2008年06月26日

モンテーニュ通りのカフェ 72点(100点満点中)

みうらじゅん「『おフランス」と『ラ・フランス』って似てるよね」
公式サイト

2006年のフランス映画祭にて、原題の直訳『オーケストラ・シート』というタイトルにて公開された本作の、ロードショー公開としてのタイトルがこれ。

特定の場所を舞台としたオムニバス群像劇である事から、拠点となる場所をタイトルとした方がわかりやすい、との考えだろうか。だが本作にては、カフェが拠点となるわけではなく、そこで働く主人公のジェシカ(セシル・ドゥ・フランス)が、各登場人物の間を行き来して繋ぎあわせる役割として機能している事および、彼女が素晴らしく魅力的に設定、描写されている事の方ががポイントとなる。

セシル・ドゥ・フランスと言えば、フランス製ホラー映画『ハイテンション』にて、キチガイレズビアンである主人公をハイテンションに演じきった事が強く印象に残る。本作では、ボーイッシュな髪型はそのまま、ハイテンションな事も変わらないのだが、キチガイどころかむしろ問題を抱えた人の心を癒して回る、学園青春もの少女漫画の主人公のごときキャラクターを演じており、その変わり様には驚かされる。

金髪巻き毛のショーットカットにトンガッた高い鼻、どんな場所にもスイスイ入り込み、同じ様に人の心にもスイスイと入り込んで、自分の悩みは押し隠して周囲を明るく変えていく、とのキャラクターは、見た目も性格も役割も、庄司陽子の『生徒諸君!』の主人公ナッキーを実写化したかの様だ。間違いなく内山理名より全然しっくり来る。

本作のメイン登場人物達は、いわゆる勝ち組と負け組に大別した設定が、意図的になされている。同日同時刻に開催される三つのイベント、オークション、コンサート、演劇、の、三つのドラマパートの中心となる人物達は、金銭的にも社会的にも成功者に位置づけられるが、当人達は現在の状況に満足しておらず、それぞれ悩みを吐露し続けている。

一方で、田舎からパリに出てきてカフェでバイトし、ホテルのカフェではドリンクの注文にすら躊躇し、今日明日の寝るところすら定まっていない、日本で言えばネカフェ難民に位置する主人公や、歌手を目指していたが諦めて裏働きを続けるホール管理人のオバチャンらは、客観的に見れば負け組に位置づけられるものの、彼女らは何ら愚痴をこぼす事もなく、自分の人生を前向きに生きている。

この、"贅沢な悩み""足るを知る幸福"とが、同列に扱われている事が興味深い。特段に社会派テーマとして前面に押し出すのではなく、時にアイロニカルに、時にストレートな笑いや感動により、"人生いろいろ"の表現として描いている事で、柔らかい雰囲気が損なわれない様になされているのが嬉しい。

主人公が主人公だからと言って特段に活躍したり前に出るわけでもない、との、同様のバランスが顕著となるのが、クライマックスの"本番"場面の描かれ方だろう。演劇とコンサート、オークションの三つが同時並行して展開するこの場面、特にコンサート場面では演奏を途中でブチ切って別の場面へ飛んでいるにも拘らず、何ら違和感のないスムーズな場面移動が行われている、編集構成の妙がまず秀逸。

そして、このクライマックス場面では、それまで散々チョロチョロと各パートに顔を出していた主人公ジェシカは姿を見せず、各パートの人物達が"主人公"として各々のドラマを盛り上げ、悩みを昇華させていく、との転換が、観客がそうと意識しない様に、サラリと自然に行われているのが素晴らしい。主人公は影響を与えるのみに留まり、人生を切り開くのは自分自身であるとのメッセージが、押し付けがましくなく伝えられる由縁である。

主人公が今夜はどこでどうやって寝場所を確保するのか、あるいは管理人のオバチャンは今度は何の曲でノリノリなのか、などの人物描写とストーリー展開を兼ねたネタへの期待も楽しい。

ソープオペラや古典喜劇に不満を抱えていた女優だが、映画監督が彼女を評価したのはそれらの演技からだ、との流れから、人生に無駄などなく、受け取り方ですべて変わってくると、皮肉を込め伝えられる展開が各ドラマに盛り込まれているのも気持ちいい。

冒頭、主人公がカフェに求職する場面にて、店主が女を雇わない理由としてゴチャゴチャと御託を並べ立て続けるが、それは実際には舞台設定などを観客に説明しているだけの内容に終始し、当の理由は最後に「決まりだから」で終わらせる、といった風に、状況や設定を説明するための台詞を、そう感じさせない様に、言い回しや組合せの妙で言葉自体を楽しませる工夫も抜かりがない。

その場面、長い説明が説明でしかなかったと観客に気づかせてズッコケさせるだけでなく、ボーイッシュな主人公に男物の制服を着せて、ビジュアルを引き立たせるための理由付けにもなっているのだから上手い。

軽妙なコメディに見せかけながら、ディフォルメした人間描写にリアルを投影させる手法も良くしたもの。ピアニストに日本人記者がインタビューしている場面にて、ピアニストがせっかくいい事を言っているのに遮り、どうでもいい様な低レベルな質問を繰り出すくだりなどは、当の日本の観客がこれを観ても、バカにされていると怒るどころか、日本のマスメディアにはこの通りに、対象に対する知識も見識もなく、マトモなインタビューを行えない、バカで恥知らずな自称ジャーナリストが大勢いる事に日頃からウンザリしているからこそ、「いるいる」と苦笑して楽しめてしまう。ピアニストが自虐的に口にする「トテモキレイ、トテモバカ」の言葉は、作り手の意図としては日本人インタビュアーに向けられた揶揄である。

と、全体の構成の狙いや枝葉の小ネタなど、充分に楽しめるものではあるが、ほぼ全てが予定調和に進んでハッピーエンドでは、いい話すぎて拍子抜けだ。女優の元夫の演出家など、何か展開があるのかと思わせて特に何もなく、背景の説明でしかなかったと、見終わってから気づく要素が多いのも勿体ない。

女優の着メロに周囲の誰一人触れようとしないのが、一番の笑いどころか。

『ハイテンション』レビュー


tsubuanco at 17:10│Comments(6)TrackBack(2)clip!映画 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. モンテーニュ通りのカフェ  [ ☆彡映画鑑賞日記☆彡 ]   2008年12月10日 20:26
 『人生に恋をした パリ、8区。 夢が座る時間に、 カフェも開く』  コチラの「モンテーニュ通りのカフェ」は、エッフェル塔を望み、シャンゼリゼとジョジュ・サンクを結び、劇場やオークション会場といったセレブが行き交う一角に実在する”カフェ・ド・テアトル”....
2. 「モンテーニュ通りのカフェ」  [ 心の栄養♪映画と英語のジョーク ]   2009年02月11日 11:12
こんなカフェで働けるっていいなぁ〜って思っちゃった^^

この記事へのコメント

1. Posted by 緑茶   2008年06月27日 00:06
「今後の予定」に「崖の上のポニョ
」が無いようですが
ぜひともゲド戦記の時のような快刀乱麻なレビューを拝見したいです。
映画から猛烈な間地雷臭がしますので。
2. Posted by つぶあんこ   2008年06月27日 17:32
ホントだ抜けてますね。もちろん観る予定ですよ。

何一つ食指を惹かれなかったダメ息子のゲドとは真逆に、頭から離れない主題歌(?)や、クラゲ場面など絶妙な手書き動画など、さすが宮崎駿と、むしろ期待が膨らむ予告だと思いますが。
3. Posted by せぷ   2008年06月29日 23:12
>そろそろ興味が別の方へ向いてきたらしい
ありゃ、マジですか!?
今後の予定リストもごっそりなくなってるし。
趣味でされているブログなので、やめるやめないは本人の自由ですが、もっとも信頼の置ける映画ブログがなくなるのは個人的にすごく惜しいです。
4. Posted by つぶあんこ   2008年06月30日 14:51
や、別にブログをやめるつもりはないのですが、観た全部に長文書くという、常軌を逸した更新は出来なくなりました。

鑑賞自体は続けますし、書きたい作品があって時間が出来れば書こうとは思っています。

面白いブログはあっても、信頼のおけるブログって、ないですよねえ。一番胡散臭いのは勿論ココです。
5. Posted by 緑茶   2008年07月01日 21:31


これからは肩の力を抜いていくというより、むしろ今まで頑張り過ぎたんじゃないでしょうか>つぶあんこ様
当サイトは数ある映画レビューサイトの中でも最も「深化」したレビューをするサイトの一つであると思いますが
傍から見ても作業量が半端ではなく、実収入面での見返りがあるわけでもない個人ブログに異常なまでに熱を入れすぎているのではないか、
いつかはそれが仇となってパッタリ更新が途絶えてしまうのではないかと失礼ながら思っておりました。
(とりえず今後もレビューをされるという事ですので安心しましたが…)
月1〜3本くらいで結構ですので、末永く映画レビューを続けて頂きたいです。
6. Posted by つぶあんこ   2008年07月03日 17:15
異常でしたよねえ。

元はと言えば、納得なり信頼なりが出来る映画レビューサイトやブログが、ネット上に存在しない、との理由から始めたんですよね。

ですから、全然知らない他人にとって、このブログがそんな存在になれたのであれば、うれしい事ではありますが。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments