2008年06月15日

JUNO/ジュノ 60点(100点満点中)

ママになっちゃえ!
公式サイト

本作の監督ジェイソン・ライトマンは、前作にしてデビュー作『サンキュー・スモーキング』でも、ネガティブな印象で扱われがちな喫煙および煙草業界を、コミカルなアイロニーで軽妙に扱い、そのものは否定も肯定もしない、との押しつけの無いスタンスによって、娯楽性を高めつつ後味の良さとしていた。今回も同様。

これが日本なら、ダメ脚本家井上由美子によるダメドラマ『14才の母』を筆頭に、お涙頂戴の感動の押しつけに終始し、命の大切さよりも避妊の大切さを教えろと言いたくなるだけの、自己正当化と自己陶酔にまみれた見苦しいにも程がある内容となる事は、考えるまでもない。そうしないところがまず本作の大きな評価点だろう。設定年齢よりも子供っぽく見える女優を起用している点では同じだが。

だが本作の最大の楽しみどころは、脚本賞の受賞が目立つところからも瞭然、留まる事なく繰り広げられる会話の、ダイアローグセンスによるものが大きい。いわゆる若者言葉の範疇を超え、本作発祥の造語が若者間で用いられる様になる程の、独特の言語センスの高さが、アメリカを始めとする英語圏での評価の大元になっている。

のだがそれは、本作が日本人が楽しみきるには適していないのと同義でもある。本国にすら存在しなかった造語を、日本語に訳するとの作業が、如何に困難であり高度な言語センスが要求されるかは言うに及ばない。

音楽やサブカル系の固有名詞やテキストの引用やパロディが多用されている点においても、例えば予告でも使われている、「Thundercats are go!」の掛け声だが、これは80年代に製作された日米合作アニメ『THUNDERCATS』の中で用いられる定番台詞であり、元々は『サンダーバード』のオープニングで発せられる「Thunderbirds are go!」のパロディでもある。これは、正確な英文法的には間違いではないかと当時より言われていた言葉を、敢えて使った『THUNDERCATS』スタッフのパロディセンスと、その言葉を本作内のシチュエーションにて使ってしまう、本作スタッフのパロディセンスの面白さが融合されて生じるおかしさである。

しかし、この『THUNDERCATS』は日本では未放映であり、ゆえに決め台詞が決め台詞として認識される事はない。結果、「作戦開始!」なる、原語のニュアンスは全く考慮されていない、意味だけが通ずる無難極まりない言葉へと置き換えられてしまっている。これでは本来の面白さを楽しめるわけがない。

本作の日本語字幕を担当しているのは、特に丁寧な仕事に定評のある松浦美奈である。にも拘らず、この程度の字幕しか作りきれなかったのだから、原語が表現しているニュアンスが、如何に日本人、日本語向きではないかは、考えるまでもないのだ。その意味では字幕より吹替えの方が、まだ楽しめるものとなるだろう。

実際、一般的な日本人が日本語字幕で本作を鑑賞した場合、喋り方の抑揚やテンポ、表情などによって、独特の"空気"を感じ取れるのみに終わり、本質を楽しみきるだけの理解を得る事は不可能だ。にも拘らず本作のダイアローグを、わかった様に評価しながら、具体的な事は挙げられない、知ったかぶり、わかったフリの多さには苦笑させられる。

また、『スパイナルタップ』など、説明がないと何を言っているのかわからないマニアックな言葉はそのまま変えなかったり、「like, ten-thousand leagues under the sea」との台詞は、『海底二万里』の英題『Twenty Thousand Leagues Under the Sea』にかけたもので、Twentyをtenに変えてパロディ的なネタとなっていながら、『海底二万里』と元のままで表したりと、一環のなさが気にかかる。それほど敷居が高い、との証明でもあるが。

とはいえ、たとえ意味を把握しきれなかったとしても、ペラペラと絶え間なく話し続けられる中で、車中で一人泣くシーンや、出産後に彼氏が駆けつけるシーンなど、逆に"話さない"シチュエーションが要所におかれる事で、ギャップによって語らずしてエモーションを最大に伝えきるなど、監督一流の演出センスの上手さは存分に味わえる。

オープニングの演出は、単にポップカルチャー的な見た目による楽しさだけでなく、主人公の基本となる"リアリティの欠如"を提示するものだ。だが、周囲は絵ながら本人のみは写真をグラフィック化したものである事から、自身の問題に関するリアルと非リアルの境界を如実に示し、単なる"非常識"に貶めない配慮が重要となる。

そのOPで手に持っているドリンクのタンクを、ルーズなアメリカの若者っぽさを示す記号として、キャラクター描写に用いつつ、妊娠検査のための伏線ともしているなど、細かい演出、小道具の使い方が上手い事も、同監督の優れたところだ。ハンバーガー型電話が、さりげなく彼氏の部屋にも置かれている事に気づかせるなども同様。細かい発見が楽しい。

我が事ながらのリアリティの希薄さを、軽妙な会話テンポと無責任なダイアローグにより表現し、本人と周囲の温度差などでコメディを展開しつつも、本質的な部分はしっかり押さえている事が、ドラマ的な面での評価点と言えるだろう。

男女の性差による認識の差、あるいは未経験と経験済みな事による認識の差、など、人間の持つリアルをカリカチュアライズし、尚且つコミカルなアイロニーとして作劇、演出を行っている事で、浮世離れした空気により共感こそ出来ないものの、「あるある」「わかるわかる」と、人間模様をニヤニヤしながら楽しみあるいは呆れ、時に小さな感動や感激を得られる事が出来る。

母性が全てに優先される、女性特有の価値観と、それとは迎合しない男性特有の価値観とのギャップによって生じるドラマが、本作の題材ならではのものとして興味深い。

子供が出来る=自分が子供でなくなる、との事実を迫られた時に戸惑う男性の態度は、男の気持ちとしては極めて自然でリアルなものだ。だがそれは女性の視点からすれば、全く理解し難いエゴとしか感じられないものでもある。本作は女性が作ったストーリーなため、どちらかと言えば女性視点でダメな男性を描く、との傾向にある。里親夫婦の夫の行動を無責任なものと断罪し、別れて以後は一切登場しない事からも、それは顕著だ。一方で父親が達観しているのは、"経験済み"だからだ。そのギャップの用い方も上手い。

だが、監督が男性である事からのバランス取りが行われているのか、夫婦の家の壁に飾られたラブラブ写真から始まり、嫁が夫に趣味を「許してやっている」との、本来対等であるべき関係ながら上から目線で見下している事が示唆される描写、作劇によって、"母性"を最優先して当然と考え他を顧みない、女性のエゴをも描いているため、男性と女性のどちらが観ても、それぞれの視点で皮肉なり自省なりを味わえる事となる。

エコー検査場面にて、義母が技師に対し噛みつくくだりでは、女性特有の職業意識による"上から目線"とそれに対する"カチンときた"反発がリアルに描かれており興味深い。この時はジュノと義母との共感が見られるものの、別の事で意見が合わないとまた壷を汚してやる、と、"カチンとくる"感情に正直な、女性特有の、これは男性のそれとは異質の"子供っぽさ"の表現である。趣味に生きる男に「大人になれ」と言いながら、自らもまた己のエゴに固執しているだけなのだ。

その様に、特定の思想やテーマのみに偏重する事なく、キャラクター配置やストーリー進展もまた、お約束をあえて踏襲しない事で、コミカルでライトなタッチながら"リアル"を感じさせるものとする、脚本と演出のレベルは上質だ。アメリカン的価値観に拠らない彼氏の微妙なキャラクター設定は特に秀逸。

とは言えダイアローグが日本人向けでない事実は揺るがない。サブカル知識はともかく、英語はネイティブでない限り難行だ。

日本の漫画と言いつつ、妊婦ヒロインコミックがどう見てもアメコミでしかない(ネームも英語だ)のは、シャドウキャット(エレン・ペイジ)とエレクトラ(ジェニファー・ガーナー)の両名を意識した、意図的なものか。

『サンキュー・スモーキング』レビュー



tsubuanco at 11:55│Comments(0)TrackBack(21)clip!映画 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. ジュノ  [ Memoirs_of_dai ]   2008年06月16日 12:35
生意気だけど愛すべき女子高生 【Story】 パンクとホラーが好きなクールな女子高生ジュノ(エレン・ペイジ)は、親友ブリーカー(マイケル??.
2. 「JUNO/ジュノ」  [ アートの片隅で ]   2008年06月16日 13:03
「JUNO/ジュノ」の試写会に行って来ました。 アカデミー作品賞にノミネートされた作品です。 「ノーカントリー」 「つぐない」 「フィクサー」 「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」 などの他のノミネート作品は、いかにも玄人好みといったセレクトなのに対して、何故こ...
3. JUNO/ジュノ  [ C'est Joli ]   2008年06月16日 22:48
3 JUNO/ジュノ’07:米 ◆原題:JUNO◆監督:ジェイソン・ライトマン「サンキュー・スモーキング」◆出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー、ジェイソン・ベイトマン、オリヴィア・サルビー、J・K・シモンズ◆STORY◆16歳のジュノは、バンド仲間....
4. 【映画評】JUNO/ジュノ  [ 未完の映画評 ]   2008年06月20日 01:09
妊娠しちゃった16歳少女のポップでキュートなビターテイスト青春顛末記。
5. JUNO ジュノ  [ ☆彡映画鑑賞日記☆彡 ]   2008年06月20日 20:54
 『そのつもり。』  コチラの「JUNO ジュノ」は、アメリカでわずか7館での公開から、女子高生のジュノ(エレン・ペイジ)の妊娠と同じように”予期せぬ”大ヒットとなり、ついにはインディペンデント映画としては最大の1億ドルヒット、全世界ではなんと2億ドルヒットと....
6. 『JUNO/ジュノ』  [ Sweet*Days** ]   2008年06月20日 23:10
監督:ジェイソン・ライトマン 脚本:ディアブロ・コディ CAST:エレン・ペイジ、マイケル・セラ 他 16歳のジュノ(エレン・ペイギ..
7. 「ジュノ JUNO」 ☆☆☆  [ ドラマでポン! ]   2008年06月22日 13:35
女子高生が妊娠。そう聞いただけで浮かびませんか? 泣く母親怒る父親、白い目でひそひそする同級生。相手の男の親からはアバズレ呼ばわりされ……。ところがこの映画、どれもナッシング。妊娠検査薬が陽性になっても、ヒロインときたら軽やかに歩き続けます。中絶するぞ...
8. [映画『JUNO/ジュノ』を観た]  [ 『甘噛み^^ 天才バカ板!』 ]   2008年06月22日 21:15
☆以下のような状況がアメリカで起こったと言う・・・。    女子高生が“出産協定”17人妊娠 米マサチューセッツ州 2008.6.21 10:06 この状況で問題なのは、若年者の妊娠ではない。 17人の娘が、示し合わせて妊娠している事実である。 彼女らには、前提として、...
9. 映画「JUNO−ジュノ」の感想  [ 泣ける映画と本のblog ]   2008年06月24日 20:11
16歳の少女ジュノが思いがけず妊娠し、中絶しようとするが どうしても出来ず、子供が出来ない理想だと思える夫婦に 赤ちゃんを託すこと...
10. JUNO 2008-35  [ 観たよ〜ん〜 ]   2008年06月27日 20:35
「JUNO」を観てきました〜♪ 16歳のジュノ(エレン・ペイジ)は、パンクとホラーが大好きな、ちょっと変わった女の子。ボーイフレンドのブリーカー(マイケル・セラ)とのたった1回のセックスで妊娠してしまう。中絶しようと病院に向かうジュノだったが・・・ 人...
11. 【2008-147】JUNO/ジュノ  [ ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! ]   2008年06月29日 22:02
3 人気ブログランキングの順位は? 初めての”大事件” みんなの心がつながった。
12. JUNO / ジュノ−(映画:2008年45本目)−  [ デコ親父はいつも減量中 ]   2008年06月29日 23:32
監督:ジェイソン・ライトマン 出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー、ジェーソン・ベイトマン、オリヴィア・サールビー、J・K・シモンズ、アリソン・ジャネイ、レイン・ウィルソン 評価:76点 公式サイト 16歳の妊娠という重ための....
13. 『JUNO/ジュノ』を観たぞ〜!  [ おきらく楽天 映画生活 ]   2008年06月30日 08:40
『JUNO/ジュノ』を観ました>>『JUNO/ジュノ』関連原題:JUNOジャンル:コメディ/ドラマ/青春上映時間:96分製作国:2007年・アメリカ監督:ジェイソン・ライトマン出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー【ストーリー】ごく普通の16歳の高校生...
14. JUNO/ジュノ  [ 利用価値のない日々の雑学 ]   2008年07月20日 00:24
オスカーの脚本賞というは筆者的にはとても興味深い物であるが、一時期は選出の基準に首を傾げる時期もあった。しかし、昨年の「リトル・ミス・サンシャイン」同様、この作品の脚本賞は大変頷ける。 この作品は、16歳の少女が妊娠したというところだけを追ってしまうと...
15. 『JUNO』 @シャンテシネ  [ 映画な日々。読書な日々。 ]   2008年08月01日 00:20
16歳のジュノは、バンド仲間のポーリーと興味本位でしたたった一回のセックスで妊娠してしまう。高校生が子供を育てられるわけがなく、ジュノは親友リアに「中絶するつもり」と報告するが、中絶反対運動中の同級生に「赤ちゃんにはもう爪も生えているわよ」と言われ、産む決
16. JUNO/ジュノ  [ 映画、言いたい放題! ]   2008年09月20日 00:16
アメリカで、たった7館での公開から2448館に拡大し、 ついに興収全米第2位へと大躍進した作品と聞けば期待大。 しかも若手女流脚本家ディアブロ・コディは、 本作が長編映画脚本デビューにして 本年度のアカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。 同じような道をたどった「リト...
17. 「JUNO/ジュノ」  [ 心の栄養♪映画と英語のジョーク ]   2008年11月25日 17:51
ごく普通の16歳の高校生、ジュノ(エレン・ペイジ)。同級生のポーリー(マイケル・セラ)と興味 本位でしたただ1度のセックスで、思いがけず妊娠。動揺しつつも気丈に振る舞うジュノは、 親友のリア(オリヴィア・サールビー)と“ポーリーに妊娠を報告すると、両親には内緒で...
18. JUNO/ジュノ  [ 小部屋日記 ]   2008年11月26日 23:17
JUNO(2007/アメリカ)【DVD】 監督:ジェイソン・ライトマン 出演:エレン・ペイジ/マイケル・セラ/ジェニファー・ガーナー/ジェイソン・ベイトマン/アリソン・ジャネイ/J・K・シモンズ/オリヴィア・サールビー 初めての“大事件” みんなの心がつながった。 前...
19. JUNO/ジュノ  [ Blossom ]   2008年12月02日 22:01
JUNO/ジュノ 監督 ジェイソン・ライトマン 出演 エレン・ペイジ マイケル・セラ     ジェニファー・ガーナー ジェイソン・??.
20. 映画『ジュノ』を観て〜アカデミー賞受賞作品  [ KINTYRE’SDIARY ]   2009年02月09日 23:32
64.ジュノ■原題:Juno■製作年・国:2007年、アメリカ■上映時間:96分■字幕:松浦美奈■鑑賞日:7月16日、シャンテ・シネ(日比谷)■公式HP:ここをクリックしてください□監督:ジェイソン・ライトマン□脚本:ディアブロ・コディ□製作:リアンヌ・ハルフ...
21. JUNO/ジュノ  [ ★YUKAの気ままな有閑日記★ ]   2009年02月15日 14:06
レンタルで鑑賞―【story】パンクとホラーが好きなクールな16才の女子高生ジュノ(エレン・ペイジ)は、親友ブリーカー(マイケル・セラ)と興味本位にセックスをして妊娠してしまう。中絶を思いとどまったジュノは、友だちのリア(オリヴィア・サールビー)に協力してもらい...

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments