2008年06月17日

ブレス 62点(100点満点中)

さらに! 湖底へもぐった!
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韓国映画界の異才キム・ギドク監督の最新作。今回は中国の人気俳優であるチャン・チェンを主演の一人に据えている事で話題となっている。

韓国映画に中国人を出して言語的な事は大丈夫なのか、と誰でも思うだろうが、劇中で一言も喋らない役を演じさせ、杞憂を驚きと共に一掃させるのだから面白い。そもそもキム・ギドク作品は、一部例外を除き人があまり喋らないのが定番なのだから、それを徹底させた今回の仕掛けは、極めて自然だ。

チャン演じる死刑囚が、刑務所の中で一切言葉を発しない事と相似させる様に、ヒロインは自らの家庭内では一言も喋らない。刑務所という空間が持つ意味を、物理的、制度的なものに留まらせず、精神的なメタファーとして、ヒロインの心象に投影させている。これは、現代韓国を舞台としつつ非現実的な事象、現象をもって、寓話的メタファーとする、これまでの手法と変わらないものだ。

男女間の恋愛を、一方的な自己拘泥の執着や欲望として描いている事も同様。ただ今回は、四季の移り変わりによるシチュエーションの反復は『春夏秋冬そして春』、人妻と無口な男の密会は『うつせみ』など、作品の構造物や人物構図をも、過去作を想起させるがごとく用いている事が印象深くなる。ヒロインのチアは、『コーストガード』にてもキチガイストーカーを演じており、やはり今回の役柄と重なる。

だがそのスタイルが、集大成的な完成度として寄与するよりは、焼き直し内向きなセルフパロディとして感じられてしまう結果となり、純粋な驚きや楽しみは減じられているのが残念。

警備モニター室の描写において、その内向きな姿勢は顕著となる。面会シチュエーションの反復において、主人公二人の距離感を制御、支配する、超越した存在として配されている警備課長の存在は、紛れもなく"神の視点"を具現化したものだ。彼を演じているのが監督本人である事からも、それは明白である。

この場面にて、モニターを見ている彼の姿を、モニター画面に映り込んでいる像として見せる、との映像構成により、神の神秘性を保ちつつ、主人公二人の動向に対するリアクションとしての動向を、微妙に見え隠れする像によって、観客の注視を誘い、存在の意味を表している。ヒロインの夫が入室してきた際にモニターを切るのは、"劇中人物"による"劇場"の客観視を拒絶する行為である。

メタ的手法にて世界の構造を複層化させ、虚構と現実の境界を混沌とさせてしまいつつ、だが夫は強引にモニターをつけて劇場を俯瞰視してしまう=劇中の現実を見てしまう、との更なる混淆を呼ぶ展開は、だが内向きな楽屋オチ的な印象を強め、観客のテンションの停滞を生じさせてしまうものだ。

面会室内に四季を再現する、との仕掛けそのものが、これまたメタ的な構造を象徴している。ただしこちらは、夫との思い出の再現として四季を表現しながら、それを共有する相手が夫ではなく死刑囚、との皮肉な構図がまず痛々しく、何より痛々しさでいえば、売れないアイドルの様に歌い踊るヒロインの姿ほど痛々しいものはない。

この痛々しさは間違いなく意図的なものだ。歌も踊りも素人丸出しのヘタクソなもので苦笑する他なく、にも拘らずフルコーラス延々続けられるのだから、苦笑を通りこして失笑となる。思い込みの暴走による自己撞着が、傍目からは滑稽極まりない愚かしいものだ、との皮肉をストレートに伝えきっている。

そして、春夏秋は壁紙や小道具を周到させながら、最後の面会では何も施さず素の白い壁のみ、との変化が興味深い。これは、殺風景な白い壁を冬の光景に見立てている、との解釈がまず容易に浮かぶが、それだけに終わらない。その面会シーンと平行して見せられる、夫と娘が外で待っている場面では、今まで閉鎖された空間内に再現された紛い物の季節とは正対し、外空間のリアルに雪景色が広がり、父娘が楽しく遊んでいるのだ。この内と外のギャップの描写が、ヒロインの心象の推移を表現していると見るべきだろう。外の雪景色が彼女を待っているからこそ、中の空間には季節=夫への思いが再現されていない、という事だ。

ゆえにその場にて、彼女は死刑囚との関係を決着づけ、自己拘泥から逃れる事が出来た。だから面会室で彼女は歌わず、車中にて家族で冬の歌を歌う。一方で死刑囚側は、彼女に会うまで捨てていた筈の執着が完全に甦り、ために閉ざされた房内にて、受刑者に囲まれて最期を迎える事となる。対面していた二人は、だが実はその奥に自分の執着を見ていたのみである、と結論づけられるのだ。

面会室における異空間と、それを制御する警備課長の超存在は、それ自体が作品構造の主体であるため、非現実的である事こそに意味があるものとして受け入れる事が可能だ。だがそれ以外の、状況を表すための描写や設定における、現実として首を傾げざるを得ない事象の存在は、先述した主体とのバランスに問題を生じさせ、悪い意味での違和感を付きまとわせるものとして、全体の完成度を貶めている。

死刑囚が他の懲役囚と同じ雑居房に収容されていたり、コップをぶつけられて流血した夫が、夜まで血を拭きすらしないままピアノを弾いている、などが、具体的な違和感となる。それらが作中に果たしている意図や役割が明確だからこそ、逆に作為を感じさせて移入を阻害する事となる。

とにかく今回は総合的な構成が雑だ。外国人俳優の起用によるメジャー志向が元凶なのか。

一人遊び中に母親が入ってきて、慌てて何もなかった様に取り繕う演技が秀逸な、娘役のキム・ウンソは、美少女子役としての今後に期待出来る逸材。

『弓』レビュー
『絶対の愛』レビュー
何故か似ている『接吻』レビュー


tsubuanco at 14:23│Comments(0)TrackBack(1)clip!映画 

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上映時間は84分。最近の映画の中では短い方であるが、非常に濃密な84分間。チャン・チェン演じる主人公はセリフをひとことも発しない。一方、彼を訪ねてくるヨンという女性は、家の中ではセリフを一言も発しない。ヨンが男にプレゼントしたのは「春」と「夏」と「秋」であ...

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