おいらつだーるだお。

社会人6年目。赤ちゃんがえりのように、そのスタートに戻っているのではないか。

2007年04月

今日は

「つだ〜る」検索

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一体どうしたよ・・・

@美容院

択一六法読んでたら



美容師(ギャル男←固有名詞、にクリソツなギャル男←一般名詞)に












「英語の勉強ですか?」



















いや、ローマ字一個もねぇよ









ギャル男いい人でした

最近言われたこと

oinの制服は可愛いのではないか





…今年の流行的に。










ジャンスカに腰サイドで結ぶリボン、ややパフ袖に見えなくもない丸襟レトロシャツ、これに黒タイツに黒の革靴を合わせれば…


まさにドーリーな感じでヨスではないか!!??
























いや勘違いか

夢中

今、三年の後半から4年の前半に使ってた携帯が出てきました。

4年の前半の分だけメールを読み返してみた。





いけめんのメールが面白すぎてひいたのはおいといて…。

てか民法25点作戦って一体…(爆)。
択一20点満点だろ。(爆)(爆)(爆)





















現行本格的にやめます。





昔の夢中で必死で全身で応援を受けて全霊を懸けて戦っていた自分の片鱗が垣間見えて、恥ずかしくなりました。


と、いうか、今の甘ったれたふざけた自分が、守るものもあり戦ってはいけない自分が、現行に受かるわけがないと思いました。

まあ逆に肩の力を抜いた方が受かりやすくはあるのだろうけど、というか去年のわたしは力みすぎて失敗しまくっていたけど。力むことさえやめたら、全てはうまく行ったのに。




それでもやっぱりこの勉強は現行ではなく、シンシに活かそう。



ローモードに完全シフトします。




現行を受けられるのは代償にみあうだけの努力をできる人。してきた人。勝算のある人。





わたしはふざけた受験生でしかないのでもうやめますわ。
















というか、先日聞いたすんごい身に染みた言葉がある


















「ここまできたら東大ローと心中した方が早いよ。」



















ということで、皆さん遊びましょう!

会って来ました。

祖母に会って来ました。







朝に、突然応援メールが来ているのに気付き、それから延々いろいろ考えてました。


考えて考えて考えすぎて、、




一瞬のうちにわたしは遠く離れた岩見沢にいました。




飛行機に二回も雷落ちるわ、電車に酔いまくるわ大変だったけど、わたしはやっぱり同じ気温でも空気にトゲのある、北海道の寒さが好きです。






















実は、わたしは祖父の一周忌のバレンタイン以来北海道にいってなくて。

というのも父にとめられていたからでして。
もう長くない祖母の姿をわたしに見せたくないとかで。

でも別にわたしそんなこと気にしません。
そういや祖父の火葬のときにも母にだいぶ念おされたけど、そりゃ辛くはありますが、だからといって目をふせたら楽になるかってそんな訳ないです。通常の人間はそのくらい強いはずです。




そんなわけで春休み中はそれでだいぶ欝だったんですが、祖父の時の後悔を二度としたくないというわたしの強い想いを母が汲み取ってか、いかせてもらえることになりました。
それが今日。


なに学校サボってんだって感じですが、ゴールデンウィークは飛行機リアルに取れません。今日いくしかなかった。昨日から酸素マスクもした。


















なんだかんだで二ヶ月以上空いてしまった間に祖母は、さらに三回りくらい小さくなっていて、なにより話ができなかった。




首のわずかな動きで、意志疎通を図る程度。


たまにすごく苦しそうに喋る。







「…まきちゃん…」












前に行った時はわたしが帰るって言ってもしゃべってたのに、







「だって…もう…話できない…」










苦しくなると眠剤を投入して寝かせる。



寝てる間も、わたしの手をぎゅっと握っていました。


目が悪いからもうよく見えない、と言われて近くではなしました。





帰るときも眠剤の効き目がまだまだあって、ほとんど寝てるような状態でしたが、一言だけ言われました。










「……パパと…ママ……」




















うちの両親のことです。










余命一月と言われてから二年も行きている祖母は、2000人に一人しか効かない薬が見事に効いて、長生きしてくれています。


タフで、優しくて、いつでも誰かのためになりたいって思ってて、、




わたしと喋りたいともがく祖母を、叔母はたしなめました





「せっかく孫来たからはなしてやりたいって思ってるのかい、ばあさんはずっとばあさんだね、いいよそんなにね気ぃつかわなくても、順番なんだから、無理しなくていいさね、麻紀ちゃんの話聞くかい。」





祖母はプリンを三口食べました







叔母によれば、祖母は楽しみもなく早くしんでしまいたいらしく、
わたしにも、
「…もう………終わる…………」
って言っていました。


叔母は


「なにゆってんの!じいさんまだ準備できてないってさ、早く会いたいけど、もう少しかかるって。辛いかもしれないけど、今はもう少しガマンね!」
















わたしの卒業式の写真が棚に飾ってありました





帰るとき、ずっとずっと離れられなくて、何度もまたねと言っては部屋の入り口とベッドを往復した


終始祖母は苦しそうに目をつむるだけで、寝ているのかもしれなかった









おばあちゃんの手はそれでもすべすべで白くて指はふっくらしてて




この手で作った料理はおいしかったな、と思うのでした







おばあちゃんの目は開いたか開かないかでしたが、父に受け継がれている色素の薄い緑に近い瞳でした




優しい瞳でした



















部屋を出て、更に泣いた








涙を吹き飛ばして、病院の中をカツカツ歩いても、涙は止まらなかった




颯爽と歩くフリをしても、鼻をすすりまくって、

ぐっと背筋を伸ばさないと嗚咽が漏れてしまいそうだった





























病院の出口には広大な北国の大地が広がり、雨上がりの雲から絵にかいたようなスジをえがく夕日がさしこんでいました。
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