2008年06月17日

アウェイ・フロム・ハー 君を想う 84点(100点満点中)

犬じゃない!犬なんかじゃない…!
公式サイト

『死ぬまでにしたい10のこと』や『ドーン・オブ・ザ・デッド』の主演女優、サラ・ポーリーが、監督と脚本を手がける、初の長編映画。原作は彼女と同じくカナダ出身の女流作家、アリス・マンローの短編小説『クマが山を越えてきた』

まだ年若い監督が、老人のボケと恋愛という題材を扱っている点において、同様にボケ老人の愛を扱った日本映画『殯の森』を想起させもする。クリエイティブな才能を持つ女性だけに、若い段階から既に晩年や死後さえも考え巡らせているのだろうか。この両作、ボケる側の性差こそあれ、男が女への執着や罪悪感で苦悩する、との図式は共通しており、女性の本心が透けて見える様で面白い。

女性作家が書いた物語を女性監督が脚色、演出している本作は、男性を主人公としながらも、女性視点による男性への皮肉が随所に巡らされており、夫婦やカップルで観るには相応しくない、意地の悪い内容だ。

基本的な流れは原作に忠実だが、主人公を苦悩させる描写、展開が増量されているのは、サラ・ポーリーによる更なる解釈、あるいは更なる意地悪な視点によるものだろう。ガチガチの主義者だけに容赦がない。

妻フィオーナが夫である主人公グラントに対し、軍用犬に「犬」と刻まれたタグが付けられている逸話を語る場面があるが、原作では夫が妻にその話をしようか、と考えるが思いとどまるくだりとして描かれている。この序盤の改変の段階で既に、女性視点による男性への皮肉、諧謔の姿勢が強く見て取れる。

男はセックスと愛を別に考えている、との観点を主人公の精神基盤として、過去の女性遍歴を踏まえつつ、それでも妻を愛している、との描写は、男性視点から見てもリアルなものだ。だが、"現在"におけるセックス描写が存在しない原作に対し、本作では老人である主人公が老女とセックスするシーンが二度も用意されている。これは、一般的な男性の機能を考えると、リアルとは言い難い。このあたりの、精神と肉体に対する認識の齟齬は、監督の若さによるものか。

その点は、主人公が特別に元気だったと考える事にして、わざわざ追加した二度のセックスを、原作より一層に主人公(=男)の心を追いつめる要因として、意地悪く配置している作劇センスに関しては、憎らしいほどに的確。

入所直前に妻とのセックスを置く事で、妻が確かに夫を愛している事を、夫の側にも観客にも認識させておくからこそ、その後の展開が夫にとって納得の行かない、受け入れ難いショックとして突きつけられる事となる。記憶を失う妻に対し、妻との思い出が主人公を苦しめる、との図式を強める意図が成功している。

別の老女、マリアンとの間に行われるセックスもまた、主人公の決断、諦めを、もう引き下がれない段階までに確定づけるものとして、主人公にも観客にも認識させる目的が、充分以上に果たされている。これがあるからこそ、本来希望だった筈のものが大いなる"罰"として提示される、ラストシーンの取り返しのつかなさが最大となり、どうしていいか困り果てる主人公と同様、観客もどう反応していいか困り果ててしまう事となる。愛と逃避が混在した主人公の決断が、苦悩の末によるものだからこそ、救いのなさは究極となる。

そうして、徹頭徹尾男に対する罰ゲームを展開して放り投げた挙句に、エンディング曲で「Helpless」と連呼し続けるのだから、意地が悪いにも程がある。セックスにだらしのない男どもを冷笑する、監督のクールスマイルが目に浮かぶ様だ。美人だけにタチが悪い。

主人公の妻フィオーナを演じたジュリー・クリスティの、年相応に見えるものの紛れもなく美人で、充分に魅力的に見えてしまう、ビジュアルと表現の巧みさこそが、二人の男を執着させ苦しめる本作のストーリーに、何よりの説得力となっている事は言うまでもない。女優賞を総嘗めして当然の存在感だ。

笑顔の美しさに比して、後半のふさぎ込んだ場面においては、まるで別人かと思わされる程に、一気に老け込んで醜くなってしまう落差もまた凄い。夫にキスされた瞬間に嫌悪の表情となって、異変を観客に一目で気づかせる演出、演技も秀逸だ。

映画オリジナル人物である、元実況マンの存在も面白い。当初は施設の設定を説明するための、記号的なボケ老人として少しだけ印象づけた上で、テレビ観戦シーンでの"活躍"で観客を驚かせ、"終わっていない"とのエクスキューズをも与えるとともに、主人公の態度によって、"他者への尊重"の精神を表現させている。更には恩を仇で返すかの様に、エレベーター場面では主人公の心象を実況中継して、観客を苦笑させると同時に主人公を追いつめて苦しめる、と、一つの表現に複数の意図を持たせる、アイロニーの象徴であり、見事なアレンジだ。

同じくオリジナル場面である、面会に来た若いパンク女性と主人公との会話では、この場の状況に対し特段の感情を持たない者と主人公とを並ばせる事で、ミジメな状況を主人公にあらためて痛感させる、との、同情に見せかけた追い落としが図られており、また苦笑する他ない。不必要な程に美人がキャスティングされている事からも、この女性は間違いなく監督自身の投影だろう。芯から意地が悪い。

全くもって涙と感動どころではないアンチハリウッド極まりない姿勢は、劇中で語られる米映画批判からも瞭然だが、米軍戦略批判も含め、あからさまな思想を唐突に台詞で言わせてしまうのは、若さゆえの過ちに他ならず、こちらは監督の意図とは別の意味で、苦笑するしかない。若くて美人で才能がある、素晴らしい女性である事は賞賛に値するが、だからと言って、何でも許されるわけではない。

『あなたになら言える秘密のこと』レビュー



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