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D-DAY、フル・アルバムを携えて堂々の復活である。

クレジットを見ると、ヴォーカル川喜多美子のソロ・ユニットみたいな形らしいが、そんな事は問題ではない。
D-DAY=川喜多美子、それで間違いない。

そして最大の魅力であった川喜多美子のヴォーカルは、驚くべき事に全く変わっていないのだ。
あの舌足らずなガーリー・ヴォイス。
20年(!!)の空白なんて嘘みたいだ。
バルコニー・レコードからピクチャー・ディスクのLPが出たのは去年だったんじゃないか、と錯覚する程だ。

試しに予備知識のない人に、新作を聴かせて年齢を当てさせてみたいくらいだ。
ほとんどの人が、高校生くらいだと思うんではないかな。

青い、美しい。
タイトルの通りだ。
ヘヴンリー・ブルー。

サウンドも、一発目の音が出た途端、甘酸っぱいエレポップとニュー・ウェイヴ・ギター・ロックのミクスチャー、いかにもなD-DAYテイストであって、しかもちゃんと今の音になっている。
何よりも、全12曲、みんな良い曲なのだ。
リメイクを4曲含むとはいえ、この楽曲クオリティの変わらない高さ。
こういうのを粒揃いって言うんだな。

まだ購入をためらっている、かつてのD-DAYファンは、何も恐れず迷う事なく買うべきである。

敢えて変わった点を挙げるとすれば。
まず、昔はなかったラウドなギター・サウンドが時折聴かれる。
しかしそれは、曲がそうした音を要請しているのであり、違和感はない。
もうひとつは、音の質感だが、これもまた今の音であるって事で、当然の違いだ。
今は2007年なんだから。

しかし、この変わらなさ。
多分、空白期間があったからこそだろう。
もしバンドが続いていたら、サウンドは変化し続け、今頃はオーガニックなアコースティック・アルバムを出してたかもしれない。
活動が止まったおかげで、D-DAYのイメージもそこで固定され、それが良い方に作用したのだろう。
そもそも、川喜多美子自身がD-DAYを名乗って活動を再開したのは、「あれ」をやりたいと思ったからじゃないだろうか。

D-DAYには似つかわしくない言葉だが、ニュー・アルバムには、例えばエコー&ザ・バニーメンの97年の復活作『エヴァーグリーン』にあったような、「力強さ」がある。
もちろんそれは筋肉ではなく、精神の。

確かその頃だったと思うけど、川喜多美子はテレビでナレーションの仕事とかをしていた。
所さんの二十世紀解体新書、だっけ。
あの声がテレビから流れた途端、ハッとした。
久しぶりに聴いて嬉しかったが、同時に淋しかった。
歌って欲しかったんだ、やっぱり。

こうなったら、ライブが観たいな。
コンピレーション、というか全曲集の『CROSSED FINGERS』のブックレットには、川喜多美子がライブをやるという記述があった。
あの辺りから、新しいD-DAYがスタートしたのだろうか。

アルバムを聴く限り、川喜多美子には音楽に向かう動機がしっかりある。
まるで十代の少女のような、瑞々しいソングライティング。
類い稀なポップ・センス。
天性の、ワン・アンド・オンリーな歌声。

これは、続かなければ嘘だろう。

歌詞カードには、こんなメッセージがある。

Here I am,still I'm here
When you're by yourself where do you go?

僕はここにいる。