2008年06月17日

シークレット・サンシャイン 83点(100点満点中)08-200

「永井先生ごめんなさい」「あーいいよ許す許す」
公式サイト

『オアシス』以降、現場から離れていた、イ・チャンドン監督による四年ぶりの復帰作

韓国の作家イ・チョンジュンの『虫の物語』とのタイトルが、原作として挙げられているが、知る範囲において、その作品がそのタイトルで現在までに日本で発表された事は無い。これは本国での紹介記事をそのまま訳しただけなどの、手抜き仕事あたりが発祥となっている齟齬だろう。

原作は、光州事件の事後処理に際して、訴えた被害者ではなく加害者の側から和解を申し出た、との事実を着想とし、それをもう少しミニマムな被害事例に置き換えて、疑問を普遍的に抱かせるべく書かれたもの。今回の映画版では、誘拐殺人事件、宗教との出会い、加害者との対面、らの大枠を使用し、大幅にストーリーを膨らませ、監督独自の観点、解釈を盛り込んだ。らしい。何せ読めないので知る由もない。

ともあれ、人が人を赦す、との局面に注視し意味を問いかけ、そこから、人の幸福とはどこにあるのか、どこに見出せるのか、とまで発展させているのが、本作のテーマだろう。

その基点として用いられているのは、誘拐殺人そのものではなく、犯人との対面の場である、との構成により、事象ではなくそれを通した人間の内面、本質を描く事が、本作の主眼である事も見て取れる。

受賞歴があると偽ったところでピアノが上手くなるわけでもなく演奏を失敗する。金があると見栄を張っても、実際には身代金もロクに用意出来ない。彼女が徹夜で作ったと思われる偽金を、笑えない状況ながら失笑を禁じ得ない描写で見せられるのは、それが彼女の欺瞞の象徴だからこそだ。

幼い息子の髪を染めているのは、息子を人間ではなく自らの所有物、付属品として、ステータスのためのアイテム扱いしている表現だ(これは現実世界のバカ親も同じ)。だからこそ、息子を失った喪失感が"我が事"として最大に強まり、執着から逃れられなくなってしまう。結局はエゴの塊なのだ。

そして事後、神を冒涜しようと姦淫を目論んだところで、本当はそんな事をしたくないから吐いてしまう。など、主人公が辿る行動と結果、全てが、変えようとするのは上辺だけで、実質は何も変わっていないからこそ、そのギャップにより破綻が生じる、との皮肉を描いている。

その皮肉の頂点となるのが、犯人との面会シーンとなる。本作における宗教の描写は、決して神の存在を否定しているわけでも、信仰は救いとならないと主張しているわけでもない。何故なら当の犯人は"赦されている"のだから。

だが、赦しを与えているのは神ではなく、神の赦しを信じる自分自身である。犯人が"赦された"のは、自分が赦されたいと思っていたからだ。一方主人公の側は、本当は"赦せない"と思っているのだから、神が赦せと言っているからと赦せるわけがない。自然の帰結である。

つまるところ、「信じる者は救われる」だの、「神はあなたの心の中にいる」との言葉は、決して欺瞞ではなく、全ては当人の心の持ち様だ、との真理を徹底すべく、主人公が辿る運命と、周囲のそれとの落差による皮肉を、いちいち周到させている事が、本作の憎らしい仕掛けとなる。

店の内装を変えろと主人公に言われ、実際に変えた事で成功した店主、とのくだりは、個人商店にとっての店は店主のインナースペースに等しいものであるとの観点により、自らの内面を変える事に成功した者の象徴として配置されている。終盤に至ってもまだ、美容院=自らの外面を飾ろうとし、そこでの皮肉な出会いによって、内面はいまだ変える事が出来ないでいる、と展開された直後の主人公の前に彼女が現われるのは、両者のギャップによって皮肉を表す意図によるものだ。

店という空間が象徴的に用いられているのは、ここに限らず、主人公のピアノ教室やラストの美容院など、人物の出と入りを心象の交錯に重ねている表現からも瞭然。

両者の対比で示されるものは、外部からの働きかけはきっかけにすぎず、内から変わるのは自らの意志である、という事ともう一つ、自らのプライドやステータスに拘泥しすぎない、考えすぎない方が、幸福を掴むには容易である、との皮肉な真理でもある。だがしかし、本作は抽象的な隠喩表現を多用する事で、自分で深く考える事を要求している。これもまた皮肉。

ファーストシーン、彼女が空を見上げる描写は、新天地であると彼女が思い込んでいる転居先に対し、望んでいる希望、理想が高みにあると示しているものだ。総じて彼女は空=高みにこだわり続け、そちら側にしか目が向いていない事=視野狭窄が、全ての不幸の原因となっている。

セックス未遂シーンでは、上空から見下ろす視点=神の視点にて、彼女が虚空を見上げて神に語りかける描写が用いられる。ここでもまた、彼女が信じようとした神が、空=高みにいるとの思い込みから逃れなれない姿により、彼女の自縄自縛を表している。

ラストシーンでカメラが彼女から外れ、すぐ近くの地面を映すのは、己の範疇にて地に足をつけて生きる事こそが、神=幸福を見出せるとの意味だ。すなわち幸せとはすぐそばにあり、それに気づくも気づけないのも見方一つだ、と、彼女を散々苦しめた末の、皮肉な結論として提示している。との解釈および、彼女が神に「見ている?」と問いかけた解答として、彼女を見ていない事を表すためのフレームアウト、と見て取る事も可能。どちらにせよ、彼女の自覚無しには何も進まないとの、現実は変わらないが。

ソン・ガンホ演じる男もまた、彼女をすぐそばで見続ける者として、"神が見ている"概念に対するアイロニカルなメタファーとして配されている。脳天気な彼の存在は、だが彼女の不幸に対し何ら癒しとなるわけでもない。時にすがる様に救いを求めても、何ら助けになる事は行わず、必要な時に限って現われず、欲しくもない花を贈り、最も会いたくない相手がいる美容院に連れて行ってしまう。意地が悪いにも程がある。

いわゆる韓流映画とは全く趣を異にし、気持ち悪い甘ったるさや大仰なアクションが見られない本作、祖母が取り乱し泣きわめく様を見苦しく描いているのは、韓流的、あるいは韓国的なありようをディフォルメし、見られている事を意識して行動する愚かしさを強調する皮肉だろう。

だが、いくら韓流的を否定すると言っても、ヒロインが何故モテるのかすらよくわからない、ただのオバサンでは、二時間を超える長さにつきあわさせるには苦しすぎる。そんなリアリティは不要だ。


tsubuanco at 11:05│Comments(4)TrackBack(3)clip!映画 

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1. 【2008-141】シークレット・サンシャイン  [ ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! ]   2008年06月25日 21:55
3 人気ブログランキングの順位は? ふりそそぐ陽射しを どれだけ浴びたら あなたの悲しみは 消えてゆくのだろう
2. シークレット・サンシャイン  [ しぇんて的風来坊ブログ ]   2008年08月10日 23:54
なるほど。宗教に深く入る人々も多い(この映画にあるようにキリスト教信者も多い、ただし深い知識はないので多くある情報についても判断できないのでここでは不問)韓国である意味、一部に物議を醸したのは分かるような描き方がある。宗教を批判というより、何の理想や神の...
3. シークレット・サンシャイン■韓流ベルイマン?  [ 映画と出会う・世界が変わる ]   2008年08月24日 08:28
いかなる不幸や残酷な事件に見舞われようと神は不在、あるいは沈黙するのみという冷厳な事実をつきつけるのみだというベルイマン作品のような内容である。ベルイマンの作品がある種、抽象的であり、高踏的なタッチであるのに対して、この「シークレット・サンシャイン」は...

この記事へのコメント

1. Posted by サスケ   2008年06月18日 11:32
5 時折、女優が永作博美に見えたので、熟女魅力が備わってると勝手に解釈しました。モテる理由は謎ですね。フライヤーの謳い文句で、彼女に対する光が側にいるソン・ガンホに当たり気づくまでの軌跡を描くのかと臭い展開が最後待ち受けてるのかと思ってましたが、杞憂でした。「神の目」と呼ばれる俯瞰を使わず据え置きで、髪の毛の行く末を追う地を狙ったのが良かったです。憑き物を落とすなんて韓国にはそんな文化はないのかな。
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月18日 17:10
今井美樹に見えた時はありますが、永作は無理っす。

ソン・ガンホが頑張って色々やるけど役に立たないor余計にマズい方へ、ってのは『グエムル』にも通ずるものが。
3. Posted by 通りすがり   2009年05月17日 22:32
4 人の死に際し、女性が大げさに悲しみを表現するのは韓国の風習です。
泣き屋という商売があるくらいですから。
4. Posted by passer-by   2009年10月21日 11:51
先日DVDで観ました。

ラストの犯人の娘とのやりとりに、少し戸惑いを覚えました。私が犯人の娘のほうに少し感情移入してしまったからか、主人公の突然の立腹に混乱したからです。つぶあんこさんの批評を読んで納得できました。なるほど。

この映画について、「宗教の矛盾」を描いているという感想が散見されますが、これについても、私はつぶあんこさんの批評が正解だと思います。

この映画の批評について、いくつかネットで読みましたが、ここが一番だと思う。

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