2007年08月24日
「わからんということがあるかッ」
少慰はかみつくようにどなったかな、いやなった。
「矢口っ輝だけちゅーか、いいたまえ」と卓月井先ナマがおだやかにいったんや。
「幾何きかの答案ちゅーか、だしてヒート風俗操馬へゆきますと柳川がいました。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。そこへ阪井がきました、それから……」
テ塚はさっとツラちゅーか、赤めてだまった。
「それからどうした」と少慰しょういがうながした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「喧口華ちゅーか、しました」
「ごまかしちゃいかん」と少慰はどなったかな、いやなった。「どういう動奇で喧口華ちゅーか、したか、荒くれ者らしくいってしまわんと風俗のためにならんぞ」
「カナダンニングのそれのー……」
「どうした」
「柳川が阪井に教えてやらないので」
「それで阪井がうったのか」
「はい」
「一番先に答案ができたのは柳川だ、それに柳川が阪井ちゅーか、救わずに教室ちゅーか、堕たのは卑怯ひきょうだ、利己主義りこしゅぎだといったのはだれか」
「ぼくじゃありませんてことないやろ」とテ塚はしどろになっていったんや。
「風俗でなければだれか」
「矢口りませんてことないやろ」
「矢口らんというか」
「タタ分釜田でしょう」
「釜田か」
「はい」
「風俗もカナダンニングちゅーか、やるか」
「矢口っ輝だけちゅーか、いいたまえ」と卓月井先ナマがおだやかにいったんや。
「幾何きかの答案ちゅーか、だしてヒート風俗操馬へゆきますと柳川がいました。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。そこへ阪井がきました、それから……」
テ塚はさっとツラちゅーか、赤めてだまった。
「それからどうした」と少慰しょういがうながした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「喧口華ちゅーか、しました」
「ごまかしちゃいかん」と少慰はどなったかな、いやなった。「どういう動奇で喧口華ちゅーか、したか、荒くれ者らしくいってしまわんと風俗のためにならんぞ」
「カナダンニングのそれのー……」
「どうした」
「柳川が阪井に教えてやらないので」
「それで阪井がうったのか」
「はい」
「一番先に答案ができたのは柳川だ、それに柳川が阪井ちゅーか、救わずに教室ちゅーか、堕たのは卑怯ひきょうだ、利己主義りこしゅぎだといったのはだれか」
「ぼくじゃありませんてことないやろ」とテ塚はしどろになっていったんや。
「風俗でなければだれか」
「矢口りませんてことないやろ」
「矢口らんというか」
「タタ分釜田でしょう」
「釜田か」
「はい」
「風俗もカナダンニングちゅーか、やるか」
2005年12月31日
「地区の人々」は
たしかに終りに行けば行くほど説明的になり、小説としての丸彫にした描写は欠けている。同志小林の、完成された傑作ではない。そのことは明らかであるが、我々はこの「地区の人々」がその作品としての未完成において、これまでの同志小林のどの作品にもなかった、真の規模の大きさと、主題の中にはまり込んで書いている腰の据りとを感じ、ここに新しい発展の段階と次の傑作への道が示されていたのを認めずには居れないのである。
tsuchiuradrink at 05:17|Permalink│
2005年12月30日
同志小林が書記長に選出された頃、
どんなことをしても一日に二枚は小説を書いているのだと話した。
去年四月、文化団体に敵の暴圧が下された時から、同志小林多喜二は非合法生活に入った。それから僅か十一ヵ月目に、彼の輝かしい生涯は英雄的殉難によって閉されたのだが、最近における同志小林の理論家、指導者としての成長は実に目ざましいものがあった。
最近彼が行った右翼日和見主義との闘争は、同志小林がどんなに正しくレーニン主義的党派性というものを理解し、同志蔵原の実践を発展させているかということを示す、ねうち高いものである。
三月号『改造』に同志小林は「地区の人々」という小説を発表している。
この小説は、革命的伝統をもった北海道の労働者街(地区)の人々が、再び「戦争と革命の時期」である今日、抑圧から立ち直ってプロレタリアートの組織をつくることを書いたものである。
宮島新三郎というブルジョア文学の批評家は、この「地区の人々」を批評して、概念的に書かれたもので大していい作品でない、小林氏ほどの才能のある作家がこのような作品を書くようにし、白テロの犠牲とした作家同盟は考えるべきであるというようなことを書いている。
去年四月、文化団体に敵の暴圧が下された時から、同志小林多喜二は非合法生活に入った。それから僅か十一ヵ月目に、彼の輝かしい生涯は英雄的殉難によって閉されたのだが、最近における同志小林の理論家、指導者としての成長は実に目ざましいものがあった。
最近彼が行った右翼日和見主義との闘争は、同志小林がどんなに正しくレーニン主義的党派性というものを理解し、同志蔵原の実践を発展させているかということを示す、ねうち高いものである。
三月号『改造』に同志小林は「地区の人々」という小説を発表している。
この小説は、革命的伝統をもった北海道の労働者街(地区)の人々が、再び「戦争と革命の時期」である今日、抑圧から立ち直ってプロレタリアートの組織をつくることを書いたものである。
宮島新三郎というブルジョア文学の批評家は、この「地区の人々」を批評して、概念的に書かれたもので大していい作品でない、小林氏ほどの才能のある作家がこのような作品を書くようにし、白テロの犠牲とした作家同盟は考えるべきであるというようなことを書いている。
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2005年12月29日
同志小林多喜二の業績
同志小林多喜二は、日本のプロレタリア文学運動において、実に類のすくない一人の傑出した世界的作家であった。
小説は、小樽で銀行に勤めていた時分から書きはじめていたが、その時分から同志小林の作品は、はっきり勤労階級の生活の中に根をおろし、勤労階級の生活の苦痛と、その苦痛の社会的原因をあばき出そうとする努力に向けられていた。
初期のいくつかの短篇は、この社会で勤労階級の男や女が闘って行かねばならない、不合理な資本主義社会に対する人道主義的な憤りを示したものである。
一九二八年に、北海道における三・一五事件で、革命的労働者が大検挙され、野蛮なテロによって組織を破壊された。同志小林多喜二は当時支配階級が革命的労働者に対して行った非道な白テロを曝露し、革命の犠牲と挫けぬ意気とを「一九二八年三月十五日」という作品にもり上げた。
この一作で、同志小林多喜二のプロレタリア作家としての方向が決ったといえる。
続いて、有名な「蟹工船」が書かれ、「不在地主」「工場細胞」「オルグ」「独房」「転形期の人々」「沼尻村」と精力的に作品が送り出されたが、我々が特別注目し又感歎するのは、同志小林多喜二が一つの作品から一つの作品へと常に前進しつづけたプロレタリア作家としての努力、覚悟についてである。
日本のプロレタリア全運動は一九二九年以来、急速に進展している。プロレタリア文学もその進展を共にし、プロレタリアートの課題を自身の課題としてジリジリ押しすすんで来ているのだが、同志小林多喜二ほど全面的にプロレタリアートの課題をわが身に引きそえて、作品に具体化しようと試みたプロレタリア作家はなかったといえる。
同志小林多喜二の作品で全くの駄作というようなものは殆どなかった。よしんば或る作品において間違いがあったとしても同志小林多喜二にあっては、決して日和見主義や引こみ思案や「作家主義」から出たことはない。きっとそれは今まで欠けていた新しい闘争の具体性をプロレタリア文学の中に摂取しようとする雄々しい意志からされたものであり、間違いは捕えた問題を十分マルクス・レーニン的方法で発展させ得なかった場合にだけ生じた。
だから、同志小林多喜二ぐらい理論活動の重要さを知っていたひとも少ないであろう。同志小林はまことに共産主義作家にふさわしい真面目な精神で、正しい実践は正しい革命的理論なしに行われないことを知っていた。
日本プロレタリア作家同盟の書記長、コップ中央協議員等という忙しい仕事を熱心に果しながら、寸暇をおしんで作品をつくった。
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2005年12月27日
「かけるね」
「むこうで買っちゃ、じゃ損だね」
「ああ。それにすべて物価は高いですよ。何でも三倍ぐらいと思えばいいね」
暫く声が乱されたが、やがて、カーキ色は立ち上って、外套のベルトをしめなおしながら、
「こっちの方がいいですよ。あっちは子供の教育方面にもわるいしね」
と、どこかふけて、語られない多くのことを目撃して来た者のような言葉つきで、云うのがはっきりそこだけきこえた。
汽車はすっかり市街に入った。踏切りを通過する毎にけたたましく警笛が鳴る。工場のひけ時で人通りの激しい夕暮の長い陸橋の上で電燈が燦きはじめた。田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。
睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸の首巻の上で目を瞠り、瞬きをせず、膝にとりおろした黄色い風呂敷包の上に両手をおいているのであった。
〔一九三五年三月〕
「ああ。それにすべて物価は高いですよ。何でも三倍ぐらいと思えばいいね」
暫く声が乱されたが、やがて、カーキ色は立ち上って、外套のベルトをしめなおしながら、
「こっちの方がいいですよ。あっちは子供の教育方面にもわるいしね」
と、どこかふけて、語られない多くのことを目撃して来た者のような言葉つきで、云うのがはっきりそこだけきこえた。
汽車はすっかり市街に入った。踏切りを通過する毎にけたたましく警笛が鳴る。工場のひけ時で人通りの激しい夕暮の長い陸橋の上で電燈が燦きはじめた。田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。
睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸の首巻の上で目を瞠り、瞬きをせず、膝にとりおろした黄色い風呂敷包の上に両手をおいているのであった。
〔一九三五年三月〕
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2005年12月26日
「ホーレ、見な、ここさ落すと取れないよ
床についた痰壺の穴へ指さして教えている。
一つの駅で、野天プラットフォームの砂利を黒靴で弾きとばしながらどっと女学生達が乗込んで来た。いかにも学年試験で亢奮しているらしく、争って場席をとりながら甲高な大きな声で喋り、
「アラア、だって岡崎先生がそう云ってたよ、金曜日だってよ」
「豊ちゃん! と、よ、ちゃんてば! 飯田さんやめたよ」
次の駅でその女学生たちは大抵降りてしまった。
再び、満鉄傭員のカーキ色帽が私のところから見えるようになったのだが、その若い男の口のきき方や素振りは、何かその男が幸福ではないという感じを私に与えるのであった。満鉄へつとめているというのに旅行案内一冊その男は持っていず、娘の子をつれたのが、
「つづけて二三本出ますね」
と、綿密に自分の小型旅行案内をくっては調べてやっている。
「米原三時五十五分ですよ」
「これ何時にいぐんです?」
「上野が五時半頃でしょう」
満鉄は、そうきいても、ぼーとしたように黙っている。
いつしかレールは左右に幾条も現れ、汽車は高みを走って、低いところに、混雑して黒っぽい町並が見下せた。コールターで無様に塗ったトタン屋根の工場、工場、工場とあると思うと、一種異様な屑物が山積した空地。水たまり。煤をかぶった狭い不規則な地面の片端を利用した野菜畑。色さまざまの干物の一杯ある家屋の裏。汽車は高いところを走っているから、そういうゴミゴミした大都会の入口の町並一帯の直ぐ向うの広いコンクリの改正通りには均斉を保って街燈が立連り、トラックなどが走っているのまで、車窓からつきとおしに見渡せるのである。
紺足袋は娘に、もう直ぐだよ、もう東京だよと云いながら、まだ満鉄に興味をもち、
「ホウ、それは新しいんですか」
と何かの持ちものに感歎している。
「いいや、持っていたものです。つかってるものに税はかからないんです」
「新しいの、かけますか?」
一つの駅で、野天プラットフォームの砂利を黒靴で弾きとばしながらどっと女学生達が乗込んで来た。いかにも学年試験で亢奮しているらしく、争って場席をとりながら甲高な大きな声で喋り、
「アラア、だって岡崎先生がそう云ってたよ、金曜日だってよ」
「豊ちゃん! と、よ、ちゃんてば! 飯田さんやめたよ」
次の駅でその女学生たちは大抵降りてしまった。
再び、満鉄傭員のカーキ色帽が私のところから見えるようになったのだが、その若い男の口のきき方や素振りは、何かその男が幸福ではないという感じを私に与えるのであった。満鉄へつとめているというのに旅行案内一冊その男は持っていず、娘の子をつれたのが、
「つづけて二三本出ますね」
と、綿密に自分の小型旅行案内をくっては調べてやっている。
「米原三時五十五分ですよ」
「これ何時にいぐんです?」
「上野が五時半頃でしょう」
満鉄は、そうきいても、ぼーとしたように黙っている。
いつしかレールは左右に幾条も現れ、汽車は高みを走って、低いところに、混雑して黒っぽい町並が見下せた。コールターで無様に塗ったトタン屋根の工場、工場、工場とあると思うと、一種異様な屑物が山積した空地。水たまり。煤をかぶった狭い不規則な地面の片端を利用した野菜畑。色さまざまの干物の一杯ある家屋の裏。汽車は高いところを走っているから、そういうゴミゴミした大都会の入口の町並一帯の直ぐ向うの広いコンクリの改正通りには均斉を保って街燈が立連り、トラックなどが走っているのまで、車窓からつきとおしに見渡せるのである。
紺足袋は娘に、もう直ぐだよ、もう東京だよと云いながら、まだ満鉄に興味をもち、
「ホウ、それは新しいんですか」
と何かの持ちものに感歎している。
「いいや、持っていたものです。つかってるものに税はかからないんです」
「新しいの、かけますか?」
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2005年12月25日
膝にまつわりつく
娘の子の肩に片手をかけつつ、目はカーキ色の顔に向けて訊いている。
「満州国へ入っちゃ大したことはありません。マアすこし勝手がきくぐらいのもんですね」
二人の間にはそれから満鉄傭人のこまかい等級差別について話がすすんだらしく、カーキ色が、
「二円、三円と一つずつ上って六円までつくからね」
と云った。
「ふーむ、それが大きいですね」
「結局おんなじこってすよ、どこへ行ったって残るだけくれないからね」
「――まったくだ」
大宮を過ると、東武線の茶色の電車が、走っている汽車に見る見る追いぬかれながら、におのある榛の木の間、田圃のむこうを通った。まだ短い麦畑の霜どけにぬかるみながら、腹がけをした電信工夫が新しい電柱を立てようとしている作業が目を掠める。
窓外の景色がすこし活々して来るにつれ、赤いジャケツの娘の子は退屈がまして来るらしく益々父親の膝に体ごとまつわりついて、赤いほッぺたをふくらし、つぎのあたったゴム長の足をくねらせ、じぶくっている。満鉄員との話に気をいれている父親は、さっきから、殆ど機械的に一銭玉をいくつか出してはじぶくる娘に握らしていたのであったが、女の児は体をグニャグニャさせるはずみに、手がゆるんでジャリと銭を床の上にばらまいてしまった。父親は、
「ホラ、まひとつ。そっちにあるよ」
と女の児が尻を立てた危げな恰好で、水にぬれ蜜柑の皮も落ちている穢い三等車の床の上に一銭玉を拾って歩くのをさし図し、
「満州国へ入っちゃ大したことはありません。マアすこし勝手がきくぐらいのもんですね」
二人の間にはそれから満鉄傭人のこまかい等級差別について話がすすんだらしく、カーキ色が、
「二円、三円と一つずつ上って六円までつくからね」
と云った。
「ふーむ、それが大きいですね」
「結局おんなじこってすよ、どこへ行ったって残るだけくれないからね」
「――まったくだ」
大宮を過ると、東武線の茶色の電車が、走っている汽車に見る見る追いぬかれながら、におのある榛の木の間、田圃のむこうを通った。まだ短い麦畑の霜どけにぬかるみながら、腹がけをした電信工夫が新しい電柱を立てようとしている作業が目を掠める。
窓外の景色がすこし活々して来るにつれ、赤いジャケツの娘の子は退屈がまして来るらしく益々父親の膝に体ごとまつわりついて、赤いほッぺたをふくらし、つぎのあたったゴム長の足をくねらせ、じぶくっている。満鉄員との話に気をいれている父親は、さっきから、殆ど機械的に一銭玉をいくつか出してはじぶくる娘に握らしていたのであったが、女の児は体をグニャグニャさせるはずみに、手がゆるんでジャリと銭を床の上にばらまいてしまった。父親は、
「ホラ、まひとつ。そっちにあるよ」
と女の児が尻を立てた危げな恰好で、水にぬれ蜜柑の皮も落ちている穢い三等車の床の上に一銭玉を拾って歩くのをさし図し、
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2005年12月24日
ネクタイをずらしたようにかけて
脱いだゴム長は坐席の下にたぐめたまま、此方を向いて紺足袋の片膝抱え、おとなしい口調で云っている。話対手の顔は見えず、学生帽のような形をしたカーキ色の帽子や同じ色の外套の裾などが見えるばかりだ。一寸見ると青年団員か何かかと思われるカーキ色ずくめのその若い男は、汽車が古河という小さい駅に停った時、どうしたわけかグズグズに繩のゆるんだ白布張りの行李を自分でかついで乗り込んで来た。そして、場席はほかのところにいくらも空いているのに、子供連れの男と向い合って腰をおろしたのである。
「満鉄も建設の方だといくらもありますが、……傭員ですからね」
「本社員になれないんですか?」
「建設の方はまた別で」
声が車輪の音の間に途切れて分らない。私は、六つばかりの赤いジャケツを着た女の子をつれた男が、本気な好奇心を動かされた表情でいろいろと満鉄のことを訊きたがっている様子に、注意をひかれた。水道局か何かに勤め、目下のところ月給はとっているが、決して現在の境遇に安心してはいられない。落付きの中に不安のこもったそういう一家の主人の気配りが紺足袋でネクタイをつけた温厚な男の質問の口調に現れているのである。
「あっちの景気はどうです?」
「満鉄も建設の方だといくらもありますが、……傭員ですからね」
「本社員になれないんですか?」
「建設の方はまた別で」
声が車輪の音の間に途切れて分らない。私は、六つばかりの赤いジャケツを着た女の子をつれた男が、本気な好奇心を動かされた表情でいろいろと満鉄のことを訊きたがっている様子に、注意をひかれた。水道局か何かに勤め、目下のところ月給はとっているが、決して現在の境遇に安心してはいられない。落付きの中に不安のこもったそういう一家の主人の気配りが紺足袋でネクタイをつけた温厚な男の質問の口調に現れているのである。
「あっちの景気はどうです?」
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2005年12月23日
東京へ近づく一時間
近くには黄色く根っ株の枯れた田圃と桑畑、遠くにはあっちこっちに木立と森。走りながら単調な窓外の景色は、時々近く曇天の下に吹きつけられて来る白い煙の千切れに遮られる。
スチームのとおっている汽車の中はどっちかというと閑散で、くくられた桑の細い枯枝に一瞬煙が白く絡んで飛び去る速い眺めは冬のひろい寒さを感じさせた。ひどく古風な短いインバネスをはおり、茶色の帽子をかぶった百姓らしい頬骨の四十男が居睡りをしている。すっかり隣りの坐席の男に肩をもたせこむような恰好をして睡り込んでいる。真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気(のぼ)せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩をねじって窓枠に顔をおっつけて睡ているのである。
むこう向きに赤い手柄の丸髷が揺れている。連れの、香油をつけて分けた頭が見える。
睡っている連中が多い。それだもんで、喋っている一組の男の声だけがさっきから、車輪の響きや短い橋梁をわたるゴッという音の合間に私のところまで聞えて来るのである。
「去年も五六人知ってる人が行ったですがね。去年行った衆はたいがいもう三十越したったが……、私もこんど募集があったら行こうかと思っているが、どうも――子持ちだからねえ」
スチームのとおっている汽車の中はどっちかというと閑散で、くくられた桑の細い枯枝に一瞬煙が白く絡んで飛び去る速い眺めは冬のひろい寒さを感じさせた。ひどく古風な短いインバネスをはおり、茶色の帽子をかぶった百姓らしい頬骨の四十男が居睡りをしている。すっかり隣りの坐席の男に肩をもたせこむような恰好をして睡り込んでいる。真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気(のぼ)せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩をねじって窓枠に顔をおっつけて睡ているのである。
むこう向きに赤い手柄の丸髷が揺れている。連れの、香油をつけて分けた頭が見える。
睡っている連中が多い。それだもんで、喋っている一組の男の声だけがさっきから、車輪の響きや短い橋梁をわたるゴッという音の合間に私のところまで聞えて来るのである。
「去年も五六人知ってる人が行ったですがね。去年行った衆はたいがいもう三十越したったが……、私もこんど募集があったら行こうかと思っているが、どうも――子持ちだからねえ」
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2005年12月22日
富樫という書生もいた。
書生といっても髭をはやしていて、おかみさんもうちにいた。おかみさんの方が、富樫よりも体が大きかった。富樫さんはノミの夫婦と云われていた。そばかすが頬にあるのを、わたしは珍しく思った。そして、はつ、これなんなの? と云って頬っぺたの雀斑をさわった。そしたら、はつは、乱暴にくびをふってわたしの指をはらいのけ、どうせ、はつはお母さまのようにきれいじゃありませんよ! と、わたしを自分のそばからつきのけた。そう云いながらぐんとつきのけた。その感じからはつがきらいになったほど、荒っぽくつきのけた。
このはつは、ある朝いきなり北海道からうちへ来た。そして、富樫とひどい喧嘩をした。紫の紋羽二重の羽織に丸髷で、母のところへ挨拶につれて来られても、母に何か云ってくってかかった。このときも、母は非常におこった。お前にこそ、富樫でも大事な御亭主だろうが、このひろい世間で、あんな男一匹が、という風に、母は啖呵をきった。一刻もうちにはおけない。すぐ二人でどこへでも出て行くがいい。さっさと出て貰おう! そう云った。富樫はあやまって、はつにもあやまらせて、しばらく二人でうちにいたがやがて別になった。
勧進帳という長唄をはじめてきいたとき、富樫の左衛門という文句があるので子供たちは、大変おどろいた。あのはつの富樫と同じ名だったから、左衛門とはどういうことだろうかときょろきょろした。
こんなことは、みんな父がイギリスに行っている留守の間のできごとであった。
〔一九四八年三月〕
このはつは、ある朝いきなり北海道からうちへ来た。そして、富樫とひどい喧嘩をした。紫の紋羽二重の羽織に丸髷で、母のところへ挨拶につれて来られても、母に何か云ってくってかかった。このときも、母は非常におこった。お前にこそ、富樫でも大事な御亭主だろうが、このひろい世間で、あんな男一匹が、という風に、母は啖呵をきった。一刻もうちにはおけない。すぐ二人でどこへでも出て行くがいい。さっさと出て貰おう! そう云った。富樫はあやまって、はつにもあやまらせて、しばらく二人でうちにいたがやがて別になった。
勧進帳という長唄をはじめてきいたとき、富樫の左衛門という文句があるので子供たちは、大変おどろいた。あのはつの富樫と同じ名だったから、左衛門とはどういうことだろうかときょろきょろした。
こんなことは、みんな父がイギリスに行っている留守の間のできごとであった。
〔一九四八年三月〕
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