉を排してストレートに観客に認識させる狙いによるものだ。"現実"の有りようを、突き放した観点に見せかけて、その内実を、普遍的な事象として、観客の想像をもって共感させる手法が、大いに成功している。戦争でなくとも、家族に死なれた遺族など、泣く事しか出来ないのだ。

余談:
姉が美少女で妹はそうでもない、との図式もまたリアル。たとえば林寛子の娘も、長女の黒澤優が美人なのに対し妹は(略


tsubuanco at 17:48│Comments(3)TrackBack(10)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by へちま   2008年06月15日 11:26
「最高の人生の見つけ方」と、山場の画面は類似なのに心象はまるで違うのが面白かったです。それぞれに佳作でした。
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月15日 19:50
映画的には『最高の〜』の方がベタなのに、泣かせとしては、こちらの方がベタなんですよね。
3. Posted by kimion20002000   2009年01月08日 21:50
ジョン・キューザックはとても好きな役者さんですが、この作品ではわざと中年太りのように「肉体改造」して、臨んだようですね。
画面に映らない、戦地での緊張にある、妻との対比のためなんでしょうね。

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