2008年06月23日

ぐるりのこと。 63点(100点満点中)

「クモ見たら殺しとけよ」
公式サイト

同性愛者に代表されるマイノリティを描く事が多かった、橋口亮輔監督の最新作。ブランクの間に鬱病になり、それを克服した自身の経験を元に、本作は作られているそうだ。

どちらか一つだけでも一本の映画として成立するであろう、精神を病む妻(木村多江)の話と、法廷画家として裁判所に通う夫(リリー・フランキー)の話とを、夫婦である事を軸として、相互に絡ませてテーマを相乗させている事が、本作の特色だろう。

その二つは、基本的に事象としては絡まずに進んでいくために、皮相的な見方としては乖離を感じさせるものでもある。だが、事象として絡まないのは、夫婦がそれぞれ"外界"において全く別行動であると示し、妻の精神が追いつめられていく事由に繋げているのだから、この乖離は意図的なものである。

その上で、両者が同じ場所に存在する場面として、まず序盤の痴話ゲンカシーンを用意し、セックスという物理的行為をお題とした長回しトークによって、表層的な決めごとに固執する妻と、それに反する夫の、物事の捉え方の温度差を提示。だがこの時は、決めてかからないと不安になる妻の、裏返しの弱さよりむしろ、夫のだらしなさ、いい加減さ、エロさの方が、印象として強くなるべく、会話の方向性を誘導している事が要点となる。

この時、夫が手にして弄んでいる怪獣ソフビは、えむぱい屋製の『エッチ』という名のパチモン怪獣である。パチモンのエッチすなわち虚飾のセックスとのメタファーの意図だろう。だが本作の時代設定では、このソフビは存在しないのだ。閑話休題。

その前段として、仕事にかこつけてナンパを繰り返す夫のだらしなさと、「女で苦労するってわかってる」「私がしっかりしてれば大丈夫」と、"大きい女"を自負し、同僚もそれを認めているらしき妻の"賢さ"とを比較する様に交互に見せる、導入部があった上での痴話ゲンカシーンであり、スケベな夫のだらしなさに苦労する女の話と、観客の印象をミスリードさせる狙いがある事は明白だ。

だが実際には夫は法廷画家として一本立ちし、"女好き"にまつわる展開は、ついぞ妻を悩ます事がなくなる。一方の妻は、ちゃんとする、しっかりする、との指針に振り回されるのみで、現実とのギャップにより自滅していく、との、皮肉ながら極めてリアルな落差が展開するのだから、意地が悪いにも程がある。序盤の展開は、夫のだらしなさではなく、妻の近視眼的直情の危うさの伏線であった、と、この段で気づかされる事となる。

それでいて、序盤の展開はそれはそれで面白く見られるのだから、脚本構成や演出が、観客の興味を惹く事と、ミスリードに誘う事の両立が成功していると評価出来る。その究極となるのが、長回しによる痴話ゲンカシーンとなる。

ここで応酬される、最初は"作られた"感が強かったダイアローグが、ケンカが続くに連れてどんどん要点がずれてグダグダになっていき、極めてリアルな"噛み合なさ"へと変容していく様は、おそらくは脚本通りからアドリブへと変わっていく、作劇の変化がそのままリアルタイムで現われたものだろう。この手法は『人のセックスを笑うな』で用いられたそれにも通ずるものだ。

そしてこの序盤の長回しでは、二人の痴話ゲンカを客観的に傍観するべく、対象から距離をとったロングの視点で展開されているのも、『人のセックス〜』と共通する。

一方、その場面と対となるべく反復される、後半クライマックスの、同じく長回しによる号泣シーンにおいては、カメラはより近づいた視点で対象を捉えている。この距離感の縮まりは、この段にてようやく二人の心的距離感が縮まった事を意味しているものだ。

一方は微笑ましい痴話ゲンカ、一方は本音の爆発、との感情の差を設けて、両場面の差異を際立たせるだけでなく、近似した言動を対比させる事でも、その差異を描いている。妻が夫の手の甲を舐めるところから始まる前者は、妻が夫を信じておらず、支配したがっているとの心象を具現化したものだ。それに対し後者は、夫が妻の鼻の頭を舐めるところで終わる。これは夫が妻を等価に許容している表現である。「バッカじゃない」「バカ言うな」の、同じやりとりが、全く違う印象にて用いられている対比では、後者におてけるの妻の言にて、夫の"バカ"を許容した事の現われとして描かれている。

のだが、この二つの場面のアドリブまじりによる応酬のリアルさと、リリー・フランキーの脱力系台詞回しのリアルさに比して、それ以外の人物、場面においての言葉、演技のいちいちが、作為的なあざとさを感じさせられるものである事は、作品そのものを"作り物"として感ぜざるを得なくさせ、興味を損なう要因となってしまっている。

八嶋智人が鬱陶しいキャラなのは、役者イメージにも合っているために、まだ受け入れられるものの、他の出演者の芝居じみたアクションや演技タイミングは問題だ。全般的にそうだが、特に法廷シーンにそれは顕著となる。加瀬亮演じる宮崎勤(をモデルとした被告)の、殊更なキチガイキャラでまず興醒めとなり、宅間守(同様)が傍聴席の遺族を挑発するくだりにおける、言って、去って、泣いて、崩れて、抱いて、と、段取りに沿ってぎこちなく動いている事が見え見えの作劇、演出は、あまりに素人じみたものでしかなく、本来なら生じるであろう被告に対する憤りも、遺族に対する憐憫も、全く湧かないどころか、逆にシラケきってしまう事となる。

あるいは、実際に起こった悲劇をストレートに再現しているだけに、リアリティを薄れさせるための意図的な仕掛け、とも、最大に好意的に考えれば捉えられなくもないが、そうではないだろう。10年近い歳月が流れるにも拘らず、登場人物の誰も老けていない事も、悪い意味でリアリティの欠如を強く感じさせるものだ。

一方、距離感見方こそがテーマとなる本作において、法廷画家である夫の視点を通じて、被告や証人を見、それが意味しているものを、殊更に説明する事はない、との手法は良くしたものだ。特に、園児殺害事件の裁判においての、被害者の母の足元と、加害者の足元をクローズアップして対比させた仕掛けは面白い。両者を演じた横山めぐみと片岡礼子の、ビジュアルや演技の対比を際立たせた作為性が、この段においては有意に作用している。

また、その流れを次の場面、夫婦激突の中にも持ち込んで、「泣いたらいい人とは限らん」の台詞に、考えていない様で考えている夫の内面を象徴させるといった、相互に絡ませた構成も上手い。

妻の"考えすぎ"を際立たせるかのごとく、兄夫婦を始めとする周囲の人間の"無神経"さを、これでもかと強調する仕掛けも入念。子供や妊婦の前だろうが食事中だろうが、スパスパタバコを吸いまくる様の鬱陶しさは、意図的な鬱陶しさだろう。

だが、トンカツ屋における寺島の"無神経"さに対し、料理人側から"悪意"が示されるものの、尚且つ"無神経"な寺島はその"悪意"にすら鈍感である、との、客観と主観の差異によって同じ事象が全く別の印象となるくだりからも、何も考えない、無神経な方が幸せだ、などと短絡的な結論ではない事は瞭然である。

母が傾倒しているらしき宗教と、オウム真理教のサリン事件の裁判、更には終盤の寺院などの対比によって、宗教との距離のとり方をも象徴させているなどからも、○×ではなく"ほどほど"を肝要とする、本作の有りようは見て取れる。

それにしても、もともと美人である木村多江を主演に据え、それに相応しくとことん美人に捉えきった事だけは、手放しで大いに評価出来る。アナルセックス未遂時の汗ばんだ肌が醸すエロスは最強だ。

だが寺田農の絵画バックルは、小ネタとして誰にも言及させないままの方が面白かった筈。


tsubuanco at 16:44│Comments(2)TrackBack(17)clip!映画 

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2. Posted by サスケ   2008年07月30日 14:47
5 所々突っ込みはあるようですが、流れる時代のうねりを『法廷画家の視点』で描くのは巧いと思いました。冒頭、木村多江が受ける足つぼマッサージがこの映画の象徴にもなってるのだそうです。「だんだん痛くなる」素晴らしい映画でした。
3. Posted by kimion20002000   2008年12月24日 20:00
>それ以外の人物、場面においての言葉、演技のいちいちが、作為的なあざとさを感じさせられるものである事は、作品そのものを"作り物"として感ぜざるを得なくさせ、興味を損なう要因となってしまっている。

まったくそうです。
とくに、記者クラブの描写とか、がっくりきてしまいました。

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