世界を止めて、
天使を振り向かせ、
妖精が舞い降りる──
そんなフレーズで、このところずっと、クレーター通信でもプッシュしてきた、青葉市子のデビュー・アルバム。
『剃刀乙女』、いよいよ全国発売である。
明らかに違うでしょ。
あらためて言うのが、もう馬鹿らしいくらいはっきり違う。
本物の出現によって、偽物が何か判る。
まず、ファースト・アルバムのジャケットが真っ白である、という点からして、尋常ではない。
普通はいろいろ、表に向けてアピールしたがるものだ。
ミュージシャンのルックス、ということに限らず、見た目も含めた「センス」を、とにかく出そうとみんな必死に考えるものだ。
ビートルズのホワイト・アルバムの場合は、ジャケットでのアピールなんかもういらないくらい有名だった訳だし、逆に「セルフ・タイトルで真っ白!」という痛快さがあったと思う。
リアルタイムでは知らないけれど。
でも、無名の新人が真っ白ってのは。
しかも「どうだ、思い切っただろう、凄いだろう」って感じは微塵もない。
いろいろ考えた末に、真っ白がいちばん良いんじゃないかな、となったような冷静さがある。
浮かれていないし、狙ってもいない。
それは実に、青葉市子のライブから受ける印象そのままだと感じる。
こうして出来上がってみると、これ以外なかったんだな、と思う。
そんなジャケットだ。
その一方、アルバムで初めて青葉市子に触れたひとは「うわっ!」と驚きそうなのが、絵本『光蜥蜴』というオマケであるが。
その驚きは、クレジットに至るまですべて手書きの歌詞カードを見れば、中和されるのではないか。
そして、「この感じ」が青葉市子なんだ、としっくり馴染んだ頃には、聴き手はすっかり虜になっていること請け合いです。
これは特に秘密にするべき事柄でもないと思うので書くのだけど、歌詞カードは当初、手書きの予定ではなかった。
普通に写植の、かっちりした綺麗なものだったはずだ。
しかし結局、それは却下され、青葉市子自らすべて「書き下ろす」ことになった。
一事が万事、その調子なのだ。
ひとつひとつ納得ずくでやっている。
慎重ではあるが、それは外界を恐れているのではない。
乙女の剃刀が、最大の効果を得る為である。
これまで散々語ってきた青葉市子の、類い稀なる楽曲群について、これでようやくライブに行けないひととも共有出来る。
レコーディングは一発録りだから、ライブと同じだ。
音質も含め、青葉市子というミュージシャンの実像を真空パックした作品である。
1曲目“不和リン”の最初の一音が、魔法をかける。
青葉市子のライブで、毎回繰り返されて来たことが、銀盤の上にそっくり再現される。
これまではライブが終わったらとけていたはずの魔法が、これからはもう、永遠にとけないのかもしれない。
さあ行け、J-POPをことごとくなぎ倒し、甘美な呪いをばらまくのだ。
とは思うけれど、あまり大声で言う必要もないかもしれない。
不安要素が全くない。
自然に広まって、浸透してゆくだろう。
本物だから。
これまで、ずいぶんたくさんのバンド/ミュージシャンを観てきたけれど。
そして、ずいぶんたくさんの才能と出逢ってきたけれど。
青葉市子は、他のどのミュージシャンとも違う。
どう違うのか。
他のたくさんの、才能あるミュージシャンたちは、それぞれ、
「このひとはこういう才能だ」
とか、タイプ別に分けて見ることができた。
それが、通用しない。
──というのは、後から考えて整理したことである。
最初から、直感はひとつの答えを出していた。
要するに、青葉市子は天才なのだ、と。
本人が、そう言われることを良く思っていないのは判っている。
しかしそれでもなお、ぼくは断言したい。
青葉市子は、ぼくがこれまでにただひとり、直接に出逢った天才である。
「直接に」と断ったのは、もちろん間接的に、CDなどを通して出逢った天才たちもいるからだ。
例えば、椎名林檎や、宇多田ヒカルや、七尾旅人──。
そう、青葉市子は、彼らと同列に語られるべき才能なのだ。
天才というのは、そういう意味である。
もう10年以上前になるが、昨日のことのようによく覚えている。
『無罪モラトリアム』を初めて聴いたとき、ぼくはずっと、
「天才だ…天才だ…」
と頭の中で呟き続けたものだった。
それに匹敵する才能がいきなり目の前にいたら、夢中にならない方がおかしいってものです。
初めてルイナで音源を聴いた後、一週間ずっと、その歌声が離れなかったって話は、以前書いた通り。
本人が否定しても、始まってしまったものは止められない。
青葉市子は発見され続け、彼女を見つけた誰もが「天才だ」と呟き続ける。
さあ、
青葉市子のサーカスの始まりだ。
紳士淑女諸君、
みなさんの心を奪う為に、彼女は歌う。
ほら、マイメロディが懐中時計を片手に走ってゆく。
急がなくっちゃ。
一緒に穴に落ちましょう。
兎と妖精が道案内するサーカス小屋へ、ようこそ。