2012年01月26日

『ワンマ ソフェス2012』

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1月22日、日曜日。
渋谷、O-nest&7th FLOOR。

東京カランコロン presents
『ワンマ ソフェス2012』


鷹の台の武蔵野美術大学から、渋谷へ移動。
ビルの5、6、7階という3フロアを使用したイベントで、スタートは15時。
観たアクトを順に書き出すとこんな感じ。


 0.8秒と衝撃。
 南波志帆
 環ROY
 おとぎ話
 mothercoat
 クリープハイプ
 東京カランコロン


マザコことmothercoatがナナカイ。
他はぜんぶ5階だった、結果的に。


¶¶¶


0.8秒と衝撃。は、今年初ライブらしい。
初めて観たときも、いつだったかの正月だった。
そのときは、フロアは閑散としていて、メンバーの足元までよく見えたものだったが。
いまや、すし詰めである。
これでいいのだ。
いや、まだまだだけれども、このくらい当たり前であるべきバンドだ。

それにしても、ほとんど孤立無援の状態からここまで、ほぼ独力で道を切り開いて来たこのバンドには、本当に敬意を抱く。
無名でこれからだっていうときに、訳の判らないライターに言い掛かりのようなレビューを書かれたりして、意味もなく叩かれながらも、怒りをエネルギーに変えて進んで来た。
音楽性の高さと、それを自分たちがちゃんと信じる強さ、その両方を正しく持ったバンドが0.8秒と衝撃。であり、彼らこそが日本のロックの未来だという思いは変わらない。

塔山忠臣が12弦のアコースティック・ギターをかき鳴らして歌う、中盤からの数曲が特に素晴らしかった。
単純にファーストの曲が良かった、ということではない。
彼らのアルバムは、言語表現の構造に例えるなら、ファーストが《散文詩》、セカンドが《俳句》、といっていいくらいの振れ幅を持っていた。
そして来たるべきサード、更にそれ以降は、その振れ幅をも飲み込んだ、いわば《小説》のような展開をしていくのではないか、という気にさせられたのだ。

『東洋のテクノ』は俳句的であり、リズムの中に世界のすべてを封じ込めた、究極のビート・ミュージックだった。
この辺り、あらためて少し書いておこうかな。
近々。

あえてありきたりなフレーズを使うなら、
「今年も0.8秒と衝撃。から目がはなせない!」
という予感、いや確信を、観客にしっかり与えたライブだった。


¶¶¶


南波志帆は、観るのは何度目かになるのだが、どんどん良くなってきている。
アイドルというよりポップバンドのシンガー、といった佇まい。
電子音のなかを、くるくる回りながら髪を揺らす、その様は実に決まっていた。


環ROYは、個人的にはイルリメと共に《いまヒップホップで面白いひと》だと思っている。
いつもアウェーだから慣れてるよ、といった雰囲気で飄々と、少しずつ確実にフロアを熱くしていく。
面白いし、感動的だった。


おとぎ話はずいぶん久しぶりに観たのだけど、完全にポップスター然としていた。
人気があるとはいっても、もちろん一般的には知るひとぞ知る程度のものだが、そういうこととは別に、ポップスターになりましたー、という位置を自分たちのものにしていた。
だから楽しく、ハッピーなステージだった。


¶¶¶


ここで5階のフロアから、ナナカイこと7th FLOORへ移動。
mothercoatである。
昨年リリースしたアルバム『egobag』も非常に面白かった。
ライブは今回も格好良く、ダンサブルで、ストレンジ(重要)。
一昨年は骨折して、昨年は火傷したりと、このところいろいろあったギガディランだが、今年は調子良くばんばん突き進めるよう願っております。


ところで、ナナカイでは思わぬひとと再会した。
バンドとして発展的解消をしたmarble Beeで、かつてベースを弾いていたチカちゃんことチカヤマくんに声をかけられたのだった。
久々すぎて、最初ひと違いで声かけられてるのかと思った(よくある)。
チカちゃんは何と、今回のワンマソフェスの出演者だった。
thattaというバンドでベースとサンプラーを担当している。
既に出番は終わっていたけれど、ミニアルバムを購入してきた。
そのうちライブに行けたらと思う。


¶¶¶


さて、トリは東京カランコロン。
この1年くらいで、ぼくのなかでは評価が急上昇したバンドだ。
一昨年くらいには、東京カランコロンの話題が出ると、ちょっと歯切れ悪くなって、うーんとか言ってたのだけど。
バンドが変わったのか、それともぼくが変わったのか、というと、きっと両方なのだろう。

O-nestは完全な祝祭空間となっていた。
東京カランコロンは、祝祭そのものがバンドになったような存在として、そこにいた。
満員のフロアに高密度のポップサウンドを叩きつけ、ソールドアウトしたイベントの最後に相応しい盛り上がりをみせた。

披露された新曲群はどれもアッパーな、攻めの感触があり、今後への期待も高まった。
そして今後といえば、
「来年もやりたい、今度はO-WESTも加えて。毎年ひとつずつハコを増やして続けていきたい」
という発言はなかなかグッときた。
いちろーはそのMCのとき、「DIY」と言っていて、それこそインディーズ・バンドから最もききたい言葉だし、今後はますます重要なキーワードになっていくと、ぼくは思っている。


そんな訳で、長い一日が終了。
宇宙まお〜0.8秒と衝撃。〜東京カランコロンと、素晴らしい音楽が道を照らすかのような時間でありました。

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宇宙まお 卒業ライブ『部屋』

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1月22日、日曜日。
武蔵野美術大学、8号館 111スタジオ。

宇宙まお 卒業ライブ
『部屋』


The 宇宙人s、という気になるバンドがあったのだが、いつの間にか解散していて、メンバーだった宇宙まおはソロに転向した。
それを知ったのは、彼女が解散後に参加した、THE アプリケーションズというバンドの情報からなのだが、アプリケーションズはあまり活発ではないみたいだ。
ともあれ、ソロも面白そうだったので、昨年末に弾き語りワンマンを観に行ったら、案の定たいへん良かった。

で、今回のライブは大学の卒業制作なんである。
CDを制作して提出し、そのライブを披露する、というもの。
CDは18曲入りの『世界』と6曲入りの『部屋』の2作品で、どちらも非売品。
ライブは『部屋』を再現するというコンセプトのもので、1/19〜1/22の4日間、計6ステージが行われた。


スタジオ(教室)は、まあ、コンクリートの箱である。
それなりに広さはあるが、いちおう椅子席が作られており、キャパ的にはアコースティック系のライブハウスと同じくらいといっていいだろう。
そこが満員になった。
会場は開演直前まで、リハーサルのため閉め切られていた。
開場すると、照明が落とされ真っ暗なフロアへ、スタッフが各自ライトを片手に誘導する。
音楽のライブというよりは、小劇場に芝居を観に来たような雰囲気だ。

椅子席は左右に分かれており、センターは空いている。
プロジェクターを使用するためだろう。

ステージ上はまだ暗いが、既に宇宙まおがスタンバイしている。
観客が入りきると、再びドアが閉められ、ライブが始まった。

ステージは鳥の巣をイメージさせる土台の中にスピーカーが隠されている。
ステージ上のギターとマイクは、その鳥の巣の中の音響機器と、真っ白なシールドで繋がれている。
いや、シールドだけではない。
マイクスタンドやギタースタンドも真っ白。
本人の衣装も白いワンピースで、どこか知らない国の民族衣装のようだ。
とにかく、ギターとマイク以外のすべてが白い。

演奏が始まると、ステージ後方の壁面に映像が投影される。
楽曲のオケとシンクロした映像が、白い世界を彩っていく。
そこに宇宙まおが奏でるギルドの生ギターと、中性的なヴォーカルが重なる。

ショートカットの宇宙まおは、シルエットだけではなく、声も少年のようなところがある。
おそらく、その気になればいくらでもフェミニンな歌い方はできるのだろう。
けれど彼女には、あえて粗野な少年として振る舞っているように感じさせる歌があったりして、しかもそれがしっくりくる。
純粋な少年性というのは、もしかしたら少女というフィルターを通した方があらわれやすいのかもしれない、と思わせる。
その中性的な感覚は、宇宙まおの魅力のひとつだろう。

オケを使用することを活かして、ギターから手を離して一瞬ハンドクラップをしてみせ、それに合わせてシンプルな照明を明滅させたりしていた。
それじたいは単純なアイディアだが、要はどれだけ効果的かということで、その楽曲におけるその演出は見事にはまっていた。
細かい決めごとが多い、作り込まれたステージ。
いままさに目の前で作り上げられている作品、という印象だった。

美大出身のアイドル夢眠ねむは、自身を「美術としてのアイドル」と言ったことがあるが、このライブでの宇宙まおはさながら「美術としてのシンガーソングライター」のように、ぼくには映っていた。
いや、素晴らしかった。

写真は、そのステージ。
これは終演後。
なお、宇宙まおと一緒に制作に携わったのは、映像・フライヤーは渡辺小百合、舞台は砂田百合香、開田ひかり、の皆さんということでした。



“ロックの神様”というオリジナル曲が、宇宙まおにはある。
The 宇宙人s時代からのレパートリーで、おそらく彼女の最も有名な曲だろう(宍戸留美の曲とは同名異曲)。
宇宙まおのことを考えるとき、たびたびこの曲のことを思い出す。
おそらく、今後もそうなるだろう。

The 宇宙人s“ロックの神様”
http://www.youtube.com/watch?v=G6qVrkPM7gk&sns=em


しばらくはライブの予定はないらしいけれど、今後はソロとして、CDのリリースも含めがんがん活動していくそうだ。
彼女の手のなかにある「ロックの神様の忘れ物」が何なのか、しっかり見届けたいと思っている。

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2012年01月16日

G-Ampere×GHEEE、渋谷で共演

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1月15日、日曜日。
渋谷、Milkyway。

最近ライブしてないのかな、と思ったら昨年は4本だったという、G-Ampere。
新年初ライブで、GHEEEと共演、という素晴らしいスタート。
どちらも良いライブだった。

G-Ampereについてはつねづね、もっとメディアが取り上げるべきだと感じている。
21世紀に入ってからの日本のギターロック・シーン屈指の名曲にして大作“Yuko can walk on the rainbow”は、大いに騒いで良いはずの、偉大なる達成だ。
いまからでも、収録アルバムである最新作『Rainbow Rainbow』を聴いてほしいと思う。

…いや、いちおうメディア関係者は聴いてると思うんだよね。
レビューも少しはあったりしたし。
つまり、音楽とは別の部分の問題なんだけれど。
それはGHEEEについても同様で、これだけ強力なバンドを何故みんなプッシュしないのか、ってことなのだが。

まあ、ぼく自身にしても、実は今回初めてGHEEEを観たので、あまり強いことは言えないのだけど(笑)。
控え目に、初めての印象を書いてみると。

GHEEEは、単純に《プレイグス+ピールアウトによるツイン・ヴォーカル、双頭バンド》といった形を超えた、混沌としたエネルギーに満ちていた。
同時に、至るところでポップなフックが繰り出される楽曲。
それが立て続けに演奏される。
硬質でストイックな、ゴツゴツした音塊は、ロックの本質だけを投げつけてくるかのようだ。

GHEEEはロックの鉱脈を知っている。
掘り起こした音を、出来るだけ加工せずに届けるためのバンド、といった雰囲気だった。


ところで、もう一度G-Ampereの話だが。
ドラムスのユミちゃんが体調不良でしばらくお休みとなり、サポート・ドラマーを入れてのステージだった。
G-Ampereのライブを観たことがあるひとなら判ると思うが、ユミちゃんのドラミングはバンドの要であり、演奏中のヴィジュアル的にも、メンバーのなかで最も目立ってしまうという、強力な存在感がある。
けれど今回観てみて、音楽的に何か損なわれたようなこともなく、どの曲もしっかりG-Ampereらしいサウンドになっていて安心した。

そして、やはり“Yuko can walk on the rainbow”の話になってしまうが。
この曲を聴くのは、震災以来初だった。
3.11を経て、自分の耳も変わってしまった部分があると思うけれど、この曲は、より本質が剥き出しになったように生々しく響いた。
もともと《生と死》という重たいテーマと向き合って生まれた、壮大なロック・シンフォニーである。
そんな曲が、3.11以後により切実に聴こえるのは、当然かもしれない。
かといって、必要以上に楽曲を背負ってしまうこともなく、いつもラストにやっていた長尺のこの曲を3曲目に演奏したというバランス感覚も良かった。

その辺りも含め、G-Ampereは非常に健全なバンドだ。
今年はたくさんライブをやるということだし、タイミングが合えば、何度でも観に行きたい。


GHEEEのステージ写真を撮るために、グリニッヂ・レコードでもお世話になっているカメラマン沼田氏が来ていた。
そして偶然にも、BobRinsのドラマーであるユキエさんが観に来ていたり。
面白い夜でありました。

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2012年01月15日

ポップバンドの終焉/Capock、ラストワンマンライブ

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いつもそこにいる。
という幻想をリスナーに与えられる、それはポップバンドにとって大事な条件かもしれない。
実際には、ほとんどのバンドは数年で解散したり休止したりする訳だが。
Capockの場合は、9年だった。


1月14日、土曜日。
新横浜、BELL'S。

Capock ラストワンマンライブ
“evergreen 2012”


CapockはMiyuMiyuと交流があって、イベントで共演していたりしたのだった。
それがきっかけで、何度か観に行ったりしていた。
昨年は渋谷O-WESTでワンマンライブを開催したりもしている。

緻密に組み上げられながらも、風通しの良いポップな楽曲。
つねに高いレベルで鳴らされる確かなアンサンブル。

《J-POP》という括りではなく、ある意味《日本のポップ》のスタンダードとでも呼べそうな音楽性を持つバンドだった。
判りにくいだろうか。
別の言い方をするなら、流行に左右されないポップ、という印象が、ぼくにはある。
すべての音楽ファンの記憶のなかにある《日本のポップ》のイメージを体現したようなサウンド、というか。
ノスタルジーという意味ではなく、日本のポップ音楽ファンの集合的無意識、みたいな。
もしそういう音があるとしたら、Perfumeや宇多田ヒカルよりも、Capockの方が近いのではないか、と思う。


定刻を数分過ぎた頃に照明が落ち、SEに乗ってメンバーが登場した。
中盤にアコースティック・コーナーを置いての、2時間強。
特に変わった演出はなく、ひたすら音楽のパワーで飽きさせることのないショウをやりきった。
MCから曲に入るタイミングや、ちょっとした間の取り方など、観客に対してすべての流れを自然にみせるような配慮がなされていた。

あくまでも音楽的だった。
過度にドラマティックにならず、むしろラスト・ライブという観点からしたら淡々としていたかもしれない。
しかしそれもまた、ポップバンドとして正しい姿だったと思う。

だから、最後にメンバーから一言ずつ、という場面でちょっと湿っぽくなった辺りに、ステージでは唯一最後っぽいムードがあった。
こればかりはリハーサルがきかないところだった訳で。

ぼくがいちばん好きな曲は“海辺の犬”で、アコースティック・コーナーから再びエレクトリックに持ち替えたとき、波音のSEに続いて演奏された。
あ、もうやっちゃうのか…と思ったけれど、そこからはクライマックスへ向かう流れだった訳で、後から思えば「もう」どころかよく練られたちょうどいい位置だった。
早く感じたのはライブ全体の時間が濃かったからだろう。

本編ラストは“宇宙キャラバン”。
2曲あったアンコールのラストは“素敵なストーリー”。
「10年先も君といたい」という歌詞なのに1年足りないけど…と、Junkoは言ったが。
バンドがなくなっても、バンドがCDとして残した音楽を聴いていってもらえたら、とはこの日、メンバーが異口同音にもらしていたことだ。
みんなの生活のなかにあってほしい、という気持ちでCapockの音楽は作られてきたのだから、と。


終演後、物販にメンバーが出て来ると、長蛇の列ができた。
一見、よくあるライブ後のサイン会のようだが、ちょっと違う。
「よくある」やつは、商品を購入して、購入した商品にサインを入れてもらう訳だが。
今回は、商品購入の有無にかかわらず、サインや写真撮影を求めて列になっていた。
手帳や、無料配布しているポストカード(型のフライヤー)にサインをもらっているお客さんもいる。
つまり、サイン会というより、名残を惜しむ会になっていた。
考えてみたら、なかなかない光景だったのかもしれない。

写真は、そのときのもの。
左端で、前のお客さんにサインしているのが、ギターおおさわ。
それから右へ、ベース優希。
ドラムス、パーカッション、YOKO。
ヴォーカル、ウクレレ、メロディカ、キーボード、Junko。


バンドは解散しても、宇宙キャラバンは進む。
これからもCapockは、いつもそこにいる。

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2012年01月10日

たらりらん、新年初ライブ!

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1月8日、日曜日。
新宿、Wild Side Tokyo。

さいきん名前を聞くようになったハコだと思っていたのだが、調べてみたら以前ヘッドパワーがあった場所でした。
で、ヘッドパワーはなくなったのではなくて、移転した様子。
ちなみに、靖国通りを挟んだ向かいにあった新宿厚生年金会館は、更地になっておりました。
時は流れるなあ。


さて、たらりらん。
けっこういい感じに埋まったスタンディングのフロアは、ついさっきまで激しいサウンドで揺れていたのだが。
会場で落ち合った某氏もさかんに「これはアウェーっすね」と囁く。
でも、まったく心配はいらなかった。
ステージを隠していたスクリーンが上がって客電が落ちると、バンドは最初から、会場をたらりらんの世界に引き込んでしまった。

1曲目は“たいむかぷせる”。
しかも、もともとイントロなしでサビ始まりのところを、アカペラで始めたのだ。
8小節のアカペラ。
有無を言わせない感じで、会場をバンドの色に染めていく。

セットリストはこちら。


1.たいむかぷせる
2.金曜日の午後
3.キャラメル・リボン
4.おやすみ3秒
5.笑ってないで
6.バイバイ


中盤の“キャラメル・リボン”〜“おやすみ3秒”では、ちひろがギターを置き、ハンドマイクで歌う。
この2曲は判りやすいが、たらりらんの楽曲/サウンドには、結構ブラックミュージック寄りのところがある。
ちひろの声と、多くの曲はアコギが土台になっているせいで、気づきにくいが。
また、本人たちもそれほど意識はしていないと思う。
だからブルー・アイド・ソウル/ホワイト・ソウルなどにありがちなパターンにもはまらず、独自のソウルっぽさが感じられる。
面白い。

今回演奏されたうちで最も新しい“笑ってないで”は、ちひろの得意なタイプの曲だが、またひとつ名曲が生まれたとしみじみ感じてしまうような、切ないバラード。
詞に関しても、可愛いだけじゃない女の子のダークな部分に触れていたりするし、もっと女子に聴かせたいなー、と思ったりして。

ラストの“バイバイ”では自然に手拍子が起こり、あたたかいムードに包まれてライブは終了した。
新年、まずは良いスタートが切れたのではないだろうか。


たらりらん HP
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=tararilan

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2012年01月09日

2012年ライブ初め/おはようメルシー〜樋口 舞

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あけましておめでとうございます!
もう9日ですが。
あ、新成人のみなさんも、おめでとうございます!


大晦日から帰省して、いろいろ用事があったので、6日の朝まで実家におりました。
で、東京に戻った日の夜に、ライブハウスをハシゴするという。
そんな2012年の幕開け。





1月6日。
まずは新宿、Motion。
ぼくのライブ初めは、おはようメルシー。

この日の午後に発表しましたが、おはようメルシーもグリニッヂ・コンピに収録されます!
まだ新しいバンドで、前回ここで観たのがライブハウスでの初ライブだったとか。
今回が2回目のライブ。

この間にメンバー・チェンジがあり、ベースに19歳の女子が加入。
若い!
しかし他のメンバーは全員まだ18歳。
若い!!

現在のおはようメルシーは、

 工藤優花(Gt&Vo)
 木村祐太郎(Gt)
 福田由紀子(Ba)
 成田雄大(Dr)

というメンバー。
今回も、前回同様5曲のセットだったが、曲順はガラッと変わっていて、うち1曲は新曲だった。
その新曲がベース始まりだったのは偶然なのかどうか、判らないけれど、いい雰囲気である。

演奏じたいは、まあ、ラフな印象もあった。
けれど観客としてはそれ以上に、バンドの音楽的なヴィジョン、ポップでオルタナティヴなギターサウンドの未来を感じさせる部分、なんかに共感とわくわく感を覚えた。
可能性のカタマリであるこのバンドの音を、3月にはリリース出来ると思うと、ちょっと誇らしい気分にもなる。





挨拶もそこそこに、次のハコへ向かう。
新宿西口から大江戸線に乗って、蔵前まで。

浅草、KURAWOOD。
樋口 舞。
今回はバイオリンもなく、完全にひとり。

やはりこの日に発表した訳だけど、樋口舞もコンピに収録される。
その新曲もラストに演奏していた。
非常にドラマティックな、情感あふれるワルツで、昨年亡くなった幼なじみへのレクイエムとして作られた歌だ。
この曲がソロデビュー曲となる訳で、はっきりとその覚悟が感じられる。

実は風邪気味らしく、少しハスキーで、ピアノも含めて彼女にしてはラフな演奏だった。
しかし、ライブとしては悪くなかった。
その辺は、さっき観てきたばかりの、おはようメルシーと印象が被ったりした。

とにかく、樋口舞はやる気に満ちあふれているし、ソロとしての今後もいろいろ考えているようだし、今年も楽しみだ。
「楽しみ」とか、ひとごとみたいに書いてますが(笑)。
レーベルとして、がんばってバックアップしていきますよ!


グリニッヂ・レコードの公式情報は、こちらのブログで。

『Greenwich Express』
http://blog.livedoor.jp/tsuda_m-greenwich/


写真は終演後、KURAWOOD特製おでんに舌鼓を打つ樋口舞、でした。





そんな訳で、新しい年のスタートですが。
ええと、あちこちで言われるんですが、この『クレーター通信』、だいぶ記事が滞ってます(笑)。
これはちょっと、これまで通りのスタイルでは物理的に挽回は不可能かと思われます…。
また、書きかけの記事も多数あるのですが、「いまこれを最新記事としてアップしてもどうなのかな?」ってものもたくさんあり。
なので、現在からみて書く意味があると思われるもの(いくつかあります)は、順次更新していくとして、
その他は、写真を撮らせていただいたものを、その写真のキャプション的な内容で、短めの記事にしてさくさくとアップしていこうかと思います。

あの記事を待ってたのに…という方には申し訳ないですが。
いまなら、あれ書いてよ、というリクエストにも少しは応えられるかもしれません…。

もちろん、単なるキャプションにはしませんし。
それを言うなら、もともとこのブログじたいライブレポートが目的ではなかった訳ですが。

じゃあ、本来は何が目的だったのか、というと、ぼく自身のリハビリですね。
その意味では、最初の役割はそろそろ終わったかと思います。

まあ、いろんなもの、いや、すべてのものが、変わり続ける、という訳で。
願わくば、良い変化でありますように。
今年もよろしくお願いします。

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2011年12月31日

音楽の運命/東京中低域を観た夜の散文詩

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街に出る
クリスマスの翌日
は もう 年の瀬

下北沢
チューニングのためのA音
の 周波数
それが店の名前

そしてバンドは
その名も

「東京中低域」

バリトンサックスのみ
14人
きちがいじみた発想
で 構成された
音楽集団

ジャズ

現代音楽
を 繋ぐ
ポップミュージック

という予想 は
ある部分では当たり
ある部分では
大きく間違っていた


客席に 分け入り
会場の 最後尾まで
マイクロフォンなしで
楽隊は 散らばる

観客は
アコーディオン か
ハーモニカ の

に 潜り込んだ
小人 のようだ
ハコ 全体が 楽器


第一部では 黒いスーツ
第二部では 黒いタートルネック
に 身を包んだ
14人 の
サキソフォン・シンジケート

ステージ中央の
4本のスタンドマイク
を 取り囲む

というより
観客 と バンド
の 間に
マイクが4本
ある のかもしれない


歌詞がある音楽
つまり《歌》は
多くの場合
演奏を捧げる対象が
そのまま観客であるような
錯覚と約束事の間で
ステージが進行する

けれど
インストゥルメンタルは
時に
ミュージシャンが神に演奏を捧げるのを
観客が目撃する
という形をとることもある

《歌》は 通常
人間に向かって歌われる

言葉があるからだ

例えば
王様のために歌われる場合は
王様を讃える言葉
が 必要だ
“君が代”なんて判りやすい
「天皇陛下のおさめる時代が いつまでも続きますように」
ってね

でも相手が
神 あるいは 天使
のような存在なら

演奏は
言葉を越え
ジャンルを越え
空気がある限り
どこまでも
宇宙へ近づこうと
するだろう

かつて日本の
ミッシェル・ガン・エレファント
というバンドは
そのことを歌っていた
(かもしれない)

「ねえ ベイビー ここは
きっと 宇宙の ど真ん中さ」


空気がなくては
音は鳴らない
しかし音楽は鳴る
頭の中で

月面から招かれた
鈴木博文 は
“大寒町”を
バリトンサックス14本
を バックに 歌った


それにしても
バリトンサックス14本
そのあまりの偏りっぷり
とは正反対に
そこにはすべてがあった
20世紀の音楽のすべてが
デューク・エリントンも
ビートルズも
ジョン・ケージも
ザ・バンドまで
そしてもちろん
ムーンライダーズ


ねえ きみ
クリスマスは終わったよ
2011年も終わろうとしてる
そして ぼくたちの愛する音楽は
終わり続けている

現在というもの
いま の いま

ぼくたちは捉えることができない
認識するのは つねに
起こったことだ
鳴った音だ

未来を知ることは
もちろんできない

空をごらん
星が輝いている
あれはみんな
過去の光だ
ぼくらはみんな
過去を見上げているんだ

音が生まれる瞬間に立ち会い
すぐさま過去になってゆく
音の粒を鼓膜に受け

やがてはそれも過去になってゆく未来に
ぼくは想いを馳せる

そこでは どんな音楽が
過去になろうとしているのだろう

人間とは
音楽する
動物だ

未来からやって来る音の粒を
つかまえにいこう

未来でも 誰かが
きっと 誰かが
音楽してる
だから
いまここに
音楽がある

音楽は鳴らされた瞬間から
過去に向かっていくのだから


音楽の運命 とは
ヒトの運命だ


未来から訪れる
音と
ぼくらは
出逢い/別れ
ひたすら
進んでゆく

進んでゆく

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2011年11月27日

ヘヴン、きみのヘヴン/THE LOODS『LIVING AFTER 311 TOUR』@新宿LOFT

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11月26日、土曜日。
新宿、LOFT。


THE LOODS
『LIVING AFTER 311 TOUR』
《ゲスト》FORWARD、中川 敬(SOUL FLOWER UNION)


今回のライブの背景は、こちらを参照していただきたい。
http://www.cdjournal.com/main/news/the-loods/41470
http://rooftop.cc/news/2011/10/003684.php


まあ、ツアー・タイトルからも推察されると思うが、こういう形でザ・ルーズが復活するとは、震災が起きるまでは想像出来なかった。
西村茂樹は音楽活動じたいは続けていた訳だし。
ただ、今回の大きな目的が「金集め」である以上、ザ・ルーズ再編は考えられる最も有効なカードであり、それを実践したバンドと関係者のみなさんには本当に敬意を表したい。


ライブは3マンなのかと思ったらそうではなかった。
中川敬は今年、ソロ・アルバムをリリースしていたので、ソロのアコースティック・セットでもやるのかと思い込んでいた。
実際には2007年の再結成&解散ライブと同様、ザ・ルーズの演奏に参加して、ソウル・フラワー・ユニオンの代表曲“満月の夕”や、ニューエスト・モデル時代の曲(“エンプティー・ノーション”!)を歌ったりした。
それらが《ゲストのコーナー》として浮いてしまわず、ザ・ルーズのステージの一部になっていたのはさすがというか、西村茂樹と中川敬の関係性が、ライブの空間に地続きのものとしてそのまま出ていたように感じた。


ザ・ルーズのライブは、ステージ前におりたスクリーンに映像をうつすところから始まった。
明らかに、3月11日に撮影されたビデオである。
押し寄せる津波に、船も車も建物も、すべてが流されていく。
そして原発のニュース。
既にメルトダウンしていることを知っていながら、世界に向かって嘘をつき続けた枝野官房長官。
画面が暗転すると、ツアー・タイトルが浮かび上がった。
「THE LOODS
LIVING AFTER 311 TOUR」


1曲目は“REVENGE”。
2曲目は“TERRORIST”。

これしかない、という確信がそのまま音になったような、ザ・ルーズでしかありえないソリッドなパンク・ロック。
削ぎ落とされた言葉と、しっかり残るポップなメロディー。
声量もスタイルも破格のヴォーカリストである西村茂樹の歌は、まったく衰えをみせない。

“SPOT CHECK”では、もともと「現場検証 死に場所」しかない歌詞を、繰り返すなかで少し変えて歌っていた。
「現場検証 フクイチ」と。

全体的に、2011年型の、必然としか言いようのないザ・ルーズが展開されていった。
それは素晴らしかったし、そうなるだろうと期待していた。
ところが、最も象徴的だったのは、予想もしていなかった瞬間だった。
それは“HEAVEN”の演奏中に起きた。
ザ・ルーズ後期からグルーヴァーズへと歌い継がれ、西村茂樹のキャリア全体の代表曲のひとつでもある、あの曲。

「お願いだきみよ 耳を傾けて
世界を突き崩す 危険な話に
愛すべき者たちが すべて失われる
悲しい瞬間は…」

ここで、西村茂樹は声を詰まらせた。
そしてこの部分の歌詞は飛ばされた。
本来はこんな歌詞だ。

「愛すべき者たちが すべて失われる
悲しい瞬間は あってはならない
ヘヴン きみのヘヴン
ヘヴン きみのヘヴン」

“HEAVEN”は抽象的な歌に聴こえるかもしれない。
しかし一本の補助線を引くと、非常にリアルな歌になる。
つまり、この曲はチェルノブイリの後に生まれたはずなのだ。
愛する者のために世界を破滅から救いたいという、祈りが結晶したような曲だと言っていいと思う。
それが現在の、こういうシチュエーションで演奏されることになるとは。

西村茂樹は少しの間、音程も不安定になり、辛そうにギターを掻きむしっていた。
いちミュージシャンとしては、不本意だったかもしれない。
けれど、“HEAVEN”を歌えなかったことが、この夜のライブにおける最大の《表現》になっていたように、ぼくは感じた。
比肩しうる者が容易に見当たらない、破格の歌手である西村茂樹が歌えなくなった瞬間を目撃し、その意味を抱えて「3.11後を生きる」ということ。


最後にはステージいっぱいにゲストが呼び込まれ、“LOUD MACHINE”セッションとなった。
曲が曲だけに、ちっとも和やかな雰囲気にはならない。
もちろん、それでいいのだけれど。
いや、本人たちは和やかにやっていたのかもしれないな。


最後の最後に、西村茂樹はマイクに向かって簡単な挨拶をした。
確か、こう言っていたと思う。
「ザ・ルーズの役割はこれで終わりました。
あとは、みんな、頼む!」


アンコールを求めていつまでも拍手をする観客もいたが、ぼくはアンコールはないと思ったし、また、求めても仕方ないとも思った。
もう終わったのだ。
これは伝説でも同窓会でもない。
あとは、ぼくら自身の問題なのだ。

ぼくら、ではない。
ぼくの問題だ。




つい最近、ぼくはレーベルを始めるというお知らせをした。
リリース第一弾となるコンピレーションは現在順調に制作中だ。

ぼくにとって西村茂樹は、数少ない先行するモデルのような存在だ。
彼がいなかったらレーベルという発想を持たなかったとまでは思わないが、確実に励みにはなっている。


ザ・ルーズの曲ではないから、今回はやらないだろうと思った(実際やらなかった)ある曲のフレーズが、ずっと頭のなかで回っている。
90年代半ば、アナログ7インチを買って、ターンテーブルに乗せっぱなしだった曲だ。
そしていまもなお、この曲とともに行こうと思っている。


「言葉よ降れ 音も満ちろ
友よ叩け 世界を」
 “GO GRACE GO”LOUD MACHINE 5000

tsuda_m at 19:13|この記事のURLTrackBack(0)

2011年11月20日

新体制ふくろうず、東京カランコロンと共演!

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11月18日、金曜日。
代官山、UNIT。


東京カランコロン presents
『少女ジャンプ』レコ発“ワンマソ vol.3”
GUEST:ふくろうず


★★★


ふくろうずからドラマー高城琢郎が脱退、というニュースはあまりにも唐突だった。
公式ブログでも、直前まで何事もなくスタジオ作業が進む様子が上がっていたし。
だいたい、メジャー第1弾として『砂漠の流刑地』という大傑作アルバムをものにして、レコ発ワンマンも渋谷クアトロで大盛況のうちに終了し、順風満帆としか見えていなかった。

ナタリーのためのインタビューの際、内田万里は、
「誰かが抜けたり、解散になったら、(もうバンドそのものを)やらないんじゃないかと」という発言もしていた。
一大事ではないか。
まあ、バンドは無事に存続するようだし、ライブもしているので、ひと安心ではあるのだけど。
で、そろそろサポート・ドラマーを迎えてのふくろうずの現在を観てみたいと思っていたので、今回はちょうど良いタイミングだった。

まずセットリスト。
終わってすぐメモしたもので、これで合っていると思う。
新曲のタイトルは不明。


1.すばらしい世界
2.ごめんね
3.フラッシュバック!
4.ループする
5.サタデーナイト
6.(新曲)
7.みぎききワイキキ
8.トゥーファー
9.砂漠の流刑地


客電が落ちると、何のSEもないままにメンバーが登場し、淡々とした雰囲気のなかで1曲目が始まった。
1年前、この場所で開催された『ごめんねワンマン』と同じオープニングだ。

事前にちらっと、新体制での演奏が良いという話はきいていたので、ぼくの興味は最初から、もっぱらセットリストの方にあった。
たとえサポートであるにせよ、新メンバーを入れてのライブとなると、バンドはこれまでのレパートリーをいったんリセットしなければならなくなる。
つまり、改めてどの曲をやるのか考えることになる。
そこで出てきたものが、そのバンドにとって重要なエッセンスといえるだろう。

今回のこのセットリストは、バンド自身がふくろうずをどう捉えているかを端的に示したものだと思う。
切なさの本質としっかり向き合ったポップ、そんな選曲になっている。

ステージ上には深刻なムードはなく、ベース安西のオフビートなMCは相変わらず面白かった。
演奏中に誰かがミスすると、内田万里は楽しそうに笑っていた。

ところで、新曲が良かった。
いまどき日本のバンドでこんな音はないな、ってアレンジ。
ギターがミュート気味の十六分のカッティングを軽やかに鳴らして始まる、ちょっとフュージョン寄りのイントロだったかな。
サビでは思い切りキャッチーに「ベイビー、アイ・ラブ・ユー」と繰り返す。
ふくろうずにはこれまでないタイプの曲だと思うし、それが非常にポップだったのはとても良い傾向だ。
新曲は他にも控えているらしく、次のライブではロマンティックな新曲をたぶんやる、といったことを、珍しく内田万里自身が喋っていた。

ラストの“砂漠の流刑地”は圧巻だった。
楽曲が本来持っているスケール感、そして生命力が、演奏によって十全に引き出されていた。
また、この曲の肝は、後半のブレイクで内田万里が「Yeah!!」と叫ぶところだと思うのだが。
今回はこれまでで最高の、アルバムに収録されたヴァージョンをも上回るシャウトだった。

ふくろうず、健在。
いや、むしろこれまで以上に攻めの姿勢を感じる。
今回の脱退を契機に、バンドは当然、今後どうすべきか大いに考えたはずで、その答えは音楽という形で、しっかり示されていた。
とても良いライブだった。


★★★


ふくろうずのステージが終わった直後、ドリンクを引き換えようとフロアを移動していたら、ばったりと誰かに遭遇した。
ちょっとさっきまでのステージのバックライトで視界がチラチラしていて、一瞬判らなかったが、挨拶された相手はmothercoatのギガディランだった。
どうも、程度の言葉を交わして、そのあとは二度と会えなかった(笑)。
何しろソールドアウト、大変な賑わいだったのだ。
この日は、他にもミュージシャンが多数訪れていたらしい。


★★★


東京カランコロンのライブを観るのは、数えてみると4回目。
観るたびに印象が良くなっている。
非常に面白いし、楽しい。
ぼくのなかでは、まだ断定的な評価をしたくないので、「東京カランコロンとは○○である」みたいな書き方は出来ない。
しばらくは、心をオープンにして、彼らの音楽的な遊びと冒険を楽しんでいたい。

ところで。
東京カランコロンは来年早々、1月22日に『ワンマソフェス』と題して、渋谷O-nest(5、6F)と7th FLOORの3会場を使用しての、大規模なイベントというか小規模のフェスというか、とにかく開催するという発表があった。
全部で20組ほど出演するという。
一般からの応募で決まる枠もあるそうで、詳細は東京カランコロンの公式サイトでとのことだった。
で、出演者のうち、いま言える名前として、0.8秒と衝撃。、南波志帆、mothercoatらを挙げていた。
これは面白そう。
…って、あれ?
だからギガディランが観に来てたのか!

さっき書いた、音楽的な遊びと冒険、というのはmothercoatと共通する部分もあるように感じる。
ただ、マザコは一点に向かって行くベクトルが感じられて、それはダンスミュージックというキーワードに集約されるのかもしれないけれど、東京カランコロンには良い意味で、向かうべき一点がない。
言い換えれば、良い意味でバラけている、と思う。
そこが面白いし、ポストモダンな感触がある。
今後が楽しみだし、またライブを観てみたい。
ライブでこそ発揮される楽しさに満ちたバンドなのは間違いない。


★★★


非常に充実したライブだった。
音楽シーンはつねに動いていると、肌で感じられた夜だった。
出口でチラシを配っていたバンドのひとたちも、好き嫌いなんかは別として、応援したいと思った。
いろんなミュージシャンがいて、誤解やくだらなさも引っくるめて、音楽シーンは日々変わり続けている。

tsuda_m at 18:54|この記事のURLTrackBack(0)

2011年11月14日

★大事なお知らせ★


今回は、ふたつほどお知らせです。


★★★


まずひとつ。
イベントをやります。

11/23(水・祝)

たまりばpresents
『原宿エブリデイ&ナイト』
〜THE OTHER SIDE OF 音街ピクニック〜

@原宿UC(Ucess the lounge)
http://www.ucess.jp

OPEN 17:00
DOOR ¥2000(1ドリンク付)

【出演】

1.EA
2.エリーニョ
3.樋口 舞

DJ:アキラ


※ライブは18:00頃からスタートです。



この日は『音街ピクニック』の番外編という感じで、イベント制作を始め多方面で活躍中の大塚アキラ氏と共同企画で開催します。
アキラ氏は当日、DJもします。

場所は原宿、明治通り沿い。
FOREVER 21の向かいで、アストロホールの並びです。
1ドリンク付きで2000円とリーズナブルになってますので、休日の夕方にゆったりとした感じで遊びにいらして下さいまし。


★★★


そして、もうひとつ。
重要なお知らせです。


このたび、レーベルを始めることになりました。
名前は『Greenwich Records(グリニッヂ・レコード)』です。
詳しくは、レーベル公式ブログを開設しましたので、こちらをご覧下さい。

Greenwich Records 公式ブログ
『Greenwich Express』
http://blog.livedoor.jp/tsuda_m-greenwich/


現在、来年の第一弾リリースに向けて制作中です。
『クレーター通信』で取り上げてきたバンド/ミュージシャンたちを、続々とリリースしていく予定です。
どうぞお楽しみに!


★★★


…滞っている記事も、少しずつ書いていきますので。。
よろしくどうぞ…!



tsuda_m at 03:00|この記事のURLTrackBack(0)
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